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「こども保険」で待機児童は解消できるか?

柴田悠社会学者/京都大学大学院人間・環境学研究科教授
(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

待機児童が2015年から3年連続で増えていて、なかなか解消の兆しが見えない(4月1日時点:2015年2.3万人→2016年2.4万人→2017年2.6万人)。「夫の給料だけでは生活が厳しいので働きたい」「保育所に空きがあるなら子どもを預けて働きたい」などのさまざまな理由から、母親の就業が進んでいるためだ(※1)。

貴重な女性の労働力を活かすには、保育定員のさらなる拡大による待機児童解消が欠かせない。では、そのためには今後いくらの追加予算が必要なのだろうか? そしてその財源は、注目の高まっている「こども保険」でも確保できるのだろうか? 現時点で公開されている政府資料等から、試算・検討してみたい。

2018年度から5年間で保育定員「32万人」拡大

政府は、「25~44歳の女性の就業率(2016年度73%)が2022年度末には(2013年スウェーデン83%に近い)80%に達する」と予想して、「2018年度から2022年度末までの5年間で保育定員を約32万人増やす」という「子育て安心プラン」を2017年6月に発表した。(女性就業率が80%よりも高くなる可能性もあるが、ひとまず本記事ではそれは脇に置いておこう。)

具体的には、2018年度から2020年度末までに保育定員(認可保育所・認定こども園・地域型保育事業・企業主導型保育事業)を22万人分増やすことで待機児童を解消し、さらにその後、2022年度末まで待機児童ゼロの状態を保つためにさらに10万人分の保育定員を増やす、という計画だ。

必要な追加予算は「年間4,000億円前後」

政府はこれまで、2013年度から2017年度末までの5年間で、59万人分(認可保育所・認定こども園・地域型保育事業の定員増52万人+企業主導型保育事業の定員増7万人)の保育定員を増やしてきた。またその際に、民間保育士等の処遇改善や確保、保育の多様化も併せて進めてきた。よって今後も、そのような処遇改善・確保・多様化も併せて進めていくと考えられる。

そこで、59万人分の定員増(処遇改善・確保・多様化を含む)を実現した2017年度の年間予算の数字を使って、単純計算になるが、32万人分の定員増(処遇改善・確保・多様化を含む)にかかるであろう年間予算の規模を試算してみよう。

59万人分の定員増(処遇改善・確保・多様化を含む)を実現した2017年度予算(公費=国予算+地方自治体予算)は、(1)消費増税分(「社会保障の充実」分)から公費6,526億円(「子ども・子育て支援新制度の実施」による認可保育所・認定こども園・地域型保育事業の定員増52万人分と処遇改善・確保・多様化)、(2)子ども・子育て拠出金から1,309億円(企業主導型保育事業の定員増7万人分)、(3)「保育士等処遇改善のうち消費増税分では賄いきれない部分」(2012年度と比べて2%改善+キャリア相当改善)のための公費1,100億円、の合計8,935億円だと思われる。

すると、この数字から単純計算すれば、32万人分の定員増(処遇改善・確保・多様化を含む)にかかるであろう年間予算(公費)は、8,935÷59×32=4,846億円となる(※2)。

ただ、2017年度時点で「民間保育士等の処遇改善」には、消費増税分から公費571億円程度(2012年度と比べて3%改善)と、それ以外に公費1,100億円程度(2012年度と比べて2%改善+キャリア相当改善)の、合計1,671億円程度がかかっている(※3)。私自身は、民間保育士の処遇改善は今後もさらに大幅に進めていく必要があると考えているが、ひとまず本記事ではそれは脇に置いておこう。仮に、今後はさらなる処遇改善は加えないと仮定すると、32万人分定員増(確保・多様化を含む)にかかるであろう年間予算(公費)は、(8,935-1,671)÷59×32=3,940億円となる。

さらに、「保育士の確保」や「保育の多様化」を含めずに定員拡大のみを実施するとなると、予算規模はもっと小さくなるだろう。日本経済新聞などの報道によれば、企業主導型保育事業の定員拡大を除く9万人分の保育定員拡大には、厚労省の概算要求では約500億円を要するという。保育定員の拡大を主に担っている民間認可保育所・民間認定こども園・地域型保育事業への補助金(給付)は、基本的に1/2が国負担、1/4が都道府県負担、1/4が市町村負担となっている(※4)。そのため、9万人分の政府予算が500億円ということは、単純計算すれば、公費(国予算+地方自治体予算)は1,000億円かかるということだ。そのため、32万人分定員増のみにかかるであろう年間予算(公費)は、1,000÷9×32=3,556億円となる。

