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南アフリカ・ランド相場安はこう見る ~コモディティ市場からの視点~

小菅努マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

南アフリカ通貨ランド相場は1米ドル=9.5ランドを突破し、約4年ぶりの安値を更新している。昨年5~8月までは8.0~8.5ランドをコアレンジで膠着気味の展開になっていたが、その後は同国鉱山ストライキの深刻化などを背景にランド売り圧力が強くなっており、下落傾向に歯止めが掛からない状況になっている。

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こうしたランド安の背景としては、鉱山ストライキの再発に伴う貿易赤字の拡大懸念が払拭できないことが大きい。

南アフリカでは昨年8~11月にかけて鉱山労働者が全国的なストライキを決行したことで、鉱物資源の生産が壊滅的な被害を受けた。英ジョンソン・マッセイ社によると、2012年の南アフリカのプラチナ生産高は、前年の486.0万オンスから409.5万オンスまで、16%もの減産を強いられている。新興の鉱山労働者・建設組合(AMCU)が組合員獲得の手法として強硬な労使交渉スタンスを打ち出す中、各地の鉱山でストライキというよりも暴動が発生して、多数の死者が発生する大惨事になった。最終的には各鉱山会社が大規模な賃上げや一時金支払いを受け入れる形で事態は収束されたが、その影響が顕著に現れたのが貿易収支だったという訳だ。

もともと12年に入ってから同国では貿易赤字傾向が強くなっていたが、同年7月時点での貿易赤字額は67億ランドだった。しかし、8月122億ランド、9月138億ランド、10月212億ランドとその後は鉱山ストの拡散と連動する形で貿易赤字額は急増し、ランド安圧力を強める結果になっている。

国内生産の停止に伴う輸出減少のみならず、代替品を海外から輸入することを迫られる中、貿易収支環境は過去最悪と言っても過言ではない状況に追い込まれている。今年1月も245億ランドの赤字を計上しており、直近の3月時点で既に15ヶ月連続の貿易赤字になっている。輸出先の7割を示す欧州・中国経済の減速に加えて、南アフリカの貿易収支環境は新たな問題を抱えた形になっている。

しかも、現在の南アフリカ情勢を見る限りは、再び昨年同様の鉱山トラブルが発生する可能性も否定できない状況になっている。実際、今年に入ってからも労働者は労働条件改善を求めたストライキを繰り返しており、いつ「全国スト→貿易赤字拡大」のフローを迫られるのか分からないとの警戒感が、ランド相場の上値を圧迫している。

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■南アの鉱山業界とランド相場の関係

こうした鉱山トラブルの底流にあるのは、一つが鉱山労働者・建設組合(AMCU)と全国鉱山労働組合(NUM)という二大労組の対立関係のため、早期解決は難しい。見掛け上は労使対立に見えるが、実際の所はAMCUのNUM潰しがストライキという本来とは違った形で顕在化しているものであり、AMCUが鉱山会社の決して受け入れられないような労使交渉を行う必要がなくなるまで組合員比率が高まるような状態になるまでは、現在の混乱状況が維持される可能性が高いと考えている。

現在、主要プラチナ鉱山においてAMCUはようやく筆頭労組としての地位を獲得し始めるか否かというレベルに留まっており、少なくとも年内は労組間対立に基づく鉱山トラブル再発の可能性を払拭するのは難しいだろう。

そして二つ目が、ここにきて鉱山会社が労働条件の改善を受け入れる余地が減少していることだ。例えば、プラチナ生産最大手のアングロ・アメリカン・プラチナ(アムプラッツ)は12年度に赤字決算を計上しており、収益環境の改善が喫急の課題になっている。このため、従来よりも労使交渉には強硬姿勢で臨まざるを得なくなっており、労使関係が必要以上に悪化し易い環境になっている。

この問題の解決には、プラチナ価格水準を引き上げることで、鉱山会社の収益環境改善を促すことが最も近道である。しかし、現在のプラチナ価格は同国で半数の鉱区が採算割れしているとも言われる安値圏にあり、鉱山会社側から労使協調を模索する動きが強まる可能性は低いと考えている。そして、プラチナ価格引き上げには、再び南アフリカで大規模な労働争議などが発生することが必要であり、いずれにしても当面のランド相場には厳しい環境が続くことになるだろう。

ただ唯一、光が見える動きがあるとすれば、それこそがランド相場安である。対米ドルのランド相場は過去1年で15%も下落しており、これが南アフリカの鉱山経営環境改善を促す一つの要因になっている。実際、今年2月以降にプラチナ価格の軟化傾向が強くなっている一因には、ランド相場安によって鉱山会社のドル建て採算ラインが引き下がっている影響があると考えている。ランド安の要因となっている鉱山トラブルを解消するたには、現在のランド安が必要とされているとの視点も重要かもしれない。

そして、南アフリカのこうしたカントリー・リスクの高まりが、同国の格付けに及ぼす影響も警戒される。昨年9月にはムーディーズが長期格付けを「A3」から「Baaa1」に引き下げ、スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)も同年10月に「BBBプラス」から「BBB」に引き下げている。また、今年1月にはフィッチが「BBBプラス」から「BBB」への格下げを実行している。

昨年10月には大手金融機関が南アフリカ国債を国債インデックスに組み入れたが、再格下げをきっかけにインデックスから除外されるリスクについても想定しておきたい。ランド相場を取り巻く環境は依然として厳しい。

マーケットエッジ株式会社代表取締役/商品アナリスト

1976年千葉県生まれ。筑波大学社会学類卒。商品先物会社の営業本部、ニューヨーク事務所駐在、調査部門責任者を経て、2016年にマーケットエッジ株式会社を設立、代表に就任。金融機関、商社、事業法人、メディア向けのレポート配信、講演、執筆などを行う。商品アナリスト。コモディティレポートの配信、寄稿、講演等のお問合せは、下記Official Siteより。

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