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風化する前に伝えたい「晴海フラッグの真実」。そこには世界でも例のないスキームがあった

櫻井幸雄住宅評論家
生活が始まり、環境のよさが魅力となる晴海フラッグの旧選手村マンション。筆者撮影

 「抽選に当たったら大儲け」とか、「転売住戸が続々出ている」など、晴海フラッグの東京五輪・旧選手村マンションにはきな臭い話が多い。まるで投資のためのマンションのように思われがちなのだが、じつは晴海フラッグには別の顔がある。

 それは、賢く五輪選手村をつくったという世界でも例のない特徴だ。

 2024年パリ五輪選手村とまったく異なり、これまでの五輪では採用されていない手法で選手村が実現した。

 今まで語られることがなかった「晴海フラッグの真実」を明らかにしたい。

これまでの五輪選手村と大きく異なる点は

 9月8日、パラ五輪の終了に伴い、2024パリ五輪・選手村はその役目を終えた。パリの選手村は、建物をほとんどそのままで公営の賃貸住宅やホテル、商業施設などとして活用される。

 大会後、選手村を公共施設として活用するのは、これまでも広く行われてきた手法だ。

 1964年の第18回東京五輪・選手村は渋谷区代々木につくられ、大会後は国立オリンピック記念青少年総合センターとなった。1972年の札幌冬季五輪と1998年の長野冬季五輪の選手村は、いずれも公営の賃貸住宅に。パリ五輪選手村と同様、国や自治体が税金を使って選手村をつくり、大会後、公共施設として活用する方式である。

 これに対して、今回の東京五輪はどうだったのか……その点を考えると、晴海フラッグはじつに賢いビジネス・スキームだったことがわかる。

 じつは、国や東京都が選手村を建設したのではない。関係者への取材で「特定建築者制度」を利用したことがわかった。同制度により、三井不動産レジデンシャルをはじめとした不動産会社のグループによって建設されているのだ。

大会後売却を前提に選手村がつくられた

 「特定建築者制度」とはなにか。

 東京都都市整備局のホームページをみると、次のような説明がある。

ーー市街地再開発事業において整備する再開発ビルを施行者に成り代わり建築させることができる制度です。この制度により、民間資金やノウハウを積極的に活用することができます。

 この説明ではわかりにくいだろう。

 そこで、晴海フラッグに当てはめると、概略、次のようになる。

 東京都の保有地を不動産会社の連合体に売却し、不動産会社連合体がマンションを建設する。マンションは東京五輪終了後に一般向け分譲マンションとなるのだが、その前に選手村として活用される……「特定建築者制度」を利用して、そのようなビジネス・スキームがつくられたわけだ。

 その仕組みを知ると、晴海フラッグのマンション分譲が東京五輪の前から行われたことも合点がゆく。

 仮に「選手村としてつくった建物を不動産会社に下げ渡す」のであれば、五輪終了後、選手村をリノベーションしてから分譲するのが正しい順番となる。

 しかし、晴海フラッグの分譲は選手村として使われる前から始まった。

 東京五輪は本来2020年開催(実際は2021年開催)で、晴海フラッグの第1期分譲が行われたのは2019年の8月。選手村として使用される前に購入者を決めることができたのは、「一般に分譲されるマンションを、一時的に選手村として活用するから」と考えられる。

 この手法により、国と東京都は選手村建設費の負担が減る。モニュメントなどをつくる必要があったので、建設費をゼロにすることはできないだろうが、選手村を建設する費用が大幅に削減できたはずだ。

 選手村として使われる建物を建設する不動産会社は、大会後に分譲マンションとして引き渡したり、賃貸マンションとして活用したりすることで建設費を回収できるし、利益も見込める。

 つまり、選手村建設に投じられる税金を節約できるし、大会中は選手たちの快適な生活を実現。大会後、東京都中央区という都心部に数多くの分譲マンション、賃貸マンションが生み出される。不動産会社のグループにも利益がもたらされる……いくつもの利点が生まれるわけだ。

