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不格好なブスケッツ?グアルディオラが見いだした才能とは

小宮良之スポーツライター・小説家
スペイン国王杯で優勝後のブスケッツ(写真:なかしまだいすけ/アフロ)

サッカー選手の立ち姿

 2007-08シーズンのことである。当時、セルヒオ・ブスケッツはバルサのBチームに昇格していた。周囲の評判はさほど良くはなかった。GKコーチにカルラス・ブスケッツという元バルサのGKだった父親がいたこともあるだろう。

「親の七光り」

 そのような目で見る人もいたのだ。

 そして、プレーするブスケッツの立ち姿(フォーム)は美しくなかった。

 サッカー選手には「綺麗な立ち姿」というのがある。例えば、司令塔のようなポジションの選手なら、腰を低く沈ませ、膝を少し折り、背筋を凛と伸ばし、胸を張り出し、視線は常に辺りを睥睨する。肘は脇につけ、手は指揮者のような構えでバランスを取って、例えばインサイドパスでは身体のひねりを使う。体幹を軸にして、コマのように回って力を伝えるイメージだろうか。

 同じバルサBの司令塔としては、マルク・クロッサスというMFがいた。クロッサスは立ち姿が歴然として優雅だった。当時、同チームの監督を務め、現役時代はバルサの司令塔だったジョゼップ・グアルディオラと、ボールの持ち方やパスの出し方が酷似していた。完全なコピーのようでさえあった。

 一方でブスケッツは大柄な身体を持て余すように、背中を丸めた猫背で、いかにも鈍重そうに映ったのだ。

 ところが、2008-09シーズンにトップチームでポジションをつかんだのは、クロッサスでなく、ブスケッツだった。

 ブスケッツは以来、10シーズン、バルサのプレーメイキングを任されている。その偉大さとは、一体どこにあるのか――。

4部から1部でのプレー

「前日にデビューすることを知らされたんだ」

 バルサの選手としてデビューした当時を、ブスケッツはそう回顧している。

「かなりそわそわしていたよ、何せ、初めてのカンプ・ノウだったから。まだ若かったしね。開幕戦で負けた後の試合だったから、どうなるのかな、とそわそわして。でも、いいゲームをすることができた。FKの(壁に当たった)こぼれからのシュートが入らず、勝ち点差は奪えなかった(引き分け)のが残念だったけどね」

 ブスケッツは4部からいきなり1部の試合に抜擢されている。当時、無名に近い存在だったにもかかわらず、まるでベテランの司令塔のような落ち着きだった。的確なパス出しで、攻撃のリズムを刻んだ。

 試合前は、危ぶむ声のほうが多かった。なぜなら、4部と1部ではなにからなにまで差がありすぎるからだ。

「もっと経験を積んでから」

 それが一般的な意見だった。

 しかし天才グアルディオラ監督は、そんな予定調和に耳を貸さない。もっと深い洞察でプレーを見つめていたのだろう。ブスケッツが持っている可能性を、固く信じていたようだった。

「監督は僕のプレーを知り尽くしていた。僕がなにをチームに与えられるも、十分に理解していたんだよ。だからこそ、気負いなくプレーすることができた。『落ち着いてプレーすれば、それでいい』とだけ言ってくれたのさ」

 ブスケッツは信頼に応えた。

 では、グアルディオラはいかにして、その力量を見極めたのか?

グアルディオラが見極めたブスケッツの才能

「クロッサスはあなたと似て、とても評判の良いプレーメーカーですね?」

 筆者はかつて、グアルディオラ監督にそう話を向けたことがあった。

「自分と似たような選手は要らないよ」 

 グアルディオラは冷たい声でそう言った。

「自分と同じだったら、今のサッカーでは通用しない。立ち姿など関係ないんだよ。例えば、シャビやイニエスタは私にはない得点感覚を持っていた。バルサのようなクラブでは、プレーを常に革新させるような選手が必要なんだ」

 グアルディオラは、ブスケッツのボールを受け、弾く、という単純なスピードと精度を評価していた。プレッシング戦術が全盛になる中、ビルドアップでは限られた時間と空間しか残されていない。そこをかいくぐる能力がブスケッツにはあった。パス出しの速さは他の追随を許さず、優れたビジョンとスキルのおかげで、周りのプレーを輝かせることができた。

 また、ブスケッツはディフェンスラインの前で、高さという長所も発揮できた。ストロングヘッダーと言えるほどではないにせよ、グアルディオラ、シャビ、イニエスタにはない高さを持ち、少なくとも弱点にならなかった。守勢に回ったとき、インサイドの危険なスペースを守れたのだ。

 パス出しやボールキープは不格好かも知れない。

 しかし、グアルディオラはその本質を見極めていた。

 ブスケッツ自身がドリブルでボールを持ち込む必要などない。有力な味方を生かせるパスを迅速に出せることで、常にアドバンテージを持てるのだ。

「バルサでは、プレーテンポだけは落としてはならないんだよ」

 そう語るブスケッツはデビュー以来、成熟を続けている。  

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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