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「背水の陣」に臨む4年目独立リーガーが「故郷」佐賀の地で、亡き祖父母に捧げるパーフェクトゲーム達成

阿佐智ベースボールジャーナリスト
佐賀戦でリーグ初のパーフェクトゲームを達成した松江投手(火の国サラマンダーズ)

 「投高打低」が顕著な今シーズンのプロ野球。NPBではここまですでに2度のノーヒットノーランが達成されている。そして、昨日9日、独立リーグ・ヤマエグループ九州アジアリーグでパーフェクトゲームが成し遂げられた。

リーグ史上初となるパーフェクトゲームを達成した瞬間(武雄市・ひぜしんスタジアム)
リーグ史上初となるパーフェクトゲームを達成した瞬間(武雄市・ひぜしんスタジアム)

「ここで打たれるようでは、NPBなんか話にならないですから」

 今季準加盟球団として参入している佐賀インドネシアドリームズ相手ということもあってか、野球人生初めての快挙にも、松江優作は淡々としていた。実際、ここ2年「独立リーグ日本一」を達成している火の国サラマンダーズベンチには、野球経験の浅い東南アジアからの選手中心の相手チームに負けるはずなどなく、ピッチャーには失点はできないという逆の意味でのプレッシャーはあったのかもしれない。実際、初対戦となった前日の試合も、インドネシアドリームズは4安打がやっとでサラマンダーズ投手陣相手に無得点に終わっている。

 先発のマウンドを託された松江も、自分のピッチングさえすれば打たれることはないだろうとこの日の試合をシミュレーションしていた。ただ、三振をバッタバッタと奪うようなピッチングスタイルと自己分析しているため、無安打で終わるとは思っていなかったが。

佐賀インドネシアドリームズは今シーズンから九州アジアリーグに参入した東南アジア出身の選手を主体にしたチームだ。
佐賀インドネシアドリームズは今シーズンから九州アジアリーグに参入した東南アジア出身の選手を主体にしたチームだ。

 準加盟のこのチーム相手の試合は、「準公式戦」。勝敗はペナントレースにカウントするが、個人成績はリーグのスタッツには入れない。だから、各チーム、インドネシアドリームズとの対戦では、スタメンはともかく、試合中盤からはサブメンバーに試合経験を積ませる方針でいる。だから、松江も当初予定の5回までをしっかり投げ切ることをこの日の目標にしていた。

 しかし、初対戦を前日に終え、対戦相手の力量を理解したベンチには、「ひょっとすると」という空気が漂っていた。試合前すでに、「無安打の場合は6回以降も続投」という指示が指揮官から出ていたと松江は言うが、これを試合後、荒西祐大(元オリックス)監督代行に確認すると、違う答えが返ってきた。

「いやいやそれは、キャッチャーが提案してきたんですよ」

 勝敗が見えた後は、主力投手には無理をさせず、ローテーションを守らせることを最優先させたい指揮官も大記録の予感があったのか、その提案を飲んだ。

独立リーグ4年目で臨む背水の陣

 鹿児島のれいめい高校から小売企業鮮ど市場の野球部、社会人野球・熊本ゴールデンラークスに入団。同チームがプロ化してサラマンダーズになる際、安定した会社員の身分を捨て、独立リーガーの道を選んだ。NPBへの扉を開けるためだった。

 サラマンダーズは九州アジアリーグ発足以来3連覇を成し遂げ、2年連続で独立リーグ日本一の覇権を手にした。しかし、ドラフトで松江の名が呼ばれることはなかった。チームが発足して4年目。いつのまにか24歳になる自分が最古参となった。今シーズンを前にして、松江はある決断をする。

「NPBを目指すのは今年が最後」

 背水の陣で2024年シーズンに臨む覚悟を決めた。

「去年いい成績残して、(NPBファームとの)フェニックスリーグでも手ごたえ感じたんですけど、上を目指すのは今年までかなと。野球は実業団などで続けていけるなら続けたいですが」

 この日の遠征は、翌日も試合(練習試合)があるチームとは別行動だった。この日投げれば、泊りのチームと離れて熊本に戻る松江は、自身の車で佐賀に向かった。球場へ行く前に寄り道をしたと言う。

「僕、ここ(試合の行われた球場近くの武雄市)の生まれなんですよ。祖父母がこっちにいて、母が初めての子どもだったってことで、里帰りして出産したんです。だから墓参りだけでもしておこうと思って」

 生まれてすぐ鹿児島に戻ったので、佐賀の記憶はない。しかし、祖父母に会いにこの地には度々足を運んだ彼にとって、この日のマウンドは「凱旋マウンド」でもあったのだ。

 初回から松江のピッチングは冴えわたった。異国から来たよちよち歩きの独立リーガーには手も足も出なかった。5回以降バテたというが、この日、スタンドに陣取っていたファンは誰もそれを感じることはなかっただろう。

