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中比首脳会談――フィリピン、漁夫の利か?

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
ドゥテルテ大統領が初の訪中 習近平国家主席と会談(2016-10-20)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

訪中したドゥテルテ大統領は20日、習主席、李首相らと会談し、中国から多額の経済支援を引き出す一方、南シナ海問題に関しては棚上げを決めた。25日から訪日することで漁夫の利を得る彼は、中国のペースに乗っている。

◆習近平国家主席の前でオドオドしていたドゥテルテ大統領

20日に「国事訪問」として最高級の扱いを受けたフィリピンのドゥテルテ大統領は、閲兵式でやや肩を丸めて首をすぼめている感じだったが、習近平国家主席との対談の時には、見たこともないほど委縮していた。

習主席が前を向きながら堂々と話しているときに、ドゥテルテ大統領は、まるでオドオドしているように目をしばたかせながら、謙虚に聞いていた。

ようやくドゥテルテ大統領の話の順番になると、うつむいたまま、ひたすら原稿を読むありさま。「どうした?」と声を出しそうになるくらい、いつもの横暴とも豪胆とも言える彼の顔はない。

本来なら南シナ海問題で中国に譲歩してあげているのだから、フィリピンの方が上から目線で大きな態度を取っていていいはずだが、そこにあるのは「チャイナ・マネーを頂く側の姿」でしかなかった。

中国側は南シナ海の領有権に関して中裁裁判所の判決を覆し、金で解決できるのなら何でもしましょう、とばかりに、大量の資金提供を申し出ただけでなく、党内序列ナンバー1の習近平(国家主席)、ナンバー2の李克強(首相)、そしてナンバー3の張徳江(全人代常務委員長)と、異例の厚遇で続けざま面談を準備し、ドゥテルテ大統領を圧倒した。

支援の仕方も、ドゥテルテ大統領の泣き所をつかんでいる。

◆支援の仕方

支援の仕方に関しては10月14日付け本コラム「中国を選んだフィリピンのドゥテルテ大統領――訪中決定」にも書いたように、中国はもっぱら「大型麻薬中毒者治療センター」設立の支援に重点を置いている。今般も経済支援の規模は全体で135億ドル(約1兆4000億円)なのに、そのうち麻薬中毒患者治療センターには90億ドル(約9330億円)を注いでいる。

麻薬撲滅は、ドゥテルテ氏が選挙公約に掲げた最大のスローガンだった。国内に400万人もの麻薬使用者がいるようだ。なんとしても撲滅させなければ国が滅ぶ。大統領としての威信がかかっている。それ(容赦のない摘発と処刑)に対してオバマ大統領は人権問題を持ち出して非難した。

そうでなくともフィリピンはかつて長いことアメリカの植民地だった。だからオバマ発言に対して「お前は何様だ。俺の国はお前の属国ではない」という趣旨の言葉を繰り返し、遂にはオバマ大統領に「地獄に落ちろ」という暴言まで吐いたわけだ。

そのため、アメリカに痛手を負わせてやろうと、本来なら「訪日」が先だったのに、「訪中」を先に選んだのである。

この「順番」が重要だ。

◆日中の間で「漁夫の利」か

実は今年8月11日に岸田外務大臣がフィリピンを訪問し、ドゥテルテ大統領に会っている。国交正常化60周年に当たり、さまざまな支援を約束するとともに、「ぜひとも訪日を」という申し出もしていた。詳細は外務省のホームページにある。

中国やフィリピンのメディアによれば、水面下における中国からの呼びかけはあったものの、少なくとも9月22日の時点では、まだ訪日を先にする可能性が残っていた。

ところがオバマ発言に激怒したドゥテルテ大統領は、10月に入ってから「中国を先に訪問する」と宣言したのである。

となれば、日本としては「少しでも日本に引きつけよう」と、フィリピンが喜ぶ条件を出すことだろう。

中国も負けじと、ドゥテルテ大統領が25日からの訪日の際に、天皇陛下に拝謁することに対抗して、党内序列ナンバー1、ナンバー2、ナンバー3と、トップ3を揃えての順次の会談となったわけだ。このような異例の厚遇をしたのは、「天皇陛下拝謁」と関係している。

もし訪日を先にしていたならば、日米同盟があるので、アメリカへの打撃は少ない。

その場合、フィリピンが日本を選んだということにより、アメリカを拒否してないというニュアンスでアメリカが受け止める可能性がある。

訪中を優先すれば、アメリカに対する打撃は大きい。

ドゥテルテ大統領は、20日午後のビジネスマンを対象としたフォーラムで「アメリカから中国に鞍替えする」とまで言ってしまった。司会をしたのは党内序列ナンバー7の張高麗国務院副総理。ランクがこの辺りまで落ちてくると、リラックスしたのか、「ドゥテルテ節(ぶし)」が出てきたわけだ。

◆中比間の南シナ海問題棚上げによる地殻変動

日米は領土問題で中国と闘う(はずの)フィリピンを支援し、南シナ海で覇権を進める中国を牽制しようとした。

しかし、そのフィリピンが中国と手を打ってしまうのでは、元も子もない。

南シナ海問題は棚上げし、話し合う必要が生じたときには、二国間で友好的に話し合うことで一致した。輸入禁止にしていたフィリピンのバナナなどの農産物も解禁となり、インフラ建設やAIIB(アジアインフラ投資銀行)による投資も取り付けている。

また、習近平国家主席は20日、ドゥテルテ大統領との会談を終えると、同じ人民大会堂の客間で、ベトナム共産党中央政治局委員で中央書記処常務書記(丁世兄)と会談した

ラオスもカンボジアもフィリピンも、そしてベトナムさえもとなれば、ASEAN諸国はすでに中国の傘下に降ったようなもので、南シナ海問題だけでなく、東アジア情勢に大きな地殻変動が起きる。

◆安倍外交に期待

今や、何かできるとすれば、日本しかない。

アメリカがフィリピンを植民地化したのは1898年で、1941年12月8日のパールハーバー急襲をきっかけとした第二次世界大戦に突入した日本は、アメリカ軍を放逐しフィリピンのマニラ市に上陸した。1942年にフィリピン全土を占領すると、1943年に日本は傀儡政権ながらもフィリピンを独立させている。1945年の日本の敗戦に伴い、フィリピンはアメリカの植民地に戻った。

そんな歴史を持っているフィリピンは、アメリカと日本を比べるならば親日的だ。

今年9月7日、安倍総理はラオスのビエンチャンでドゥテルテ大統領と会談し、日本がフィリピンに対し海上自衛隊の練習機を最大5機ほど有償貸与することや、大型巡視船2隻を円借款で供与することで合意した。フィリピンの海上警備能力を向上させ、海洋進出を進める中国を牽制する狙いがあった。

これに対して、10月12日、日本政府が円借款により10隻供与することになっている沿岸警備隊巡視船の一番艦の就役式に出席したドゥテルテ大統領は、「日本はフィリピンへの最大の貢献者であり、日本の人々に感謝する」と述べている。

アメリカを罵倒し、ついには“Good-bye my friend”という言葉でアメリカと縁を切る姿勢を見せながら、日米同盟がある日本に対しては、実は好意的なのだ。

10月25日から訪日するドゥテルテ大統領に対する安倍外交に期待したい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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