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<ガンバ大阪・定期便22>2021年レビュー②/異例のシーズン。激闘の記録。

高村美砂フリーランス・スポーツライター
ホーム戦の勝利後に行われるパナスタ名物『ガンバクラップ』。 写真提供/ガンバ大阪

■J1リーグ唯一の活動休止という試練

 2021シーズン最後の公式戦となったJ1リーグ38節、湘南ベルマーレ戦後。ホーム最終戦セレモニーで、クラブを代表して挨拶に立った松波正信監督は途中、こみ上げる感情を抑えきれずに声を詰まらせた。今年の5月に監督交代が発表されてから約半年。氏の選手時代まで遡っても、決して見せることのなかった感情を目の当たりにし、改めて過酷な今シーズンの戦いを、氏が感じてきたプレッシャーを想像する。試合後の会見で胸中が明かされた。

「2012年の(J2降格の)経験がある中で、クラブが決断して監督をさせていただいた。大きな責任、使命を感じながら、チームだけではなく、クラブ、スポンサー、ファン・サポーターを含めて、ガンバに関わる全ての人を背負って戦わなければいけないという強い覚悟で仕事をしてきました。ACLもセントラル開催になり、連戦も想像以上にすごく厳しく…それでも、このコロナ禍で、いろんな人が苦労されている中で、サッカーができる喜びを改めて感じられたからこそ、僕もサッカーに、ガンバに育ててもらったことへの恩返しをしなければいけない、12年と同じことを繰り返してはいけないと思っていました。サポートしてくれたスタッフを含めて、たくさんの方のサポートがあってこその結果。ただただ感謝しています」

 今シーズンのガンバが例年以上に厳しい戦いを強いられたのは、J1リーグ開幕戦の直後にチーム内に複数名、新型コロナウイルスの感染者が出たことに起因する。それを受け、3月3日に予定されていた名古屋グランパス戦、6日の鹿島アントラーズ戦が急遽開催中止に。さらに8日に実施されたPCR検査で新たに選手1名、スタッフ1名に陽性判定が出たことを受け、10日にはクラブから約2週間の活動休止が発表された。序盤戦はどのチームも、シーズン前に作り上げたコンディションを、公式戦を戦いながらブラッシュアップしつつ、新加入選手を含めたチーム戦術を熟成させていく時期。ガンバも当然、ギアを上げていく過程にあったが、その中での活動休止は積み上げてきたコンディションを一旦白紙に戻すと言っても過言ではない出来事だった。

 とはいえ、その頃はまだ活動休止がのちに与える影響を正確には理解できていなかったのかもしれない。

「他のチームが試合をしているのをDAZNで観ていて、早くサッカーをしたいとウズウズしていた。現時点ではまだ試合日程は決まっていないですが、久しぶりに今日、みんなでボールを蹴れて楽しかったです。(コンディションについては)今日1日ではわからない部分もありますけど、練習で息が切れることもなく気持ち良くプレーできました。今は他のチームが勝ち点を積み上げていっている状況への焦りより(未消化になっている)試合を戦えるのなら、たとえ日程的に過密になってもしっかり頑張っていこうという気持ちの方が強いです」

 陽性反応が出ていない選手、スタッフでの活動再開日となった3月23日、取材対応に応じたキャプテン、三浦弦太も再びサッカーができることへの喜びを噛み締めながらポジティブな言葉を残していた。

 ところが、4月3日のサンフレッチェ広島戦からJ1リーグの戦いに戻ったガンバは明らかに『出遅れ』を突きつけられる。最初の2試合は守備の奮闘が光り、なんとかスコアレスドローで凌いだものの、本来なら試合を重ねるごとに深まりをみせていくはずのコンビネーションが全く機能を見せず、得点の匂いがしてこない。

