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「20年後のメイウェザー」スティーブンソンに挑む吉野修一郎。その勝機を探る

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
吉野修一郎(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

ミッションインポッシブル?

 フェザー級とスーパーフェザー級で世界王者に就いたシャクール・スティーブンソン(米)と吉野修一郎(三迫)によるWBCライト級挑戦者決定戦が4月8日(日本時間9日)アメリカ・ニュージャージー州ニューアークのプルデンシャル・センターでゴングが鳴る。リオデジャネイロ五輪バンタム級銀メダリストからプロ入り、大手プロモーション「トップランク」傘下でキャリアを進めるスティーブンソン(25歳)は、今後しばらくボクシング界の“顔”の一人となるであろうと推測される超大物。最近の2試合で伊藤雅雪(横浜光→引退)、中谷正義(帝拳)と日本のトップクラスとのサバイバルマッチを制して一気にスポットライトを浴びた吉野(31歳)にしても相当困難な展開と厳しい結果が予想される。

 スティーブンソンvs吉野は発表と同時に日本のユーチューブやブログでも話題となっている。そこでは、やはり吉野にとって非常に難度が高いミッションだという意見が聞かれる。ではミッションインポッシブルなのだろうか。

メイウェザーは負けていた……

 これはあくまで私見で、20年以上も前の出来事だが、同じくWBC世界ライト級王座を争って2度グローブを交えたフロイド・メイウェザー(米)とホセ・ルイス・カスティーリョ(メキシコ)の対決がオーバーラップしてならない。特に2002年4月20日、ラスベガスのMGMグランド・ガーデン・アリーナで行われた両者の第1戦がスティーブンソン攻略のヒントになると思う。

 この試合はWBCライト級王者カスティーリョにWBCスーパーフェザー級王者だったメイウェザーが挑戦した。結果はメイウェザーが3-0判定勝ちで2階級制覇を果たすのだが、スコアカードが問題になった。公式スコアはタイ人ジャッジが116-111、英国人と米国人(ネバダ州)ジャッジが115-111でいずれもメイウェザーの勝利を支持した。しかしこの3氏以外でメイウェザーの勝ちを容認する人は皆無とは言えないまでもごく少数派だった。

 その顕著な例が以前ボクシング中継を牛耳ったHBО(ホーム・ボックス・オフィス)のスコアとコンピュータスタッツ。名物スコアラー、ハロルド・レダーマンが記した数字は115-111でカスティーリョの勝ち。コンピュータ集計のトータル・パンチはメイウェザーが448発パンチを繰り出しヒット数は157発(的中率35パーセント=以下同)、カスティーリョは506発放ち203発ヒット(40パーセント)。パワーパンチはメイウェザーが151発中66発当て(44パーセント)、カスティーリョは377発中173発(46パーセント)ヒット。いずれもメキシカンに有利な数字が出ていた。

 コンピュータスタッツはブロックされたパンチもカウントされるため、必ずしも試合内容を正確に反映していない面もあるが、中盤以降、積極的に攻め立て、メイウェザーにディフェンスモードを強いたカスティーリョの優勢は誰が見ても明らかだった。4から5ポイント差でメイウェザーがタイトル奪取に成功した事実は理解しがたい。リングの世界で採点が論議を呼ぶことは枚挙にいとまがない。それでもメイウェザーvsカスティーリョ第1戦は常軌を逸していた印象がする。

 現役復帰の噂がいまだに絶えないメイウェザーだが、ひとまず50勝27KO無敗でピリオドを打ったキャリアでもっとも敗北に近づいた瞬間が、このカスティーリョ戦。14年5月に世界ウェルター級王座を争ったマルコス・マイダナ(アルゼンチン)にも大苦戦を経験したメイウェザーだが、「カスティーリョとの第1戦ほどではなかった」と断言するメディアは少なくない。

20年後のメイウェザー

 前置きが長くなった。スティーブンソン(19勝9KO無敗)はサウスポーという違いがあるが、攻防のスタイルがメイウェザーを彷彿させる。「20年後に誕生したメイウェザー」、「空間支配力の達人」という見方、評価がされる。吉野(16勝12KO無敗)とスクラムを組む三迫ジムの椎野大輝トレーナーは「空間掌握能力、そして支配能力も高い選手です。相手をこれ以上近づけさせない、自分のやりたい距離をギリギリでずっと保っている。よけるのも小さいスウェーバックやバックステップでこなすのを見ると、相手が入れなくなるような“スティーブンソン・ゾーン”があるのかなと思ってしまいますね」と専門誌の取材でスティーブンソンを評している。

