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小泉進次郎さん、労働時間規制を緩和するなら、「残業割増率」を「アメリカ並み」に引き上げてください

柴田悠社会学者/京都大学大学院人間・環境学研究科教授
(写真:ロイター/アフロ)

「労働時間規制の緩和」という論点

小泉進次郎さんが自民党総裁選に出馬表明しました。

出馬会見全文においては、「労働時間規制の緩和」という政策案も示されています。

誰もが、いつでも、自分の希望に応じて働くことができるようにします。
(中略)
フルタイムで働いている方の中にも、もっと自分にあった働き方をしたいと思っている方も多くいます。
(中略)
労働時間規制の緩和も検討します。労働者の働き過ぎを防ぎ、健康を守るのは当然のことですが、現在の残業時間の規制は、原則として月45時間が上限になっていて、企業からも、働く人からも、もっと柔軟に働けるようにして欲しいという切実な声が上がっています。一人一人の人生の選択肢を拡大する観点から、残業時間規制を柔軟化することを検討します。
私は、国民の皆さんの生き方や働き方の変化に合わせて、一人ひとりの多様な人生、多様な選択肢を支える仕組みを構築したい。
昭和モデルを前提に構築された様々な制度は成功モデルだったかもしれませんが、令和の今の世の中や家族や働き方の多様化に追いついていないのは明らかです。
一人一人の人生の選択肢を増やすことで、誰もがより自分らしく生き、モチベーション高く働ける社会を創る。そうすれば、人口が減少する中でも、労働力人口を維持し、生産性も上がっていく、新しい成長モデルの構築を私にやらせてください。
出典:小泉進次郎「出馬会見 全文

「昭和モデル」に戻ってしまうリスク

「一人一人が望む多様な働き方を柔軟に実現しやすい社会をめざす」という方向性は望ましいと思いますし、私も大いに賛同します。

しかし、個人が選択して「どれだけでも長時間働ける」ように規制を緩和すると、条件(後述する残業割増率など)によっては、意図せざる結果として、「たくさん残業した人のほうがそれだけで高く評価される」という「昭和モデル」の人事評価に再び戻ってしまい、「『DX等による生産性向上』がなされづらい失われた30年」に再び戻ってしまうリスクがあります。

「残業割増率」を「アメリカ並み」に引き上げてください

そこで、小泉進次郎さんにご提案します。

労働時間規制を緩和するなら、「残業割増率(時間外労働の割増賃金率)」(現在25%)を「アメリカ並み」(50%)に引き上げることを是非ご検討ください。

日本の残業割増率は(月60時間以内という通常範囲の残業なら)「25%」ですが、アメリカの残業割増率は「50%」です欧州主要国でもほぼ同様です(図1)。

図1:日本と欧米主要国の労働基準法の比較(衆議院「地域活性化・こども政策・デジタル社会形成に関する特別委員会」2024年4月9日柴田悠参考人提出資料より抜粋・一部更新。元の出典は図注に明記)
図1:日本と欧米主要国の労働基準法の比較(衆議院「地域活性化・こども政策・デジタル社会形成に関する特別委員会」2024年4月9日柴田悠参考人提出資料より抜粋・一部更新。元の出典は図注に明記)

つまり、日本の残業代は「安すぎる」のです。

残業代が安いからこそ、社員が残業をしても経営者はあまり困らないため、「たくさん残業した人のほうがそれだけで高く評価される」という「昭和モデル」が温存されやすいのです。

「『DX等による生産性向上』がなされづらい昭和モデル」から脱却し、単位時間あたりの労働生産性や実質賃金を(欧米のように)DX等で高めていくには、現在の「低い残業割増率」(25%)を、「欧米並みの残業割増率」(50%)へと高める必要があるでしょう。

