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なぜ英中銀の次期総裁にカナダ人カーニー氏が選ばれたのか?

小林恭子ジャーナリスト

英中央銀行の次期総裁に、カナダ銀行(カナダの中銀)のマーク・カーニー総裁(47歳)が就任することになった。オズボーン財務相が、26日、国会でこの任命を発表した。300余年の歴史を持つ英中銀で、外国人がトップになるのは初だ。来年6月に2期10年の任期を終えるマービン・キング総裁(64歳)の後任となる。

公募制を導入した中銀総裁選定では、ポール・タッカー現副総裁など、数人の国内の人物が有力視されていた。

一体、なぜ、財務相は国外から中銀総裁を招くことにしたのだろう?しかも、カーニー氏は英中銀総裁の職には就かないと、これまでに公の席で発言してきた経緯がある。オズボーン財務相は気乗りのしないカーニー氏に対し、粘り強い交渉を続け、やっと就任への承諾を得た。

カーニー氏就任の理由について、英メディアの報道をまとめると、まず、それ相当の経験があることが挙げられる。カナダで生まれた同氏は、米ハーバード大、英オックスフォード大で勉学。投資銀行ゴールドマン・サックスやカナダ中銀、財務省で働き、2008年からはカナダ中銀総裁として勤務中だ。民間、政府機関どちらにも勤務し、一国の中央銀行を統治する経験も兼ね備えた人物なのだ。

いわゆるリーマンショックが引き金を引いた世界金融危機の後、いかに銀行危機の再来を防ぐべきかで国際的な議論が発生しているが、カーニー氏は金融体制を監視する金融安定理事会(FSB)の議長でもあり、格好の位置にいる。

さらに、カナダの金融危機をすばやく回収させた人物としてもカーニー氏はその手腕を高く評価されている。英国の多くの大手銀行が政府支援を受けた一方で、カナダの国内銀行はこうした政府支援を受け取っていない。

しかし、オズボーン財務相によるカーニー氏の選定は「高い買い物」になった、という見方もある。BBC記者ロバート・ペストン氏のブログによると、次期英中銀総裁の報酬は年に64万2000ポンド(約8400万円)。これはキング現総裁がもらう額30万5000ポンドの倍以上なのだ。

また、カーニー氏が金融危機を作り出した銀行の1つと見られているゴールドマン・サックスの出身であることも、英国では一部から反発を招くかもしれない。

ーオズボーン氏の「スピン」?

ほかの先進国で、国民の生活に大きな影響を及ぼす中銀総裁を外国人に任せた例はほとんどないといってよいだろう。そこで、オズボーン財務相としては、カーニー氏の就任は英国がオープンで、他者を受け入れる下地があることを示すと26日、BBCの取材に語っている。

しかし、これは逆に言えば、国内に適当な人材がいなかったということを示さないだろうか?だとすれば、必ずしも英国の素晴らしさを語る例にはならないかもしれないのだが。

私自身、今回の就任の話を聞いて、驚いた。そして、「300年以上の歴史を持つ、伝統的な組織に、まったく別の国から人を探して、就任させるなんて、英国もやるなあ」と感嘆した。しかし、本当に「すごいよ、英国!」で終わっていいのかなとも思う。オズボーン財務相の「スピン」つまり、「自分たちの都合のよいように、情報に色をつけている」部分も若干ありそうだ。

下馬評で有力視されていた、タッカー副総裁を故意に選ばなかったことで、LIBOR(ロンドン銀行間取引金利)策定をめぐるやらせスキャンダルを一掃しようとした・・・という面も、明らかにあるだろう。

少々気になるのが、その判断が国民生活や企業の活動、国の経済全体の方向までを決める金利策定決定権を持つ中銀を、「外の人」にまかせることの違和感だ。例えば、金融の監督業務を行う金融サービス庁(FSA)のトップを外国人に任せる・・・というならまだ理解できるのだが、中銀総裁は非常に政治的な存在だ。つまり、「この国を、この国の国民をxxの方向に向けたい」という、一定の(政治的)意思が、金利の策定やそのほかのさまざまな業務の裏にあろうかと思う。広く国民に影響を及ぼす政策を決める職は、その国に何らかのステーク(利害関係)がある人がつかさどるべきではないだろうか?国籍云々というよりも、ステークの問題だ。

総裁職の政治性を指摘した論考の1つが、フィナンシャル・タイムズ紙にあった。マーティン・ウルフ氏は「ようこそ、カーニーさん、英国はあなたを必要としています」という記事(26日付)の中で、外国人をその国の重要な公職に就任させたことは「驚くべきこと、素晴らしいこと」という。その一方で、「ギャンブルでもある」と。

「ギャンブル」=賭けであるという理由は、この職が政治的だからだ。外部からやってきた人間は自国人だったらできないような難しい決断を行えるかもしれないし、自国人よりは独立性が高いと見られもするだろう。しかし、果たして、そんな決断を実行する「正統な」人物だと見られるだろうか、とウルフ氏は問いかける。

カーニー氏のそのほかの課題として、ウルフ氏は組織化を挙げた。政府と政策をすり合わせ、国民にこうした政策を説明できるかどうか。中銀内部での意見の取りまとめにも大変な困難さがあるかもしれない。また、中央集権的体質を減らし、何かが起きたときに迅速に行動できるようにすること。さらに、恒久的な不景気と高インフレを打開するための、知恵も要求されるだろう。

カーニー氏が英中銀の新総裁に就任するのは、来年7月だ。現在、英中銀の任期は5年だが、新たに8年になることになっていた(その代わりに、1期のみの就任)。ところが、カーニー氏はオズボーン財務相に5年間のみの勤務にしたいと申し出たというーー英国に腰を落ち着けて仕事に取り組みたい、という感じがどうもしない。やるべき仕事をやって、去る、ということだろうかー?

ちなみに、カーニー氏の妻は英国人。子供は娘が4人いる。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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