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見守る人々が失神…金正恩「軍人虐殺ショー」のえげつない効果

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央通信)

 中国との国境沿いに面した北朝鮮の地域で、脱北事件が発生し、一帯には移動禁止令が発せされた。

 両江道(リャンガンド)のデイリーNK内部情報筋によると、事件が起きたのは、道内の金亨稷(キムヒョンジク)郡。6月22日午前2時ごろ、男女2人が国境を流れる鴨緑江を超えて脱北、中国の吉林省長白朝鮮族自治県に逃げ込んだ。

 2人は道内の豊西(プンソ)郡の住民で、20日に金亨稷郡に住む知人を訪ね、国境の様子を調べた後で、翌々日の夜中に脱北を図った。潜伏していた国境警備隊員に捕まったものの、振り切って逃げることに成功した。なお、脱北を図る者には発砲しても構わないとの指示が出されているが、何らかの理由で発砲しなかったようだ。

 この区域担当の国境警備隊第252連隊には非常招集令が出され、2人の捜索を行っている。逮捕できない場合、2人を逃してしまった隊員や上官の軍官は厳罰を免れないとの恐怖感から必死になって捜索を行っている。

 隣接する咸鏡北道(ハムギョンブクト)の穏城(オンソン)郡では2020年8月、国境警備隊の中隊長や政治指導員ら7人が、コロナ防疫体制下で不法越境を防げなかったとの理由で公開処刑されている。見守る人々が「相次ぎ失禁し、気絶した」というそのエピソードを、国境警備隊員なら誰もが知っているのだ。

(参考記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面

 軍官(将校)たちは、前述の2人を逃して以来、家にも帰れずにいるという。ことあるごとに公開の吊し上げや公開処刑を多用してきた、金正恩総書記お得意の「残酷ショー」が効果を発揮しているとも言える。

 一方、両江道全域には移動禁止令が敷かれ、他の市や郡との移動が完全に遮断された。これは、2人がまだ道内に留まっている可能性を考えてのことだが、事件とは全く関係のない人々も、足止めを食らっている。

 道内最大都市の恵山(ヘサン)の市民の間では、2人は捕まれば銃殺は免れないだろうとの噂が飛び交い、戦々恐々とした空気が流れている。

 一部市民の間では「どうか捕まらないで欲しい」「無事に中国に到着していて欲しい」「中国で公安に捕まって再び帰ってこないで欲しい」などと、2人に同情的な声が聞こえるという。コロナ前には、密輸で国境を行き来するのが当たり前だったこの地域の人々だけあって、2人に感情移入しているのだろう。

 両江道保衛局(秘密警察)と各市、郡の保衛部は、2人の個人情報を確保し、大々的な逮捕作戦に乗り出した。身柄を確保できるまで続けるようだが、人口が希薄で、国境警備の「穴」が多いこの地域だけあって、逮捕は至難の業だろう。

 ただ、2人が無事に中国まで行き着いたとしても、人込みに紛れ込めるほどの大都市まで数百キロ離れており、山中に身を隠しながらの逃避行となるだろう。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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