イーロン・マスク氏率いるスペースX NASAの木星衛星探査計画で「破格」の200億円の打ち上げ獲得
2021年7月24日、NASAは2024年打ち上げ予定の木星衛星エウロパ探査機、Europa Clipper(エウロパ・クリッパー)のを搭載するロケットとして、スペースXの大型ロケットFalcon Heavy(ファルコンヘビー)を選定したと発表した。スペースXは、NASAの基幹ロケットSLSに代わって約200億円の超大型惑星探査機打ち上げを獲得し、宇宙探査分野でも大きな実績を積むことになる。
エウロパ・クリッパーは、火星探査機「パーサヴィアランス」を始め多くの惑星探査の実績を持つNASA ジェット推進研究所(JPL)と、史上初めて冥王星をフライバイ探査した「ニュー・ホライズンズ」の経験を持つジョンズ・ホプキンス大学応用物理学研究所(APL)が共同で開発する探査機。木星の4衛星のうち、内側から2番目の衛星で直径約3640キロメートルのエウロパを探査する。
木星の衛星エウロパは、氷で覆われた表層の下に液体の水の海が存在すると考えられている。エウロパの直径は地球の4分の1程度、大きさは月と同じくらいだが、海の深さは100キロメートルにも達し、水の量は地球の2倍と大量の水を持つ天体だとされている。巨大な木星の重力による潮汐力がエウロパにエネルギーを与えるため、水が液体のまま存在できるとも考えられている。エウロパ・クリッパーはエウロパの海や有機物の有無、物質の組成などから生命を育む可能性を探査する目標で、地球外の生命発見につながるNASAの超大型太陽系探査だ。
エウロパ・クリッパーは、カメラやレーダー、磁力計など多様な観測機器を備え、探査機本体は高さ5メートル、太陽電池パネルの幅は30.5メートルに達する。エウロパ全体を40~50回フライバイしてくまなく探査するという複雑な飛行計画に必要な推進剤もあり、探査機の総重量は6トンに達する。
この巨大探査機を木星圏までの飛行ルートに乗せる打ち上げロケットは、これまで計画が二転三転してきた。2013年の当初計画では、ニュー・ホライズンズを冥王星まで届けたロッキード・マーチン製造のアトラスVを想定していた。しかしアトラスVの飛行計画では、木星までの航行中に金星の重力を利用して加速するスイングバイが必要になる。金星接近の熱に耐える設計は探査機にとって負担になるため、NASAが開発を進める深宇宙探査向け超大型ロケットSLS(製造はボーイング)に搭載する案が浮上してきた。金星スイングバイを行わずに木星圏へ直接向かうことができ、航行期間を2年半程度に短縮できる。
SLSの利用を米議会が後押ししたこともありこの案が有力と見られたが、SLSの度重なる開発遅延のため2022年のエウロパ・クリッパー打ち上げ計画は2024年に延期された。またトランプ前大統領の政権時、NASAの有人月探査「アルテミス」計画の月面着陸を2028年から2024年に前倒しすることが決定され、アルテミス計画向けにオライオン宇宙船を打ち上げるSLSとエウロパ・クリッパー向けのSLS製造を同時に進めるスケジュールに無理が生じてきた。
2018年にイーロン・マスク氏率いるスペースXが大型ロケットファルコン・ヘビー打ち上げを成功させると、打ち上げロケットを民間機へ交代させる案が浮上する。ファルコン・ヘビーはSLSよりも打ち上げ能力は小さいが、キックステージと呼ばれる推進力を増強する小型の第3段ロケットを追加することで金星スイングバイなしに打ち上げることができる。これまで多くの探査機で活躍してきたオービタルATK(現ノースロップ・グラマン)製の「スター48」シリーズキックステージはファルコン・ヘビーにも適用できることがわかった。
今回、NASAが発表したスペースX打ち上げ契約額は1億7800万ドル(約200億円)と地球周辺の衛星の打ち上げ費用に比べれば大きいが、木星圏へ大型探査機を送り込む費用としては破格だ。総予算42億5000万ドル(約4450億円)のエウロパ・クリッパー計画予算から、打ち上げロケットを民間機に変更すれば最大15億ドル(約1570億円)を節約できるという試算もあった。
ついに2021年のNASA予算案からはエウロパ・クリッパーの打ち上げ機としてSLSの指定が削除され、2021年3月にはNASAからエウロパ・クリッパーの打ち上げロケットを米国内の民間に求めるRFP(提案依頼書)が発表された。6トンの探査機を木星圏まで打ち上げ可能なロケットはファルコン・ヘビー以外になく、RFPはほぼSLSからの交代を意味するものと見られていた。
事前の予想通りファルコン・ヘビーでのエウロパ・クリッパー打ち上げが発表となり、イーロン・マスク氏のスペースXは設立から19年で、地球外の生命探査というNASAの超大型ミッションの打ち上げを獲得することになる。一方で、SLSのような巨大ロケットはスペースシャトルまでのアメリカの有人宇宙を支えるインフラを引き継ぎ、巨大ミッションの実現性と多くの宇宙産業の雇用を保証してきたはずだが、コストとスケジュールが膨らみすぎて肝心のミッションを実施できないという結果に終わった。SLSは当面、アルテミス計画という有人探査に専念する方向だが、いずれ有人宇宙でも低コストで開発の早い民間機へ、という声が上がることが予想される。