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能登半島地震でまたも噴出した「人工地震」の陰謀論

古谷経衡作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長
2007年の能登半島地震の際の、危険度判定の張り紙。画像はイメージです。(写真:ロイター/アフロ)

・能登半島地震で、またも「人工地震」という虚妄が跋扈

 能登半島地震から1週間以上が過ぎ、被害の全容がまだつかめておらない。また安否不明者の一刻も早い救出が待たれる。亡くなった方へ哀悼の意をささげるとともに、被害にあわれた方の一刻も早いご回復をお祈りするものである。

 さて今回もというか、やはり「人工地震」という陰謀論がかまびすしく出てきた。地震発生当時の1月1日、SNSのトレンドには「人工地震」というキーワードが躍った。岸田総理は地震発生の翌日、悪質な虚偽情報の流布について、「決して許されるものではありません」などとコメントした。

 とうぜん、こうした虚偽情報については「被害者を装った救援を要請するウソ情報」やいわゆる「震災の便乗商法」「悪意ある募金サイトへの誘導」など、かなり広範な意味が含まれる。そしてその中には、「人工地震」という虚妄もまた、含まれていると解釈するのが相当である。このような陰謀論は複雑に結びつき、真実の伝播を妨げ、また復興活動の足かせになることは言うまでもなく、厳なる監視・掣肘が必要である。

 元日の能登半島大地震で「またも」沸き上がった「人工地震」を唱えるアカウントを、私は発生後から可能な限りつぶさに監視してきた。その結果、彼らの言う「理屈」というのはおおむね以下のとおりである。

・能登半島地震は、他国や、国内の勢力が意図的に地中深くに爆弾を埋め、それを起動させたことによって発生した「人工地震」である。
・なぜこのタイミングで「人工地震」が起こされたのかといえば、岸田政権の醜聞や各種のスキャンダルを隠ぺいするためのものである。

 ほとんどがこの言説で埋め尽くされている。これをいちいちファクトチェックするのは極めて馬鹿馬鹿しいことであるが、あえてやるとすれば、現在、人類の技術でマグニチュード7クラスの「人工地震」を起こすことはできないし、また仮にそのような膨大なエネルギーがあったとしても、能登半島地下でそのような人為振動を起こす必要性がない。

 東京直下や、ニューヨークやロンドンや北京でやったほうが「(何かの隠ぺいのためには)効果的」なのであろうが、その矛盾について合理的な理屈は何もない。そもそもなぜそんな遠大な計画を、いちSNSユーザーに過ぎない”あなた”が知っているのか。そのような「朴訥」な疑問には一切答えられない。

・「人工地震」陰謀論者の笑止な根拠

 人工地震陰謀論者は、「戦前の新聞には、人工地震が堂々と掲載されていた」といい、ほとんど必ず以下の画像を添付して、「人工地震」の正当性を主張している。

ネット等で流布されている戦前の新聞記事
ネット等で流布されている戦前の新聞記事


 これは1930年代の読売新聞に掲載されたものとして拡散されているものだが、実はこれ、紙面をよく読んでみると、「人工地震」ではなく「人工振動」のことを言っていることがわかる。人工振動というのはもちろん存在する。地中にダイナマイトを埋めて炸裂させ掘削したり、あるいは地下核実験の場合でもある種の振動は観測される。地表や、地表近くで爆発が起これば、観測所で振動が観察されるが、それは地震ではなく、振動である。

 プレートのひずみが蓄積されたことで起こる地震とは異なり、人為的振動をかつて一緒くたにして「地震」と付記していたに過ぎない。当時はそのことも含めて、慣用的に人工振動を「人工地震」と書いていたのである。要するに、自らが添付している画像の内容すらよく読んでいないのである。

 このような陰謀論は、東日本大震災でも頻出した。探査船「ちきゅう」が3.11の直前に三陸沖で活動しており、それが海底にボーリングして、ある種の爆弾を仕掛けたことによりあの巨大地震が起こされたというものだ。検証する価値のない虚妄だが、かつて同じようなことを言う人々がいた。オウム真理教である。