「自分がいいプレーをしている時は、純粋にサッカーを楽しみ、思い切りよくやれている時。今の自分はまだまだそこが足りていないし、チームとしてもイキイキした感じがない印象もある。負けが込んでいる状況でそれを作り出すのは難しいですけど、声やサッカーの基本であるハードワーク、戦う姿勢をもっと全体で出していけば、そのイキイキ感もどんどん出てくるのかなと思っています(倉田秋)」

 4月14日のサガン鳥栖戦で宇佐美貴史がようやく今シーズンのチーム初得点を挙げて初勝利を手にしたが、チームが加速するきっかけになることはなく、その後の清水エスパルス戦からの5試合も2分3敗。うち、3試合が無得点に終わったように、攻撃が形づくられていかない状況はチームに暗い影を落とした。

 そうした状況を受けクラブは監督交代を決断。5月16日の浦和レッズ戦からは松波監督が新指揮官に就任する。その松波体制での初勝利は、就任3試合目の徳島ヴォルティス戦。そこから今シーズン初の連勝を含む『3戦負けなし』で順位を16位に上げ『降格圏』からの脱出に成功したガンバは、天皇杯2回戦にも勝利し、重苦しい雰囲気を払拭してウズベキスタンでの集中開催となったAFCチャンピオンズリーグ(ACL)に乗り込んだ。

■過酷を極めた夏場の公式戦21連戦

 本当の意味で『活動休止の1ヶ月』の影響を実感したのは、そのACL後の夏場の『公式戦15連戦』だろう。長期離脱中の選手を除き、登録メンバー外の選手を含めて乗り込んだウズベキスタンでの約3週間は、寝食を共にしながらチームの結束を強める時間にもなった一方で、連日40度を超える暑さや練習場のコンディション悪は、確実に選手の体に疲労を蓄積させていく。またACLを2勝3分1敗で終えてグループステージ敗退が決まっただけではなくようやくケガから復帰した小野裕二や福田湧矢、塚元大らが再離脱になってしまうなどチームはより厳しい状況に置かれてしまう。加えて、新型コロナウイルスへの危機管理、予防策という点で日本とは大きく異なる国での長期滞在が影響したのだろう。ウズベキスタンから帰国後、選手、スタッフあわせて4名が陽性診断に。結果、ACL以前よりも離脱者が増えた状況で真夏の15連戦に突入した。

 それでも帰国直後のJ1リーグ・アビスパ福岡戦では白星を収めるなど意地を示し、未消化になっていた 5連戦を3勝2敗と勝ち越すなど踏ん張ったが、試合を重ねるごとに、さらに言えば、暑さが厳しくなるにつれ疲労の色は顕著になり、ギアが上がらない戦いが続く。中でも深刻だったのは試合内容だ。通常のシーズンなら、試合で出た課題をトレーニングで改善し、次の試合に臨むというルーティンで連携を深めながらシーズンを進めていくが、これほどの連戦となればそうはいかない。試合合間のトレーニングは、試合に出た選手は体を休めることがメインに、試合に絡めなかった選手は少人数でトレーニングを行うことになり、連携を深め、次節への対策を講じる練習はほぼできないまま次の試合を迎えるという状況下でシーズンが進んでいく。となれば、いつまでたってもチームの機能は見られず、結果を遠ざけていくことに。特に横浜FCやベガルタ仙台など下位チームとの直接対決を含む、8月末の4連敗はチームに焦燥感を募らせた。

「ベガルタ仙台戦の敗戦はある意味、ターニングポイントになった試合。同じ残留争いをしている相手にホームで負けた事実もさることながら、過去にない展開というか…仙台に打ち負けたことで改めて全員が現状に危機感を抱いたし、この試合の後には選手だけのミーティングもして…それがすぐにプラスに働いたわけではなかったけど、みんなが本当の意味でこのままじゃアカンと思い直したきっかけになったのは間違いないと思う(宇佐美)」