 この「賢いビジネス・スキーム」を成功させるため、綿密な計算も行われたはずだ。

成功の鍵は、大会後に間違いなく売れること

 「晴海フラッグ」のビジネス・スキームを成功に導くためには「間違いなく売れること」が大前提になる。

 仮に、大量に売れ残ったりしたら大変だ。不動産会社のなかには経営が悪化するところが出てしまうかもしれない。それが日本経済に影響を及ぼし、「東京五輪は失敗だった」などといわれる事態も考えられる。

 売れ残ることなく、多くの人が喜んで購入してくれるマンションにしなければならなかった。

 結果として、晴海フラッグの旧選手村マンションは売れ残りなど生じず、大人気で完売した。だから、このビジネス・スキームはよいアイデアだったということになったのだが、それは結果論というもの。計画が始動した時点では不安要素がいくつもあった。

 まず、リノベ・マンションとして分譲する住戸が4000戸を超えるため、「そんなに大量の住戸を短期間に売り出して、売り切ることができるのか」という不安があった。

 加えて、東京五輪の後の不動産市況が見通せない、という問題も大きかった。

 東京五輪の開催が決まった2013年以降、東京のマンション価格は上昇に転じたが、東京五輪の後も好調であるという保証はなかった。

 当時は、「東京五輪の後、都心の不動産価格は下落する」と信じる人が多かった。不動産関係者は「そんなことは起きない」と思っていたが、不動産価格の下落が絶対起きないともいい切れなかった。

 万一、価格下落が生じたら、どうなるだろう。

 「リノベ・マンションを売ることで、選手村を成立させる」というスキームが崩れてしまう。

 事業を成功させるためには、晴海フラッグ旧選手村マンションが間違いなく完売する仕組みが必要だった。

土地代が安かったことで、完売を実現

 晴海フラッグの旧選手村マンションを間違いなく完売させるために大事なことは何か。誰が考えても、それは「安く売られる」ことだろう。

 実際、晴海フラッグの旧選手村マンションは価格の安さで注目され、大人気で完売した。

 この「価格の安さ」が実現した大きな要因は、土地代が安かったからだろう。 

 「東京都が晴海フラッグの用地を不動産会社のグループに売却したとき、土地売却価格が安かったのではないか」という指摘は以前からある。が、それは事業を成功させるため、ある意味、仕方のないことと考えられる。

 さらに、「転売禁止」や「賃貸禁止」の期間を設けなかったこと、複数住戸を購入可能にしたことなどで、購入者を増やすことができた(関係者への確認が取れていないので、あくまでも、私の推測となる)。

 いずれにせよ、間違いなく晴海フラッグを売り切るため、いくつもの手段が講じられたわけだ。

 晴海フラッグの旧選手村マンションでは、世界でも前例のないビジネス・スキームが採用された。その結果、一部に転売で利益を得ようと考える購入者が生じ、それに対する批判も生じている。

 すべての購入者が転売目的ではなく、晴海フラッグでの生活を満喫してくれれば、このプロジェクトは大成功となっただろう。

晴海フラッグにて、筆者撮影
晴海フラッグにて、筆者撮影

 晴海フラッグでは、これまでの五輪にはなかった手法で選手村がつくられた。そのスキームには素晴らしい点がある。問題は転売目的の購入者がいたこと……ただし、「転売で大儲けした」という話はまだ伝わってこない。

 転売したはいいが、たいして儲からなかったということになれば、「割安」といわれた販売価格もじつは「頃合い」だったことになる。そうなればよいのに、とこっそり願っている人間は私以外にもいるのではないだろうか。

住宅評論家

年間200物件以上の物件取材を行い、全国の住宅事情に精通。正確な市況分析、わかりやすい解説で定評のある、住宅評論の第一人者。毎日新聞に連載コラムを持ち、テレビ出演も多い。著書多数。

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