新総理になる可能性のある小泉進次郎さんには、「残業割増率の50%への引き上げ」も是非検討していただきたいと思います(※)。

※:ただし、いきなりすべての残業について50%に引き上げることは、人件費の急騰を招くので難しいでしょうから、たとえば、段階的にまずは「月20時間を超える残業についてのみ50%に引き上げる」というのでもよいでしょう(現在は月60時間を超える残業のみが50%以上です)。
また、2010年の労働基準法改正の際は、まずは大企業のみを対象にルール変更して、一定の猶予年数が経ってから中小企業にもルール変更する、というように対象を徐々に広げましたが、そのようにすると猶予期間のあいだは大企業がますます働きやすい職場になるので、中小企業の人手不足がますます悪化してしまうでしょう。したがって、残業割増率の引き上げは、大企業も中小企業も同時にルール変更の対象にし、早めに引き上げた企業(中小企業に限定してもよいかもしれません)にインセンティブをつけるという方法(インセンティブのための追加政府予算は必要になるかもしれませんが)のほうがよいでしょう。

「昭和モデルの働き方から脱却させたい」という小泉進次郎さんの(私も大いに賛同する)願いとは逆に、日本の働き方が「『DX等による生産性向上』がなされづらい昭和モデル」に再び戻ってしまわないように、「残業割増率の50%への(段階的)引き上げ」を是非検討していただきたく思います。

DX等で生産性を高め、平均労働時間を減らすべき

欧米の成長諸国のようにDX等を進めていけば、単位時間あたりの労働生産性が高まり、平均労働時間が減るとともに、(少なくとも「年間1360時間」くらいの平均労働時間まで減る途中であれば)「一人当たりGDP」も増える傾向にあります(図2)。

すると、直近(2023年)の日本の(被)雇用者の労働時間は(パートタイム雇用者も含めて)平均で「年間1637時間」(男性正規雇用者だけでみれば週休2日制とすると平日1日10時間)ですが、DX等によってこれを「年間1360時間」あたりまで(男性正規雇用者だけで労働時間を減らすなら平日1日7時間まで)減らしつつ、もっと豊かになる余地があることになります。

図2:「平均労働時間」と「労働生産性」「一人当たりGDP」との関係(出典は図注に明記)
図2:「平均労働時間」と「労働生産性」「一人当たりGDP」との関係(出典は図注に明記)

また、日本の企業が長時間労働是正などの「健康経営」を実施すると、その2年後から利益率が上がるという傾向も、研究で示されています(図3)。

図3:健康経営の実施と利益率の関係(出典は図注に明記)
図3:健康経営の実施と利益率の関係(出典は図注に明記)

若者の圧倒的多数は「残業の短い働き方」を求めている

そして、人手不足が深刻化し、若い人材がますます得にくくなるなかで、若者たちの実に9割が、「残業せずにプライベートと両立しつつメリハリつけて濃密に働く」という働き方を、「働きがい」ある働き方として求めています(図4)。

若者たちの圧倒的多数は、「残業の短い働き方」を求めているのが実情です。残業を求めない彼らが堂々と早く帰れるように、DX等で生産性を高め「残業なしでも回る職場」をめざしていくことは、多くの経営者にとって今後ますます必須の「人材獲得戦略」となっていくでしょう。

図4:若者が求める働き方(出典は図注に明記)
図4:若者が求める働き方(出典は図注に明記)

まとめ

「労働時間規制の緩和」を行っていく場合は、「残業の短い働き方」を求める圧倒的多数の若者たちのニーズにもしっかり応えていく必要があるでしょう。そのためには、「たくさん残業した人のほうがそれだけで高く評価される昭和モデル」からの脱却が必要であり、その脱却のためには「残業割増率の欧米並み(50%)への段階的引き上げ」が必要ではないでしょうか。それによってようやく、より短時間で効率的に働くためのDX等が進みやすくなり、日本の労働生産性は上がりやすくなるでしょう。

社会学者/京都大学大学院人間・環境学研究科教授

1978年、東京都生まれ。京都大学総合人間学部卒業、京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。博士(人間・環境学)。専門は社会学、幸福研究、社会政策論、社会変動論。同志社大学准教授、立命館大学准教授、京都大学准教授を経て、2023年度より現職。著書に『子育て支援と経済成長』(朝日新書、2017年)、『子育て支援が日本を救う――政策効果の統計分析』(勁草書房、2016年、社会政策学会学会賞受賞)、分担執筆書に『Labor Markets, Gender and Social Stratification in East Asia』(Brill、2015年)など。

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