 宇佐美の言葉にもあるように、選手たちが繰り返し言葉を交わすようになったのはこの頃からだ。いや、それまでも現状への危機感から選手同士で話すことはあったと考えれば、その頻度や内容がより深くなったというべきか。また、単純にACLから続いた怒涛の21連戦を戦い終え、試合の合間のトレーニングでも戦術を落とし込む時間を見出せるようになったからだろう。練習後にグラウンドに残って、あるいはロッカールームで倉田や東口順昭、宇佐美や昌子源らを中心に主力選手が意見を交わし、それを監督やコーチングスタッフと共有することも増えた。

 それでも、この時はまだ『結果』を求めることに対して、選手個々の考え方にバラつきがあり、チーム戦術としてもまとまり切ってはいなかったというのが正直なところだ。

 とにかく勝てばいいのか。内容を求めて勝つのか。点を取ることを考えるのか。点を取られないことを考えるのか。

「残留争いの最中は練習中でも大したミスじゃないのに強めにコーチングをしてしまう自分がいたり、イライラする部分も多かった。僕を含めてみんなに余裕がなかったのかなと思います。それでも去年のように結果が出せればチームとしての考え方もまとまっていくんでしょうけど、今年はなかなか結果が出ず、戦い方を統一するのに時間がかかってしまった(東口)」

 皮肉にも、ガンバが歴史の中で定着させてきた『攻撃サッカー』という代名詞が足かせになり、チーム内でも意見が分かれることも多かった。

「攻めなければガンバじゃない」

「攻撃的なサッカーがガンバのスタイルだ」

 そうした言葉に代表される『DNA』が選手の多くに自然と備わっていることは決して悪いことだとは思わない。ただ、今シーズンは様々な状況も影響して「どう攻めるのか」「チームとしてどう点を取るのか」が時間の経過とともに積み上がってこなかったことを考えると、また上位ではなく『残留』を争っているという現実においては、そのDNAが邪魔をした部分もあったと言わざるをえない。

「勝っていないからこそ、こうしたらいいんじゃないか、という意見がたくさん出て当然だし、そんな風に意見をぶつけ合うことは過去のシーズンでもあったので決して悪いことではないんですけど、勝っていないから余計にその意見がなかなかまとまらなかったというか。分かりやすく言うと、前線の選手は点を取りたい、守備の選手は取られたくない、というようなそれぞれの考えが、勝てていない状況も影響して今年はなかなかまとまらず、余計に時間がかかってしまった(倉田)」

 これは今だから明かせる話だが、実は8月末から9月にかけたこの時期、チームは先の戦いを見据えて新型コロナウイルスのワクチン接種も行っている。もちろん、副反応が出ることも予測して、選手は時期をずらして接種するなどの工夫はしていたが、実際に発熱や倦怠感といった副反応に苦しんだ選手も多く、試合前日まで高熱を出して練習に参加できないとか、試合当日になって準備してきたメンバーでは臨めないといったアクシデントに見舞われたこともあった。

 そしてもう一つ。新型コロナウイルスに感染した選手の数人が、後遺症に苦しめられていたのも事実だ。倦怠感、呼吸困難、脱毛、睡眠障害、記憶障害、集中力の欠如ーー。新型コロナウイルスに感染した一般の方と同じように、選手の数名は経験したことのない体の異変を感じ、不安を抱きながら試合を戦い続けたと聞く。もっとも新型コロナウイルスの後遺症の原因は未だ不明とされており、症状が数値などに表れることもないからだろう。プロアスリートとして「数値に出ない以上、言い訳をしていると思われたくない」という感情も働いて、休むこともなく戦い続けた。

■「ガンバであることを捨てて」耐え凌ぎ、辿り着いたJ1残留

 話を戻そう。仙台戦で改めて危機感を抱きながらも、ピッチ上で選手個々の考えが揃っていかない状況からは抜け出せずにいた中で、ようやくチームとして意思統一が図れるようになったのは、10月16日の浦和レッズ戦以降だろう。

