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「VARぬか喜び」の罠。U-20W杯で日韓の明暗を分けた「VAR経験値」とは?

川端暁彦サッカーライター/編集者
待望の先制点と思いきや、まさかのぬか喜びに……(写真:佐藤博之)

流れを変えたノーゴール

 VAR後進国ゆえの敗戦。そう表現するとさすがに言い過ぎではある。ただ、U-20W杯ラウンド16、日韓戦における「敗因」の一つだったことは指摘されるべきだという確信がある。別に言い訳材料として語ろうというわけではない。「今後」のために無視できない要素が多々詰まっていたからだ。

 このU-20日韓戦の潮目として、後半5分に起きた「VARぬか喜び」を挙げないわけにはいかないだろう。MF郷家友太のシュートは見事にゴールネットを揺らし、日本の選手たちは歓喜の渦を形作った。攻め立てながらもゴールを奪えないもどかしい展開だっただけに、まさに弾けたと言えるシチュエーション。それは冒頭の写真を観ていただいても伝わることだろう。

 ところが、ゴールネットを揺らしてからしばらくして、告げられたのはノーゴールの判定である。モニターで試合をチェックしているVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)から、オフサイドだったという助言があったためである。喜び弾けた分だけ、ここからの切り替えは率直に言って難しかった。

「みんなでゴールになった喜びを分かち合った後に、取り消されるのはあれだけダメージがあるんだなと感じた」(MF齊藤未月)

「僕自身、(ゴールは)凄く嬉しかったですし、これでチームに報いることができたんじゃないかというところでVARの判定が出てしまった。凄くショックだったのと、それが出た瞬間から日本の心理状態が不安定になった」(MF郷家友太)

 まさに「ぬか喜び」で、肩すかし。逆に相手には神様に救われたかのような高揚感がある。「VAR新時代」におけるこの不思議な感覚と未来像について千田純生先生が的確に風刺漫画にしてくれていたが、これは確かにVAR経験値の乏しい日本人にとっては強烈な体験だった。

 ここから試合の流れは露骨に反転した。サッカーは心理ゲームとしての側面を色濃く持つが、こんな形で流れをひっくり返された経験を持つ選手は日本にいないだろう。「ただ、あれと向き合っていかないといけないというのが今後のサッカーだなとも感じた」という齊藤の言が恐らく正しい。ここからVARが主要大会に導入される流れはもはや避けられず、国際大会で勝とうと思ったら、この「VAR新時代」に対応していくしかないのだ。

 齊藤は「あそこからもう1回、テンションのギアを上げるのは、10分20分でやれるレベルではないな、とも感じた。それを言い訳にするつもりはないけど、そこは日本と海外の選手の違いかなと感じた」と言う。これを聞いて、「韓国の選手とそんなに違うのか? 条件は同じではないか?」と感じる向きもあると思うが、これは実際に違う。何しろ韓国のKリーグでは2年前からVARが導入されているからだ。

VAR新時代への適応は急務

 前回のコラムでも書いたように、戦術もスキルもルールに基づいて発展するものだ。そしてサッカーは心理戦の要素を大いに含むゲームである。ルールに応じて戦い方が変わり、スキルが進歩するのも必然で、それはVARが導入されている今回のU-20W杯でも変わらない。もちろん、VARはルール自体を改変するものではないが、ルールの運用や適用が大きく変わっているのだから、やはりサッカーというゲームの質的な変化は避けられない。

 大きな変化はペナルティーエリア内のディフェンスが非常にセンシティブになったことだ。たとえば主審が見えないところでシャツを掴むのはこれまで褒められた行為ではないものの、実際には横行していたDFのスキルである。特に身体的に劣るDFは、こうした“セコ技”を駆使して戦ってきた。だがやはりこの「VAR新時代」にそうしたやり方は急速に陳腐化させているし、善くも悪くもイングランドスタイルの肉体真っ向勝負の正統派DFの強みが増している。

 単純にVARに発見されて罰せられるケースはもちろんだが、主審が「もし“冤罪”だったとしても訂正してもらえる」という安心感から自信を持ってPKを宣告するケースが増えているのも明らかだ(もちろん建前上、主審はVARありきの判定はできないことになっているが、実態はやはり違う)。ウルグアイが4つのPKを取られて敗退したのはこうした新時代を感じさせるものだった。

 これは必然の流れとして、ペナルティーエリア内へ積極的にトライするチームが優位に立つことにもなる。ドリブラーの威力増加は予想していたことだが、パワフルなFW目掛けて「とりあえずゴール前へ」を徹底する場合の威力は増している印象だ。そして「VARのPK狙い」というべき個人スキルも洗練されてきた印象がある。今までなら取ってもらえないようなファウルも取ってもらえる可能性があるのだから、そうした「ルール運用の変化」を「使う」のもまた「ゲーム」としての必然だ。

 つまりVAR新時代において勝者になるためには、VARへ適切に対応できなければいけないし、そうしたスキルが不可欠となる。「今日はVARがあるから、細かいファウルに気を付けよう」などと思うようでは手遅れで、ナチュラルに、無意識に対応できているべきだ。それは日常からそうした環境にあることが重要である。これは「VARぬか喜び」のような心理面での対応にしても同じことだ。

 個人的な感覚で言えば、VARは好きではない。ただ、日本におけるVARを巡る議論はどうしてもこうした好き嫌いや「誤審はあってはならない」といった精神論に偏りがちだとも感じている。もっと単純に「日本勢がW杯やクラブW杯で勝つために」という視点から言うならば、やはりVAR導入は不可欠だろう。

 JリーグはVARに手を挙げるのが遅かったために、導入への規定が厳格化してしまい、完全導入は2年後の2021年シーズンからとなっている。ただ、「W杯で勝とうと思ったらW杯と同じルールにする」というのは基本中の基本。VAR新時代への順応が遅くなってしまったことでその対応力に差が生まれつつあるのは間違いない。

 やはり、Jリーグへの導入を可能な限り早回しすることや、試験的に実施する試合の絶対数を拡大していくことはもう一度議論されるべきではないだろうか。U-20日本代表がいみじくも体感したように、「VARのあるサッカー」と「VARのないサッカー」はもはや別モノであり、その経験値の有無は試合を左右する可能性があるのだから。

サッカーライター/編集者

1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。2002年から育成年代を中心とした取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月をもって野に下り、フリーランスとしての活動を再開。古巣の『エル・ゴラッソ』を始め、『スポーツナビ』『サッカーキング』『サッカークリニック』『Footballista』『サッカー批評』『サッカーマガジン』『ゲキサカ』など各種媒体にライターとして寄稿するほか、フリーの編集者としての活動も行っている。著書『2050年W杯日本代表優勝プラン』(ソルメディア)ほか。

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