古生物「パレオパラドキシア」をイメージ! 岐阜・瑞浪のブリュワリーが探るクラフトビールの可能性
古生物「パレオパラドキシア」に「デスモスチルス」、ご神木、山椒、モミジ……。岐阜県瑞浪市釜戸町の醸造所「カマドブリュワリー」では、地域資源を生かした多彩なクラフトビールが造られています。そこには「ビールをメディアにして地域のことを知ってもらおう」という、生産者らの熱い思いがありました。
岐阜県南東部、東濃地方にある瑞浪市。「美濃焼」の産地ですが、2000~1500万年前の地層からたびたび化石が発掘されることでも知られています。2022年6月には、土岐川の河原で約1200万年前に絶滅した海生ほ乳類「パレオパラドキシア」の化石が、全身の8割以上の骨格が残った状態で発掘され、注目を集めました。
そんな瑞浪市を含む東濃地方の魅力を、クラフトビールを通じて発信しようとしている人がいます。カマドブリュワリーを運営する東美濃ビアワークスの社長、東恵理子さんです。
東さんは釜戸町出身。大学進学で地元を離れましたが、北海道のテレビ局の報道記者や青年海外協力隊員、全国各地の活性化に携わる東京の広告代理店での勤務などを経てUターンし、2020年4月、東美濃ビアワークスを設立しました。
なぜクラフトビールで地域活性化を図ろうと考えたのでしょうか。きっかけは、2017年にさかのぼります。東さんはこの年、宮城県で就農支援に取り組む知人の高橋由佳さん(一般社団法人イシノマキ・ファーム代表理事)と再会しました。高橋さんは、東日本大震災で被災した石巻市の休耕地で、ビールの醸造に使うホップの栽培に取り組んでいました。
ホップの花言葉は「希望」。石巻で栽培されたホップは、風に乗せてエールを届けるクラフトビール「巻風エール」の原料となりました。「いつか私も地元でこういうことをしたい」。東さんの胸の中に、クラフトビールづくりへの思いが芽生えました。ただこの時は、自分がビール会社を設立することまでは考えていませんでした。
東さんはその後、東京の広告代理店に就職。高知や栃木、長野などで地域資源を掘り起こし、観光体験などの形にしていく仕事に取り組みました。そのうちに、「自分の地元でできるコンテンツは何だろう」と考えるように。「中山道を歩くビアツーリズムや、美濃焼の器とビールとの組み合わせは面白いんじゃないかと思いました」
当時はたびたび瑞浪に帰省し、地元の陶芸家や観光事業者らと交流していました。そこで出会ったのが、岐阜県多治見市のまちづくり会社で働いていた岡部青洋さんです。2人はビールを活用したまちづくりで意気投合。ふと「東濃 醸造家」でインターネット検索をしたことで、全国各地でビール造りに携わってきた同県中津川市出身のビール職人、丹羽智さんにたどり着きます。
「丹羽さんに会いに行こう」。そう思い立った東さんは2018年夏、丹羽さんが当時勤めていた山梨県の醸造所に連絡を取り、訪ねました。そして、地場産品を副原料にしたビールや、ビールを生かす美濃焼のうつわといった「東濃にビールがあればこんなことができるのではないか」というアイデアを伝えたのです。
すると、丹羽さんからは「地元に戻ってきたいという気持ちはあるんです」という驚きの言葉が。同年秋に東さんたちが中津川市で開いたビールの会では、酒造免許の取り方や醸造設備などについて教えてくれました。瑞浪商工会議所など地域の人たちとの出会いや後押しもあり、東さんは徐々に起業に向けて動き出しました。
美濃焼に化石……地域資源に着想を得たクラフトビール
東さんは東美濃ビアワークスを設立し、丹羽さんを醸造長に迎えてカマドブリュワリーを建設。酒造免許を取り、同年12月、第1弾のビール「やっとかめエール」(ペールエール)を発売しました。「やっとかめ」は、地域の方言で「久しぶり!」という意味です。
その後は、「やっとかめエール」に続く定番商品として「あんきーラガー」(ラガー)、「かんこうIPA」(IPA)、「ほんでホワイト」(ベルジャンホワイト)と方言にちなんだビールを醸造。美濃焼に着想を得た準定番の「窯焚物語」シリーズ、2020年の7月豪雨で倒れた大湫神明神社のご神木、大杉のチップを使った「大湫大杉エール」、山椒、モミジ、ユズなど地域資源を生かしたビールを、次々と生み出しています。これまでに醸造したビールは約45種類に上るというから驚きです。どのビールにも、丹羽さんの技が光ります。
これらの地域資源には、化石も含まれています。「パレオパラドキシア」や「デスモスチルス」、巻貝の「ビカリア」をモチーフにしたビールもあるのです。「クラフトビールの魅力は多様性。ビールをメディアにしながら、この地のストーリーを全国に伝えていきたいです。面白い、ここにしかないような名前のビールができるじゃないですか」(東さん)
2021年12月には、ブリュワリーの隣に「カマドビアバー ハコフネ」をオープン。ここでは、液種によりますが美濃焼の器とガラスのグラスでビールを飲み比べることもできます。
この秋冬には、丹羽さんが得意とするハイアルコールで濃厚なバーレーワインや、釜戸の名所にちなんだビールの販売を考えているという東さん。「(名所にちなんだビールは)その場所に訪れて飲みたくなるようにラベルも工夫しています。ビールを飲んで終わりじゃなくて、釜戸に来て楽しむ、釜戸に人が集まるところまでやっていきたい」
ビールをフックに、人口減少や空き家問題にも取り組む
東さんたちの活動は、ビール造りだけにとどまりません。2022年10月23日には、「カマド移住・空き家ツアー」を開催します。空き家を地域資源ととらえ、地域の人たちと協力して使えそうな空き家をピックアップ。当日は地域住民らと空き家を巡って先輩移住者の声を聞き、解散後はクラフトビールを飲みながら相談を受け付けます。「庭がほしい」「駅に近いところ」「カフェができる景色が良いところ」など移住を考えている人の希望を聞いて、すり合わせをしていきます。
「醸造所の立ち上げから関わり、現在は当社で働いてくれている私の友人やバーのお客さまなど、カマドブリュワリーをきっかけに3人が釜戸に移住してきました。ビールをフックに、まちの人口減少や空き家の活用などの課題にも取り組んでいきたいです」(東さん)
クラフトビールから広がる地域おこし。これからも、ビールを通じて豊かな緑に囲まれた釜戸のまち、東濃地域の魅力をどんどん発信していってほしいです。
写真=東美濃ビアワークス提供(一部南撮影)