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英国フェイクニュース事情 ―政治の嘘を拡散させないためにどうするか

小林恭子ジャーナリスト
フェイスブックがフェイクニュースを拡散させたという人もいる(写真:Shutterstock/アフロ)

新聞協会報10月17日付掲載の筆者記事に補足しました。)

信頼回復へ試行錯誤

 いわゆる「フェイクニュース」(偽りのニュース)の存在が問題視され、大きな注目を集めるようになったのは昨年11月の米大統領選だった。トランプ共和党候補に有利になる偽ニュースを生成するサイトが、ソーシャルメディアを使って情報を拡散させた。

 英国で不正確な情報が国政に大きな影響力を持ったのは、昨年6月23日に行われた欧州連合(EU)に加盟し続けるか離脱するかを問う国民投票だ。残留陣営と離脱陣営の熾烈な戦いの後、離脱派が勝利。英オックスフォード辞書にある「ポスト・トゥルース」(感情や個人の信念の方が客観的な事実よりも世論形成に影響を与える状況)が出現した。

 ポスト・トゥルースまでの過程を振り返ってみる。

感情的な訴えが支持を得る

 国民投票では与党・保守党が残留派と離脱派に分かれ、熱いキャンペーン運動を展開した。残留陣営が財務省、イングランド中央銀行、国際通貨基金などによる数字を使って「離脱すれば経済的に多大な負の影響がある」と主張すると、離脱派は「専門家はいらない」と一蹴し、離脱によって「英国を国民の手に取り戻そう」と感情に訴えかける言葉を使ってアピールした。

 両陣営ともに誇張した表現をひんぱんに使った。英国放送協会(BBC)はウェブサイトに「リアリティ・チェック」というコーナーを作って事実を検証。別の放送局チャンネル4は「ファクトチェック」というコーナーをウェブサイト上に作り、政治家の発言を検証するとともにニュース番組内でも分析結果を報告した。

 残留か離脱かを巡り、国民的な議論が巻き起こる中、最後は「EUに毎週支払う3億5000万ポンド(約520億円)を国民医療サービスに回そう」、「国を取り戻そう」といったメッセージが大きな訴求力を持った。投票日の翌日には離脱派政治家が「3億5000万ポンド」は不正確な情報であったことを認めた。

国民投票の反省

 離脱決定後、ポスト・トゥルースがなぜ起きたかについてさまざまな議論が交わされた。

 チャンネル4の夕方の報道番組「チャンネル4ニュース」のベン・デピア編集長によると、同局のファクトチェックでは、3億5000万ポンドの主張が不正確であることを示す動画を作り、これが800万回視聴されたという。しかし、それでも有権者にはこのメッセージが十分に伝わらなかったという(1月25日、ロンドン市内のイベントで)。「事実よりも感情が重要という考え方が広がっている」。また、情報があふれているために「事実かどうかを考える時間がない。自分が信頼する人が言うことをそのまま鵜呑みする」。

両論併記の弊害も

 英国の放送局はニュース報道において両論併記を義務付けられているが、これが不利に働いたという見方も出た。例えば離脱陣営の不正確な情報を離脱側の正確な情報と同列で報道することで、不正確な情報を「格上げ」する要因になったという。

 また、不正確な情報や誇張表現をメディアが指摘しても、こうした情報・表現を使う政治家あるいは陣営の支持率は下がらなかったことから、メディアに対する不信感も背後にあると理解されるようになった。

嘘を拡散させないためには

 政治の嘘が拡散されることを防ぐため、英メディアは(1)事実確認に一層の力を入れる、(2)ソーシャルメディア上のコンテンツを検証し、情報を共有するーーなどの対抗策を取っている。両方を組み合わせた一例が英ニュースサイト「インディペンデント」が4月から開始したサービス「イン・ファクト」。オンライン上のうそを暴くことを目的とし、ニュース記事が嘘か本当かを検証する。(1)の例として、BBCはリアリティチェックのチームを常設し、人数を増加させている。

 BBC、チャンネル4、ガーディアン・メディア社、トリニティ・ミラー社などはソーシャルメディア上のコンテンツの見つけ方や真偽検証の方法を共有する組織「ファースト・ドラフト」にほかの国のメディア組織とともに加盟し、情報を交換している。

リアルタイムのチェック

 2010年に立ち上げられた慈善組織「フルファクト」はファースト・ドラフトと共同で、今年6月に行われた総選挙で政治家の発言を検証した。フルファクトは投資家(グーグルもその1つ)からの寄付金やクラウドファンディングで運営を賄っている。

 総選挙では各政党の選挙公約やテレビの党首討論の発言をチェックし、その結果を主要放送局、通信社、新聞社、ニュースサイトに送った。「ライブ・ファクトチェッキング」では、テレビの討論番組の放送中にツイッターやフェイスブックを通じて政治家の発言が正確かどうかを検証した。

 必要とされそうな情報をフルファクトがデータとして蓄積しているからこそできる手法である。検証専門サイトではないがBBCや高級紙ガーディアンなどによる「ライブ・ブロギング」(事件発生時にブログを立ち上げ、刻々と展開を記録する)でも、政治家の発言と統計情報などを合わせて掲載すれば、検証が可能になる。

 今のところ、国民投票時のようなポスト・トゥルースの再現は起きていない。当時は二者択一の選択肢の中で、両陣営の巧みな主張が拮抗する特殊な状況があったが、これを機にメディアに対する信頼感を回復させ、政治のうそを検証する試みが続いている。

(「新聞協会報」の同号では、ドイツと米国の例も紹介された。)

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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