・阪神大震災でオウム真理教が唱えた「地震兵器」

1995年の阪神大震災
1995年の阪神大震災写真:ロイター/アフロ

 オウム真理教は1995年1月に発生した阪神淡路大震災を「地震兵器である」と喧伝した。当時オウム真理教は、同年3月の地下鉄サリン事件を計画していたが、教団への強制捜査も間近であるという危機感を抱いていた。そのような中、信徒の結束のためか、このような天変地異を「外部の勢力(政府や、在日米軍など)が引き起こしたもの」という陰謀論を説くことによって内部的な求心力を高めようとしたきらいがある。

 オウムは言うまでもなくこのあとすぐ地下鉄サリン事件を起こすのだが、大量殺戮やテロの動機、つまりある種の「終末論」を説く教義と、「人工地震(地震兵器)」という陰謀論は別個に存在しているとは言えない。荒唐無稽な陰謀論と、これまた荒唐無稽な終末論でテロに誘う世界観を信じることは、科学的な根拠や合理的な発想で物事を判断することができない、という意味においては同根と言えなくはない。

 つまり「人工地震」陰謀論は、さすがに即座にテロに直結するとは言えないが、さまざまなデマや他の陰謀論と隣接しているのである。よって「人工地震」をSNS内部だけの虚妄と断じるのは危険だ。

・「人工地震」陰謀論者の特徴

「人工地震」陰謀論者の世界観をみるに、「政府または謎の組織による巨大な闇の計画が進行している」という認識は共通しているが、実はこれは、イデオロギーの左右を問わないで発生している。

 東日本大震災の際、縷々勃興した「人工地震」説を快刀乱麻せんと、私がある保守系のCS番組で完全に否定した(2011年4月ごろ)とき、そのコメント欄には「失望した」「何もわかっていない」「なんでそう言い切れるのか」というのが殺到した。その番組の視聴者層は、「嫌韓、反中、反進歩的メディア」を標榜する岩盤保守層の一部である。

 現在、「人工地震」を声高に言うユーザーには、反権力的なユーザーが多いと私は観察する。そもそも陰謀論は、「政府が真実を隠している」という世界観が根底にあるから、時の政府に批判的な階層が支持するきらいがある。

 しかるに、東日本大震災の時の政権与党は、どうであったか。民主党である。岩盤保守が当時から蛇蝎のごとく嫌っていた民主党に対して、彼らはある種の反権力・反体制勢力であった。反権力的な界隈=リベラルが陰謀論に走っている、というわけではないのが分かろう。このような陰謀論には、政治的イデオロギーの左右は関係がないのである。政権がもし非自民になったときは、現在、まだしも静かな岩盤保守の一部が、またも「人工地震」を言い出すかもしれない。

 2011年当時、「人工地震」論の少なくない部分は、イデオロギー的に右であった。彼ら曰く、「中国による対日地震兵器」「菅直人政権が自らの醜聞を隠すための自作自演」である。このような異形の陰謀論は、都度、もぐらたたきのごとく掣肘することが必要である。闇は深いが、それしか解決策はない。(了)

作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長

1982年北海道札幌市生まれ。作家/文筆家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長。一般社団法人 日本ペンクラブ正会員。立命館大学文学部史学科卒。テレビ・ラジオ出演など多数。主な著書に『シニア右翼―日本の中高年はなぜ右傾化するのか』(中央公論新社)、『愛国商売』(小学館)、『日本型リア充の研究』(自由国民社)、『女政治家の通信簿』(小学館)、『日本を蝕む極論の正体』(新潮社)、『意識高い系の研究』(文藝春秋)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社)、『ネット右翼の終わり』(晶文社)、『欲望のすすめ』(ベスト新書)、『若者は本当に右傾化しているのか』(アスペクト)等多数。

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