 その1つ前『クラブ創立30周年記念マッチ』として行われたホームでの北海道コンサドーレ札幌に大敗したことが劇薬となり、かつ、その直後、代表ウィークによってリーグ戦が2週間中断し、チーム戦術をゆっくり落とし込む時間を設けられたことも助けとなって、チームは残りの試合で確実に勝ち点を積み上げていくために、まずは守備を徹底することに重きを置いた戦術に舵を切る。加えて、その中断明け最初の試合となった浦和戦で、勝ち点1を拾えたことも大きい。

 この試合、ガンバはポゼッションに長けた浦和を相手に、後半は特に守備にまわる時間が長くなりながらも、耐えて凌いでスコアレスの戦いを続けていた中で、不運にもアディショナルタイムにPKを取られて失点を許してしまう。だが、そこで足を止めずにラストワンプレーでPKのチャンスを掴んだガンバは、土壇場で同点に追いつき、勝ち点1を死守。中断期間により強めてきた勝ち点への執着が数字につながったことをポジティブな要素として受け止めた上で、ホームに戻ってくる。そして、センターバックにケガ人が相次ぐ中で迎えたサガン鳥栖戦、横浜F・マリノス戦を再び意思統一のもとで試合を進めて『ウノゼロ』で制して勝ち点6を積み上げると、残留を争う大分トリニータとの直接対決も逆転勝ちをおさめて3連勝。残り3試合を待たずしてJ1残留を確定させた。

「優勝争いとは全く違うプレッシャーを感じながら、残留争いを続けてきた中で正直、勝ち試合をきっかけにするというより負け試合から何を持ってこられるか、何を次に繋げられるかをずっと考えながら戦ってきた。勝負の世界は、勝った時より負けたときの方が感じることが多いからこそ、今シーズンは誰もがたくさん考えて、考えて進んできたシーズンで、もしかしたらそれが自分たちを苦しめた部分もあったかもしれない。その中で、最後はある意味、ガンバであることを捨てて、耐え凌ぐ中で結果を掴むことを求めたと考えれば、決して理想とする戦いではなかったけど、J1残留を決めて、このしんどい1年が決して無駄ではなかったことを来年、J1の舞台で証明するチャンスを得られたのは良かった(宇佐美)」

 宇佐美の言葉に代表されるように、ガンバにとっての2021年は試合内容も含めて決して理想的に戦えたシーズンではなかった。16年以来タイトルのないシーズンが続いていたとはいえ、J1リーグで二桁順位まで落ち込んだのは17年の10位以来で、終盤戦まで残留争いに巻き込まれたのもクラブ史上初のJ2降格を経験した12年以来の屈辱だった。

 だが、それでもこの過酷なシーズンを総力をあげて戦い抜き、J1リーグに踏みとどまることができたのだ。これは先に書いた「残留を争う中ではDNAが邪魔をした部分もあった」一方で、ガンバが30年の歴史の中で備えてきたDNAを最後まで失わなかったからだという見方もできる。クラブが紡いできた歴史を自分たちが止めてはいけないという責任、そしてガンバのユニフォームを着て戦うことへのプライドと覚悟ーー。どんなに過酷さを極めても、ガンバに関わる全ての人たちを代表してピッチに立ち続けた選手、スタッフが決して失うことのなかったそれは、間違いなく来シーズン、新たな歴史に踏み出すための第一歩になったと信じている。

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書籍『ガンバ大阪30年のものがたり』

著 高村美砂

発行 ベースボールマガジン社

2021年10月にクラブ創設30周年を迎えたガンバ大阪の歩みを選手、スタッフの『言葉』に焦点をあてて振り返る。クラブ史に残る名場面やクラブレジェンドの懐かしのシーンがここに。

フリーランス・スポーツライター

雑誌社勤務を経て、98年よりフリーライターに。現在は、関西サッカー界を中心に活動する。ガンバ大阪やヴィッセル神戸の取材がメイン。著書『ガンバ大阪30年のものがたり』。

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