 毎回3人でバッターを打ち取ってくる松江の敵はもはや自分しかいなかった。一人のランナーも出せないパーフェクトゲームはコントロールミスを許してくれない。

「一度だけ3ボール2ストライクになったんです。危ないなと思ったんですけど、とにかくストライクだけは取ろうと」

 渾身の力を込め投げたストレートにバットは空を切った。

松江のピッチングはゲーム終盤になっても冴えわたった。
松江のピッチングはゲーム終盤になっても冴えわたった。

自分を見出してくれた「恩人」へのプレゼント

「試合相手の監督さんは、僕が社会人野球(熊本ゴールデンラークス)に入る時にスカウトしてくれた方なんで。その人の前で成長した姿見せたいと思っていたので良かったです」

 松江は、高卒後の道を示してくれた「恩人」にも感謝の気持ちを示した。

 その「恩人」であるインドネシアドリームズの指揮をとる香月良仁監督は、試合をこう振り返った。サラマンダーズの前身でもあるゴールデンラークスからNPB入りし、ロッテで8シーズンを過ごした後、古巣に復帰し、GMとして選手獲得にも携わった彼は、自身がスカウトした左腕のピッチングに舌を巻いた。

「いや、もううちの選手にはできることはありませんでした。彼レベルの左ピッチャーなんか見たこともないんですから。もう球の軌道もわからない。こちらも多少のアドバイスはしたんですが、格上のピッチャー相手のときに打席の立ち位置を変えるとか、バットを短く持つとか、そういうこともこれまでやったことない選手たちですから。いい経験にはなったと思います。試合にああいう負け方をしたのは悔しいんですけど、なんか変な気分でしたね。ああ、あいつ、いいピッチャーになったなって」

 9回には、この試合当たっていないスタメンの日本人選手に代えて、代打を送るなどなんとか一矢報いようとしたが、これも不発に終わった。左投手に対し左の代打という「奇襲」は、終盤に入り球が抜け気味になってきた松江にはかえって死球の可能性もある左打者の方が嫌だろうという意図からだったのが、これも裏目に出たかたちだ。松江は振り返る。

「最後の代打は助かりました。(野球経験豊富な)日本人バッターの方が嫌な感じはしていたので。それに左バッターの方が投げやすかったんで」

 最終回。2人の打者を見逃し三振に打ち取り、最後の打者は初球に手を出しボテボテのセカンドゴロ。セカンドからの幾分ぎこちない送球がファーストミットに収まった瞬間、偉業が達成された。独立リーグでは、ルートインBCリーグで7イニング制の参考記録として1度、四国アイランドリーグplusで公式戦扱いのNPBファームとの交流戦でNPBの選手が1度達成しているが、独立リーグの投手による9イニングを投げての達成は初めてのことだ。リーグ規定では7回までで10点以上差がつくとコールドゲームが宣告される。3回までに9点を奪っていたサラマンダーズ打線だが、大記録をアシストしたいわけではないだろうが、それ以後、7回までインドネシアドリームズのリリーフ陣から点を奪えずにいたことも偉業達成を後押しした。

「4回以降は正直点取ってくれるなって内心思ってました。どうせ達成するなら参考記録でなくちゃんとしたかったんで」と松江は笑う。

 ベンチから見守っていた荒西監督代行は、続投させたものの、自身の立場から球数が気になっていたと振り返る。

「来週も投げてもらうんで、今日であまり疲労させても困りますからね」

 自身は高校の時に一度経験済みだという。

「ボールはどこいったっけなあ(笑)。自分自身は緊張した記憶はないですね。後ろを守っている野手の方が緊張していたんじゃないですか」

 そう、四球、そしてエラーも許されないパーフェクトゲームでは、野手のプレシャーは相当なものだ。最後の打球をさばいたのは8回から守備固めに入った藤原大夢だった。最後は、いつも以上に丁寧に送球したという。

「もう、やばい、やばいってベンチでも言っていたんですよ。まあ、(打球が)来るな、とは思いませんでしたけど」

最後のゴロをさばいた藤原(右)らと喜びを分かち合う松江
最後のゴロをさばいた藤原(右)らと喜びを分かち合う松江

 ファーストを守るオマール・メレヒールドのミットに収まったボールは即座に松江の手に渡った。来週末は父の日。ボールは両親のもとに送られるという。

「その前に、おじいちゃん、おばあちゃんに供えようかな」

 翌日の練習試合に備えて佐賀にとどまるチームと離れてひとり熊本に戻る松江は、午前中に足を運んだ祖父母に記念ボールを見せにいったのだろうか。次に会った時に聞いてみようと思う。

(写真は筆者撮影)

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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