「大阪・関西万博」問題は、維新吉村知事などによる“戦後最大の自治体不祥事”
地方自治体にとってのコンプライアンス
2004年に、桐蔭横浜大学特任教授・コンプライアンス研究センター長として、本格的にコンプライアンスに関する活動を始めて以降、私が、常に世の中に訴え続けてきたのが、
コンプライアンスは、「法令遵守」ではなく、「組織が社会の要請に応えること」
法令の趣旨目的を理解し、背後にある社会的要請を知ること
というテーゼである。
そのようなコンプライアンスの視点から、組織をめぐる様々な問題の解決、コンプライアンス体制の構築・運用等に関わってきたが、その中で、特に、重要な領域としてきたのが、地方自治体のコンプライアンスである。
初めてのコンプライアンス講演が、2005年2月、職員厚遇問題で揺れていた大阪市の幹部研修だった。「暴力団の妻」から再起して弁護士となり、女性初の大阪市助役を務めていた大平光代氏からの依頼だった。それ以降、多くの自治体で講演を行い、横浜市では、2007年からコンプライアンス外部委員、2017年9月から2021年6月まではコンプライアンス顧問として、各部局・各区で生起する様々な不祥事やコンプライアンス問題について対応の助言を行うほか、各部局・各区の幹部に対するコンプライアンス研修も担当した。
民間企業の「社会的要請」が、需要に反映された社会の要請に応えることがベースとなり、それが、組織の存続・成長にもつながるのに対して、地方自治体の場合、住民のニーズに応えることが最も重要な社会の要請であることは間違いないが、その時点での直接的なニーズに応えることだけで地方自治体の役割が果たせるものではない。自治体には、住民にとっての短期的利益、長期的利益のほか、その時々の国家的、社会的利益も含めて様々な社会の要請が交錯する。地方自治体の日々の業務や実施する事業に関して、「社会的要請に応えること」は、複雑かつ困難な問題となる。
最も深刻かつ重大なコンプライアンス問題に直面する大阪府・市
日本の地方自治体の中で、最も深刻かつ重大なコンプライアンス問題に直面しているのが、「日本維新の会」が首長を務める大阪府・市だ。
2025年に大阪市此花区夢洲で開催が予定されている大阪・関西万博をめぐっては、海外パビリオンのうち、各国が自前で建設する「Aタイプ」について、基本計画すら提出されておらず、建設業者も決まらず、着工が大幅に遅れ、予定どおりの開催が危ぶまれている。万博の開催延期・断念などの事態に至れば、日本に対する国際的信用の失墜、大阪府・市、そして国に、計り知れない損失を生じさせることになる。
吉村大阪府知事(前大阪市長)や、その前任の松井一郎氏などが、これまで首長として行ってきたことが、本当に、地域住民に、そして、社会の要請に応えるものであったかどうかが問われている。この問題は、日本における「今世紀最大の自治体不祥事」に発展する可能性がある。
夢洲への万博誘致計画自体に重大な問題
第一の問題は、そもそも、大阪・関西万博の計画自体が、地域社会の要請に応えるもの、大阪府民・市民全体のためになるものだったのか、という点である。
大阪への万博誘致の構想が具体化し、2016年6月に、大阪府(松井一郎知事)は、「2025年万博基本構想検討会議」を設置した。この会議の初回で、大阪府が、「2025年日本万国博覧会 基本構想案」を提示しているが、この試案で、万博の会場は、「夢洲地区(大阪市此花区)を想定」とされ、その理由については、「地勢的に日本の交通・物流の結節点である大阪」の中でも、
とされている。
しかし、これは、一部にコンテナターミナルや物流倉庫などの物流施設がある以外、施設がほとんど無く、アクセスも道路が一本しかない夢洲の現状とは、かけ離れたものである。要するに、夢洲を万博会場にしようという構想は、維新の会が進めようとしていた、夢洲を「環境・エネルギー等の先端産業の集積やMICE機能と国際的エンターテイメントなど魅力ある観光拠点形成」に形成しようとする大阪府・市の構想が前提だったのである。
