MAZDA3は富士24時間をどう戦ったのか 今年はスーパー耐久選手権レースが面白い!
スーパー耐久選手権が面白すぎるのには理由があった!
今シーズンのスーパー耐久選手権を開幕戦から追っている。久しぶりにプロのレーシングドライバーたちが競い合う現場を目の当たりにして、その迫力の中にある繊細かつ極限的なレベルのドライビングスキルに改めて驚かされっぱなしなのだ。
それにしばらく見ない間にS耐は、ずいぶん刺激的なレースになった。ひと昔前までは職人的な仕事をするレーシングドライバーがひたすらノーマルに近い市販車を周回させる、実に渋い戦いぶりを繰り広げるモータースポーツだった。
それがエアロパーツの装着を可能とし、GT3やGT4車両(国際ツーリングカー規定の車両)も参戦可能として、それに伴って排気音の音量規制も各車両ごとに規定されるなど緩和された。これにより、長時間の耐久レースは従来通りながら、迫力ある走りで見応えは格段に高まったのである。
そして一昨年からは自動車メーカーなどの開発車両が参加できるST-Qクラスが新設され、トヨタが水素エンジンを搭載したGRカローラで参戦し、昨年からはトヨタとスバルがGR86/BRZで合成燃料を使用し、マツダもバイオ燃料を使ったディーゼルエンジンで参戦することで、一気に注目度が高まったのだ。
今やモータースポーツの世界でもカーボンニュートラルは重要なテーマだ。しかも市販車のエンジンやボディを使ったマシンで開発を行なうのは、まさに走る実験室と言える。
筆者はそんなスーパー耐久を開幕戦の鈴鹿、第2戦の富士、第3戦のSUGOと観戦して、トップグループの速さとST-Qクラスの戦いぶりを見届けたのだった。
第2戦からMAZDA3、目を見張る速さを獲得
MAZDA3のスタイリングの美しさについては、ここで説明する必要はないだろう。魂動デザインと呼ばれるコンセプトを研ぎ澄ませた、ファストバックのフォルムは街でもつい見とれてしまうほど端正だ。
そんなフォルムをレーシングスピードに対応させるため、マシンはサスペンションを硬め車高を下げるだけでなく、ワイドなタイヤをより幅広に構えさせるためにオーバーフェンダーを装着。低くワイドなシルエットはノーマルとは別物だが、野生味が感じられるだけでなく明らかにMAZDA3の美しさも湛えている。
したがって走る姿も他のS耐マシンとは、やや異彩を放つ。低くワイドでコンパクトなシルエットは、往年のグループ4マシン(アルファロメオGTV6など)を彷彿させるようでもある。
開幕戦では同じクラス(といってもエンジンの種類や排気量はバラバラなので、速さを比較するのは意味がないことだが)のマシンの後塵を浴びる形で走り終えたMAZDA3。だが続く第2戦では、さっそくマシンに改良を施し、速さを高めてきた。
予選では2.4LエンジンとなるGR86などを上回るタイムで、同じクラスのBRZ CNFに喰らい付きそうな速さを見せた。エンジンの大幅パワーアップを実現し、加速力を高めたのがその要因らしい。
「駆動系の負担が増えたので、コーナーの立ち上がりなどでのアクセルオンは、ちょっと余裕を残して踏んでいます」(マツダ株式会社 シニアフェローブランドデザイン担当でありチーム代表兼ドライバーの前田 育男氏)。駆動系の耐久性を測りながらレースに挑む、そんな様子がうかがえた。
第2戦の富士SUPER TEC、決勝は24時間耐久と超長丁場のレースだ。しかし市販車ベースとあって、開幕戦と遜色ないペースで(見た目には)周回を重ねていく。
しかもストレートが長く、ダイナミックなコースの富士スピードウェイは排気音の凄みが増したS耐マシンが伸び伸びと走り回り、いかにもトップレベルのモータースポーツらしい雰囲気を高めている。
クリーンディーゼルでバイオ燃料を使って走らせているMAZDA3も、順調に周回を重ねる。5月の終わりなのにまるで真夏のように暑いが、富士山の麓とあって高地らしい風の涼しさと変わりやすい天候が幾分過ごしやすくしてくれるが、観客も見続けるのはかなりキツい。
もっとも耐久レース、とりわけ富士スピードウェイでの観戦に慣れているレースファンの中には、テントエリアにテントを張って陣取り、のんびりとくつろぎながらレースを観戦している人も目立った。まるで欧州の耐久レースを見てるかのような、レース文化の醸成を感じさせてくれたのだった。
昼間はマシンもドライバーも余裕があるのか、淡々とレースは進んでいった。広い富士スピードウェイでも色々な場所で観戦できるほど、24時間レースはゆったりとした雰囲気が楽しめた。
深夜にハプニング続出! 赤旗中断!
