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子育て支援が独身ハラスメントであってはならない―かほく市ママ課の「独身税」提案

千田有紀武蔵大学社会学部教授(社会学)
写真はイメージです(写真:アフロ)

独身税の提案?

石川県かほく市の子育て中の女性でつくる「かほく市ママ課」と、財務省の阿久澤孝主計官(元石川県総務部長)の意見交換会が開かれ、ママ課メンバーは「独身税」の創設をお願いしたという。「結婚し子を育てると生活水準が下がる。独身者に負担をお願いできないか」ということらしい(北國新聞 かほく市ママ課「独身税」提案 財務省主計官と懇談 2017年8月30日)。

ママ課などというものがあったのか。できれば「ペアレント」課のほうがいいのでは、と思ったりもするが、子育て担当者はまだ圧倒的に女性である。消されがちなお母さんの声を拾い上げるという意味では、「ママ」課でもいいのかもしれない。しかしその主張は、流石に問題がある。「独身でいること」に課税しろとは、まるで罰ゲームのようではないか。

子育て中のお母さんの「素朴なリアリティ」を表出しただけなのかもしれない。しかし、何重にも問題をはらんでいる。どう考えても問題は、「結婚しているVS独身でいる」というライフスタイルの問題ではないからだ。そもそも独身でいることに課税するというのであったら、未婚のままで子どもを育てているシングルマザーは、何重にも苦境に陥ってしまう。

結婚したほうが可処分所得が増す

そもそも、既婚者は何重にも得をしているものだ。2人の世帯は、1人の世帯よりも生活が楽である。例えば、相対的貧困率を算出するときに「等価可処分所得」を使うが、この等価可処分所得は、世帯の可処分所得を「世帯人員数の平方根」で割って算出する。

生活水準を考えた場合、世帯人員数が少ない方が生活コストが割高になることを考慮する必要があります。このため、世帯人員数の違いを調整するにあたって「世帯人員数の平方根」を用いています。

【例】年収800万円の4人世帯と、年収200万円の1人世帯では、どちらも1人当たりの年収は200万円となりますが、両者の生活水準が同じ程度とは言えません。光熱水費等の世帯人員共通の生活コストは、世帯人員数が多くなるにつれて割安になる傾向があるためです。

出典:国民生活基礎調査(貧困率) よくあるご質問 - 厚生労働省

100万円の可処分所得の1人世帯と、200万円の2人世帯可処分所得世帯との、等価可処分所得は違う。1人世帯はそのまま100万円だが、2人世帯は141万円ほどになる。あきらかに夫婦で暮らす方が有利なのである。

格差を助長する控除

それは共稼ぎ世帯の話だ、専業主婦世帯であったら、負担が違うという話もあるだろう。しかしたとえ専業主婦の世帯であったとしても、専業主婦に対しては控除や、場合によっては給付がある。単身世帯の人間と、結婚している人間とでは、そもそも給与が大きく異なっている。この上にさらに独身税を課税するというのであったら、独身者にとってはたまったものではない。結婚している人間は、すでに制度的に、特権を得ているのである*。

日本では、所得から税や社会保障費を引き、現金を給付されたあとでも、貧困削減率が著しく低い。さらに成人が全員就労している世帯(共稼ぎ、ひとり親、シングル)では、所得から税や社会保障費を引き、現金を給付されたあとにさらに、貧困削減率がマイナスになっている。そのような国は、OECD諸国のなかで日本だけであるという。大沢真理は、それを「逆機能」とまで呼んでいる。日本では再分配が機能せず、格差を広げている側面すらあるというのである(大沢真理「税・社会保障の逆機能と打開の道 - 生活経済政策研究所」)。

そもそも控除という制度自体が、問題をはらんでいる。控除は、高所得の世帯にとって節税効果が高い。すでに廃止された子ども手当の導入のときに、年少扶養控除が廃止され、結局そのままになっている。子育て世代は、控除に関してはむしろ損をしているのである。今の控除は、「配偶者」に関するものが多く、つまり「専業主婦(主夫)のいる世帯」、特に高収入の世帯が得をしている。

親ではなく、受益者は子どもに

公平な税制は、控除でもなく、ましてや独身税でもなく、収入に関係しない「手当て」しかないと個人的には思っている。子どもに手当てを出すのである。受益者は、親ではなく子どもであるべきだ。現金給付のみならず、サービスによる給付も必要である。それが一番、公平なありかたではないか。親が結婚しているかしていないか、専業主婦かそうでないかは、本来関係ない。ライフスタイルは、自由に選べばいいのである。

*なお単身者は親元にいる傾向があるから節約できているではないか、という議論に関しては、夫婦でも2世帯同居したいならすればよいという反論はあり得る。さらに賃労働を行っていない専業主婦がいる分、家計が苦しいというのであったとしても、専業主婦の家事労働の成果を享受している。単身者はその分をさらに自分で働くか、お金を払ってアウトソーシングしているとも考えられる。双方とも「極論」かもしれないが、論理的には成り立つ。先述したように特に「専業主婦世帯」は、さまざまな「制度的」恩恵を受けている。しかしそれは、「専業主婦」が得であるとか、楽な生き方だということを決して意味するわけではない。世帯内の分配のあり方によっては困窮するであろうし、その結婚生活が不安定になったときの身分保障の問題などもある。

武蔵大学社会学部教授(社会学)

1968年生まれ。東京大学文学部社会学科卒業。東京外国語大学外国語学部准教授、コロンビア大学の客員研究員などを経て、 武蔵大学社会学部教授。専門は現代社会学。家族、ジェンダー、セクシュアリティ、格差、サブカルチャーなど対象は多岐にわたる。著作は『日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか』、『女性学/男性学』、共著に『ジェンダー論をつかむ』など多数。

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