海外パビリオンの建設の遅れについて、開催主体の「公益社団法人2025年日本国際博覧会協会」(以下、「万博協会」)や大阪府などは、資材価格高騰や人出不足を理由に説明しているが、海外の国からすれば、5割程度建設費が上がっても、今の円安であれば、相当程度相殺されるはずである。円ベースの建設費の増額はそれほど困難ではないはずだ。パビリオンの建設に向けての動きが遅れている最大の原因は、夢洲の軟弱地盤、アクセスの悪さ、インフラの未整備等のために、日本の建設業者が受注に消極的であることだろう。
特に、軟弱地盤の問題では、建物の基礎工事で50メートルの杭を打つ必要があるなど、想像を超える悪条件の工事になると言われている。それを、建設業者が2024年問題によって労働時間の制約を受けつつ施工するのは至難の業だ。
万国博覧会についての「基本法」と言える「国際博覧会条約」によれば、博覧会とは、
公衆の教育を主たる目的とする催しであって、文明の必要とするものに応ずるために人類が利用することのできる手段又は人類の活動の一若しくは二以上の部門において達成された進歩若しくはそれらの部門における将来の展望を示すものをいう。
とされている。
そのような万博の本来の目的を実現することを最優先に考えるのであれば、1970年に大阪万博の会場となった大阪府吹田市千里のような地にすべきだった。夢洲を万博会場とする計画自体が、夢洲でIR事業を含む「夢洲での国際観光拠点形成」をめざす維新の会の政策実現という政治的な理由からなのである。
その夢洲でのIR事業も、軟弱地盤のため、大地震が発生した際の液状化の問題など、多くの問題が指摘され、認可が遅れていた。今年4月の統一地方選挙での維新の圧勝でIR推進賛成の民意が示された後に、府・市と運営事業者による区域整備計画が認定されたが、今後、IR関連施設の建設を進めていく中で必要となる液状化対策費は、すべて大阪府民・市民の負担になる。夢洲を会場とする万博誘致と、その前提とされていたIR事業は、IR事業とセットになった万博開催という大阪のバラ色の将来ビジョンを示すための、維新という政党の政治的目的なのであり、万国博覧会の本来の目的を実現するためでも、地域社会や府民・市民の要請に応えるためでもなかった。そこに、大阪・関西万博の根本的なコンプライアンス問題があるのである。
海外パビリオン建設の遅れに対する「維新首長」の対応
第二の問題は、このような重大な問題がある夢洲の万博会場でのパビリオンの建設工事が遅れ、予定どおりの開催が危ぶまれる事態に至っていることについて、万博誘致を進めてきた吉村大阪府知事や、維新の側がとってきた対応である。
海外パビリオンの着工の遅れは、既に、今年の春の時点で、万博協会の内部では認識されていたはずだ。しかし、4月10日の統一地方選挙において、大阪府知事選挙で夢洲での大阪関西万博・IR事業の推進を公約に掲げた吉村氏が圧勝し、全国で維新の党が躍進するまでは、海外パビリオンの建設の遅延など、大阪関西万博についての「負の側面」はほとんど表に出ることがなかった。統一地方選挙後の今年5月になって、この問題が取り上げられるようになり、5月末、吉村知事が岸田文雄首相を首相官邸に表敬訪問した際に、「このままいくと海外パビリオンの建設が間に合わない」と言って泣きついたのである。それを受けて、岸田首相は、8月末に、関係閣僚や吉村知事らとの会合を開き、海外のパビリオン建設に遅れが生じていることなどに危機感を示したうえで、予定どおりの開催に向けて政府が主導して準備を加速させていく考えを強調した。
海外パビリオンの建設の遅れについて吉村氏が生出演
今年8月10日に、吉村氏は、関西ローカルの読売テレビの番組に生出演し、大阪・関西万博の開催が危ぶまれていることなどについて質問に答えている模様が、YouTubeにアップされている(【大阪府・吉村知事を生直撃!「間に合う?成功する?どうなる?大阪・関西万博」】)。