 事実上、メイウェザーに黒星をなすりつけたカスティーリョのプレッシャー戦法は、スティーブンソンに対しても間違いなく有効だろう。ただ、コンピュータスタッツの数字でわかるように、あの試合でカスティーリョは驚くべき手数を繰り出したわけではない。以前も話を聞いたメキシコの映像メディア「ラ・エスキーナ・デル・ボクセオ」のエドムンド・エルナンデス記者に中谷戦の映像を送り分析してもらった。

ヨシノはメキシカンスタイル

 「ヨシノは多くのメキシコ人に似ているアグレッシブなスタイルを持っていますね。それはメイウェザーやスティーブンソンのような優秀なブラックアメリカンのボクサーに対して効果的に働くでしょう。メキシコのトレーナーたちは英語で言う“カット・オフ・ザ・リング”(相手に逃げ道を与えない戦法)をしつこく要求します。特に相手にサイドステップを踏ませないこと。同時にただプレスをかけるだけでなく、パンチを食らわないようにウェービングなど腰の動きと多彩なアングル取りの重要さを教えます」

 同記者はカスティーリョが成功した理由は彼の師匠とも言うべき3階級制覇王者のレジェンド、フリオ・セサール・チャベスとのスパーリングが有効だったからだと明かす。そしてメキシコ人らしいアドバイスを送る。

 「攻撃時にとても重要なのはレバー打ちです。それが流麗に動き回り、バックステップを踏み、カウンターを狙う選手の脚を止めることにつながる。ヨシノのスタイルはダイナミックにボディー攻撃を実行するのに理想的だと思えます。スティーブンソンを悩ますことになるでしょう。だからビッグ・サプライズを起こす可能性はある。ただしヨシノは完ぺきな試合を行わなければなりません。精神的にも」

 言うは易く行うは難し――。スティーブンソンと対戦した相手はボディー攻撃を実行しようと試みたが、これまで結果を出した者はいない。彼は打たれないことに専念するし、たとえ打たれてもトップボクサーの耐久力は我々の想像を超えている。

オスカル・バルデス(右)を下し2階級制覇を果たしたスティーブンソン(写真:John Locher)
オスカル・バルデス(右)を下し2階級制覇を果たしたスティーブンソン(写真:John Locher)

吉野陣営の作戦は?

 他方で、ダメージを植えつけて畳みかけても米国ではどれだけジャッジの心情に訴えられるか――という難題がある。メイウェザーvsカスティーリョのケースと同じく先週土曜日ラスベガスで挙行されたデビッド・ベナビデスvsカレブ・プラント(ともに米)のスーパーミドル級12回戦の前座カードで行われたクリス・コルバート(米)vsホセ・バレンスエラ(メキシコ/米)のライト級10回戦でも前者はダウンを喫し、断続的にコーナー、ロープを背負いディフェンスを強いられたものの、3-0判定勝ちを得ている。20年前カスティーリョは試合後「ジャッジたちをディナーに招待しておけばよかった」とジョークを飛ばしたが、ボクシングの採点基準の一つ「有効なプレス」が評価されないケースは往々にしてある。

バレンスエラ(左)vsコルバート(写真:Esther Lin / SHOWTIME)
バレンスエラ(左)vsコルバート(写真:Esther Lin / SHOWTIME)

 それでも相手がスーパースター候補だけに吉野には期待したくなる。スティーブンソンのホームタウンでリングに上がる“日本代表”吉野にチャンスはどれだけあるだろうか。どアウェーの逆風の中で、どんな戦いを披露してくれるだろうか。椎野トレーナーは「追いかけるにしても同じやり方ばかりではダメなので、インからアウトから、構えをスイッチしたりと何通りも準備しています。追い方、リングの使い方を上手にやらないといけない。うまくやればロープを背負わせることができるでしょう」と展望を語る。

 総括すると多彩なバージョンのカット・オフ・ザ・リングが成功のカギとなるだろうか。29日に渡米しロサンゼルスで調整を行い、決戦の地ニューアークへ移動する吉野と陣営。無敗対決まで10日あまり。空間を制圧するのはどちらか?

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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