夜になって辺りが静まりかえっても、マシンたちは走り続けた。ナイター設備があるとはいっても昼間ほどは視界は得られないなか、ドライバーたちは驚異の集中力とドライビングスキルで走行を続けたのだ。しかし魔物は潜んでいたのだろう。
MAZDA3が緊急ピットインしてきたのは、そろそろ日にちが変わる頃のことだ。なんと右前輪を喪失した状態でピットへと戻ってきたらしい。市販車のままであれば残る左前輪には駆動力が伝わらず、帰還は不可能だっただろう。
マツダ株式会社カスタマーサービスビジネス企画部 #55チーム監督 木田 努氏に当時の状況を尋ねてみた。
「右側のハブボルトが折れてホイールが脱落してしまいました。やはり駆動力が大きかったことが原因です。ホイールだけでなく、サスペンションやブレーキ、メンバーにもダメージが生じてしまったので、修復には時間がかかり、念の為反対側の左側のハブも交換したため、長時間のピットストップとなってしまいました」。
これでリタイヤかと思われたハプニングであったが、24時間レースだけに作業時間が確保できるとあって、復活することができた。こうしたハプニングへの対策が次につながり、マシンをそして量産車を進化させていくのだ。
そして別のマシンにもハプニングは襲来した。ST-4クラスのゼッケン884番シェイドレーシング GR86が、走行中に動物と接触。衝突の損傷は大きくなかったものの、それが原因で火災が発生した。最終的にはマシンが炎上してレースは赤旗中断する事態に。
なんとも波乱の展開、静寂ぶりが逆に違和感を覚えさせるほど、真夜中の富士スピードウェイは静まり切った。それでも1時間半ほどでマシンの回収とコースの修復を済ませ、明け方にはレースが再開された。
修復なったMAZDA3もコース上への復活を果たし、徐々にペースを上げて走行を続け、最終的には24時間を走り切った。アクシデントへの対応は大変だったが、チームにとってはかけがえのないノウハウを手に入れたことだろう。
「レース前にはトランスミッションの耐久性などを中心にシミュレーションや走り込みでの耐久テストを行なってきましたが、まだ不十分だったということになります。今後の対策をしっかりやっていきます」(マツダ株式会社カスタマーサービスビジネス企画部 シニアエキスパート上村 昭一氏)。
ところで鈴鹿、富士と2戦でMAZDA3の走りを見守っていて、気付いたことがある。それは走りが静かなことだ。他のマシンが街中を走っているクルマと同じ形状であるとは思えないほど爆音でサーキットを疾走しているのに対し、MAZDA3はEVのように無音で走っているように感じるのだ。他のマシンの爆音によって掻き消されているのではなく、単独で走っている時にもほとんど無音で通過していく。
これも上村氏に訊いてみた。
「ディーゼルエンジンは、低回転で最大トルクが出るのが特徴です。それによって、静粛性や燃費にも貢献しています。ガソリン車が7000rpm以上でパワーを稼ぐのに対し、競技車両であっても2000-4000rpmで最大トルクを発生するフラットなトルク特性となっています」。
特にSKYACTIV-Dの場合、比較的圧縮比が低く過給圧を高くしているので、それだけターボチャージャーで排気エネルギーを吸収できる割合がガソリンターボより高く、排気音が小さくなっている可能性もありそうだ。とにかく走行風によって簡単に掻き消されてしまうほど、MAZDA3の排気音は小さいのであった。
液体水素を搭載したGRカローラも注目の存在で、「クルマのミライ」を背負って走る使命の重さを感じさせる豪華メンバーによって無事完走を果たした。しかしながら水素を圧送するポンプの耐久性に課題があり、24時間レースでは途中に2度のポンプ交換により長時間のピットストップを強いられるなど、想定内ではあるものの勝負にはならない状態だ。
水素エンジンのGRカローラは、ST-Qクラスでも他のマシンとは戦いぶりがまるで異なる。ライバルは今一緒に走っているマシンたちではなく、十数年後の市販車なのだ。
第3戦SUGOではMAZDA3はお休みだった(ST-Qでは1戦の休戦が紳士協定であるらしい)が、第4戦ではCNFで走るシビックタイプRよりも早くゴールしている。
ディーゼルがタイプRより速いという事実を、我々はもっと評価していいのではないか。もちろんシビックタイプRも、このままではいないだろう。
そういう訳で後半戦も楽しみなスーパー耐久選手権なのである。