番組関係者は、フリップを示しつつ、大阪・関西万博をめぐって、タイプAの海外パビリオンは、当初の計画では今年4月から着工する予定だったのに、まだ手続きに入ってる国も出ていない状況について質問している。
[質問①]で、「間に合いますか」と端的に聞かれ、「間に合うようにしっかりやります」と答えているが、その後の質問に対する答を聞く限り、吉村氏がしっかりやっているから間に合うだろうとは到底思えない。
[質問②]に対する答は、支離滅裂である。「延期は視野に入っているか」と聞かれ、「今、視野には入ってないです。」と答えた後に、「大阪地元パビリオンなど、2025年の春に向けて安定的に進めているところもある」などと言っているが、海外パビリオンあっての「万国博覧会」であり、地元パビリオンがいくら順調でも意味がない。しかも、「2025年4月に期限を決めて、ここでやるってわかってる、それを延ばしたらじゃあさらに良くなるかというと、必ずしもそうではない」などと言っているが、少なくとも、海外パビリオンの大幅な遅延で間に合わないのではないかと言われているのであり、延期することで時間の余裕ができれば、少しでも「良くなる」のは当然だろう。
[質問③]では、海外パビリオンの建設の遅れにはもっと早く気づいて対策が打てたのではないか、後悔していないかと聞かれて、後悔するのは「僕自身に縦割り意識があった」などと答えている。しかし、組織が「縦割り」というのは、部署間の情報共有ができていないということであり、各部署の情報が上位者に上がらない「風通しの悪さ」とは異なる。大阪府の組織のトップである知事に「縦割り意識があった」というのは全く意味不明である。
その「縦割り意識」というのを、自分は「海外パビリオンの遅れ」のことを聞いていなかったという弁解で言っているようだが、その後、「ではいつ知ったのか」と聞かれ、「今年の春」と答えた後、知った内容について、海外パビリオンが「ちょっとタイトになっている」「遅れる」「遅れ始めている傾向」にあると、変転を繰り返している。
そこで、「4月の知事選挙の際には、危機感の話が入っていたのに、選挙で、成功といういい面だけをアピールしていたのではないか」という問題の核心について聞かれている。
吉村氏は、「それはないです」と答え、それについて「3月に受けた説明も『もう間に合わないって話』じゃなくて、『時期がタイトになってきている』という報告を受けた」、「3月の段階」では、「遅れそうだ」という話ではなかった、という説明している。しかし、「その後、5月に入っていろんな情報を聞いて『これはちょっとまずい、時期がかなりタイトになってきてるんじゃないか』と思った」と言っており、結局、「タイトになってきている」というのは、「3月の段階の話」と同じである。
そもそも、海外パビリオンの基本計画書の提出予定が3月だったのに、参加国が費用を負担してパビリオンを建設する「タイプA」の50か国余りのうち9か国が建設の許可申請をしなかったのであり、その原因が、資材価格の高騰や2024年からの建設業への残業規制の適用などにあることは、その時点で容易に認識できたはずである。4月の大阪府知事選挙の前には、海外パビリオンの建設の遅れに気づかず、選挙が終わって初めて気づいたなどという話は到底信用できない。
そのような番組でのやり取りの模様を端的に表現しているのが、以下の画面である。
この番組では、今年4月の統一地方選挙までに、予定どおりの万博開催が困難であることに気づくべき局面が山ほどあったのに、選挙までは、それをおくびにも出さずに「万博PR」を行い、選挙が終わると、掌を返したように、パビリオン建設の遅れ等の問題を表に出し、岸田首相に泣きついて「国の財政支援」を求める、という経過であったことをフリップで示しつつ、吉村氏に質問している。その際の吉村氏の表情は、いわゆる「ひょっとこ面」であり、質問に誠実に答えているとは思えないことが、その表情からも窺える。 テレビ番組に長時間にわたって生出演し、ここまでいい加減で支離滅裂なことを平然と言い放つ府知事を、テレビ局関係者は、どう受け止めたのか。追及材料をいろいろ提示しているわりには、吉村氏へのツッコミがほとんどないのも、「維新びいき」の関西マスコミだからこそなのであろうか。