政府が今後、「民間保育士の処遇改善」「保育士の確保」「保育の多様化」をさらにどの程度進めていくのかは分からないため、32万人分定員増のために要する年間公費としては、およそ3,500億円(定員増のみ)から4,800億円(処遇改善・確保・多様化も含む)までの間に収まるのではないかと考えられる。よって、大まかにいえば年間4,000億円前後となるだろう(ただし今後新たな報道や政府発表などによってより正確な数字が明らかになる可能性はある)。

「こども保険」でも設計次第では確保可能

自民党の小泉進次郎議員らが2017年3月に発表した資料(写真)から、4,000億円の財源確保の方法を試算してみよう。

仮に、厚生年金の保険料(給与の18.3%)を出し合っている事業主と労働者に、それぞれ0.2%ずつ上乗せで負担してもらうとする。たとえば、全世帯の中央値(2015年428万円)に近い年収400万円の世帯なら、月480円の負担増となり、ワンコインに収まる。加えて、国民年金の加入者には、月320円を上乗せで負担してもらうとする。すると、合計で約6,800億円の財源を作ることができる。ここから、待機児童解消のために4,000億円を使うことができる。

さらに、残りの2,800億円を使って、約600万人の就学前の子ども全員に対して、月4,000円程を児童手当に加算して給付できる。現在、保育園や幼稚園の平均保育料は月1~3万円程度なので、保育料が1~4割引きになる計算だ。とくに低所得世帯にとっては負担軽減になるだろう。

このように、制度設計次第では「こども保険」で待機児童は解消可能だろう。しかしこの「設計次第」という点は留意されたい。

「こども保険」以外の財源も検討すべき

もちろん、「こども保険」以外にも、財源の作り方はある。

そもそも「こども保険」は、働いている現役世代だけが負担増となる。しかし、待機児童解消によって女性活躍の経済効果が生まれたり出生率が改善したり、児童手当増額によって出生率が改善したりすれば、その恩恵は、年金を受給している引退世代も(マクロ経済スライドが穏便化して年金給付額が比較的維持されるなどによって)享受することになる。よって引退世代も(とくに所得や資産が大きい人は)、子育て支援拡充のための負担を、少しは負うべきではないだろうか。

また、「子育て支援という社会的投資のために企業の内部留保を活用する」という意味で、全額事業主負担の「子ども・子育て拠出金率」を引き上げるという発想も可能だろう。

そのため私自身は、「こども保険」以外に、下記の(1)(4)の財源案も検討すべきと考えており、それら(「こども保険」も含めて)の一部の小規模ミックスも検討に値すると考えている。

(1)「相続税の増税」(例えば一律1%増税で4000億円以上の財源に)

(2)「金融資産税の累進的導入」(例えば1億円以上の「世帯の純金融資産保有額」の年間増加分に6%課税すると約4,000億円の財源に)

(3)「年金課税の累進化」(例えば公的年金や恩給の受給者がいる2人以上世帯のうち「貯蓄額が3000万円以上の世帯」から毎月8,000円を回収すれば約4,000億円の財源に)

(4)「子ども・子育て拠出金率(全額事業主負担)の引き上げ」(例えば現行の「標準報酬の0.23%」を0.3%引き上げると約4,000億円の財源に)

どのような組み合わせで財源を作っていくのかは、私たち有権者の今後の選択に委ねられている。

※1:

ただし2017年の待機児童数については、一部の自治体が「育児休業中で復職希望のケース」も待機児童の集計対象に広げたことも、影響しているだろう。

※2:

厳密には、保育定員の増加に伴って民間保育士の数が増えるので、処遇改善のための予算はその分もっと必要になる。

※3:

2012年度と比べた2017年度時点での保育士等処遇改善は、ここに書いた「3%改善+2%改善+キャリア相当改善」以外にも、「公務員の給与改定に準拠した5.2%改善」も行われているため、改善幅の合計としては「2012年度と比べて10.2%改善+キャリア相当改善」となっている。

※4:

他方で、公立認可保育所・公立認定こども園への補助金は100%市町村負担、企業主導型保育事業への補助金は100%国負担だ。また、今後、国の補助率が1/2から2/3に増える可能性がある

社会学者/京都大学大学院人間・環境学研究科教授

1978年、東京都生まれ。京都大学総合人間学部卒業、京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。博士(人間・環境学)。専門は社会学、幸福研究、社会政策論、社会変動論。同志社大学准教授、立命館大学准教授、京都大学准教授を経て、2023年度より現職。著書に『子育て支援と経済成長』(朝日新書、2017年)、『子育て支援が日本を救う――政策効果の統計分析』(勁草書房、2016年、社会政策学会学会賞受賞)、分担執筆書に『Labor Markets, Gender and Social Stratification in East Asia』(Brill、2015年)など。

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