「荒唐無稽な夢物語」の当然の結末
前述したとおり、夢洲を会場とする万博誘致は、地域社会の要請に応えるものでも、大阪府民・市民の利益になるものでもない。維新という政治集団の党利党略のための、「夢洲での国際観光都市形成」という「荒唐無稽な夢物語」の一環として計画されたものだ。
しかし、大阪府民・市民は、その維新が描く「大阪のバラ色の未来」に熱狂し、選挙の度に、維新を圧倒的に支持、その政治的な力は、関西では、立憲民主党等の他の野党はおろか、政権与党の自民公明も太刀打ちできないほど高まり、その絶頂の中で行われた今年4月の統一地方選挙では、その強さを遺憾なく発揮した。
そして、その政治的パワーをもって、吉村氏らは、大阪・関西万博は「国家プロジェクト」などと言って、そもそも維新の党利党略のための万博誘致であったことを棚に上げて、責任を国に押し付けている。一方で、政権維持のためには、国家予算を大盤振る舞いすることなど全く厭わない、しかも自ら責任を負うべきいかに重大な問題が発生しても、「責任を痛感している」「丁寧に説明していく」などと言ってあらゆる問題をごまかしてきた岸田首相にとって、当面の解散総選挙に向けて最大の政敵である維新の共同代表であり、その人気の中心にいる吉村氏が、自らの前にひざまずき、恭順を誓ってくれるのであれば、「大阪・関西万博は国の威信をかけて行う」などと言って、国の予算人員を惜しげもなく投入する方針を示すことなど「お安い御用」だった。
それによって、もともとは、大阪を中心とする関西の地方自治体を支配してきた維新という政治集団が引き起こした「自治体コンプライアンス問題」だった大阪・関西万博問題が、日本政府を巻き込んだ「国家的コンプライアンス問題」に発展しつつある。
大阪・関西万博をめぐる問題は、海外パビリオンの建設遅延だけではない。大会運営費の大部分は入場券収入によって充てられる計画だが、「万博の華」と言われる海外パビリオンが予定どおり建設されるかどうかも不明、プレハブによる貧弱な建物になる可能性もある、ということであれば、わざわざ高額の前売り券を自前で購入しようとする人が限られるのは当然だ。万博協会は、前売り券の大部分を関西の企業などに「押し売り販売」しようとしているが、企業の側は、万博の前売り券の購入などという無駄な支出に充てるお金があれば、物価高に苦しむ社員の賃上げに回したい、というのが本音であろう。このようなことを繰り返していれば、有力企業が関西地域から逃げていくことにもなりかねない。
万博会場へのアクセス確保のための対策費、軟弱地盤でのくい打ち工事等、大幅な建設費増の補填など、今後、政府が大阪・関西万博につぎ込む国費は、雪だるま式に膨れ上がっていく可能性がある。しかし、それでも、予定どおりの万博開催にこぎつけられるかは不明であり、巨額の国費を投入して開催したとしても、入場者は僅かにとどまる惨憺たる万博になることは必至だ。
「維新の会」という政治集団が描いた、夢洲での国際観光拠点形成という「荒唐無稽な夢物語」に踊らされてきた大阪府民・市民は、大阪関西万博、大阪IR等のビッグプロジェクトによる「破滅的なツケ」に払わされることになる。それだけではない、その「尻ぬぐい」を国費で引き受けることで維新に貸しを作った岸田首相の目論見どおり、次の解散総選挙で政権を利することになる可能性がある。自治体首長の政治目的による大阪・関西万博誘致という“戦後最大の自治体不祥事”は、国民全体にとっても大きな「災い」になりかねないのである。