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習近平政権初の五カ年計画発表――中国の苦悩にじむ全人代

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
2016年3月5日、人民大会堂で開幕した全人代(写真:ロイター/アフロ)

5日、年一回開かれる全人代が始まり、習近平政権になってから初めての五カ年計画(2016~2021年)が発表された。政府活動報告を中心として、新五カ年計画および今年のGDP成長率(6.5~7%増)や軍事費7.6%増などを読み解く。そこには経済の低迷と徹底した構造改革には踏み切れない中国の苦悩がにじみでている。

◆2015年度の活動報告

3月5日、日本時間午前9時から人民大会堂で全人代(全国人民代表大会、日本の国会に相当)が開幕し、約3000人の代表(国会議員に相当)が出席した。冒頭、李克強首相による「政府活動報告」が約2時間にわたり発表された。

報告は「1.2105年の活動報告」「2.第13次五カ年計画」「3.2016年の重点活動」の3本から成り立っている。ただし、これらは会期期間(3月5日~3月15日)まで審議され、閉幕される前に投票議決して、初めて発効する。

まずは、1番目の「2015年の活動報告」から見てみよう。概略を示す。

1.2015年における国内総生産(GDP)は67.7兆元(3月5日のレートに基づけば日本円で1180.7兆円)で、成長率は6.9%。

2.構造調整の結果、サービス業のGDP比が50.5%に上昇。消費の対GDP貢献度は66.4%。

3.新しく登記した企業数の増加率は21.6%で、毎日1.2万社が新設された。

4.現在のGDP成長率1%は、5年前の1.5%に、10年前の2.5%に相当する。

5. 過剰生産問題を改善するため過去3年において後進的な錬鉄9000万トン、セメント2.3億トンなどを淘汰した。

6.農民工など貧困層に772万棟の低所得者向け住居を提供し、バラック住宅601万棟を改築した。

7.生産現場の大事故や食品安全などを改善するため、問責制度を設けた。

8.やるべきことをやらず、やってはならないことをやる者(幹部の腐敗など)が多いため、許認可制度などを含め、取締りを強化した。

9.第12次五カ年計画(2011年3月~2016年3月)期間内における年平均のGDP成長率は7.8%で、世界第二位のGDPを維持した。

◆第13次五カ年計画 (2016年~2021年)――10年連続で低くなる目標値

習近平政権になってから初めての五カ年計画が発表された。習近平政権は2023年に終わる(中国共産党総書記としては2022年が最後の年となる)。したがって、今般の五カ年計画は、実質上、習近平政権期間、唯一の習近平が国家主席として打ち出す五カ年計画となる。全文は8万字あるということなので、その骨子のみを示そう。

1. 中高速度の経済成長を目指す。2020年までに1人当たりの平均収入を2010年の2倍にする。GDP成長率は平均6.5%を目指す。産業の構造転換を推進し、2020年までにGDP90兆元(1570兆円)に達する。(筆者注:2006年の第11次五カ年計画ではGDP成長率を7.5%に設定し、2011年の第12次五カ年計画では7.0%に設定した。それが今回は6.5%となり、o.5%ずつ減少している。11年目で、目標値は一段と低くなった。)

2. イノベーションを重視。国際的競争力のあるフロントランナーを育成し、2020年まえに経済成長に対する科学技術の貢献度が60%に達するようにする。

3. 国家新型城鎮化(都市化)計画(2014年~2020年)の推進と完成。定住人口の都市化率60%および戸籍人口の都市化率45%を目指す。

4. 環境保護。生態文明建設。今後5年間で、用水量、エネルギー消費量および二酸化炭素放出量をそれぞれ23%、15%、18%減少させる。空気汚染に関して良好状態の日数が80%を越えるようにする。

5. 改革開放を深化させ、構造改革して新体制を構築する。(筆者注:内容が複雑で達成目標が明確でないので省略するが、ひとことで言えば、中国の一党支配体制が内包している構造的矛盾から抜け出せない中国の姿が浮き彫りになっていると言える。李克強首相の演説だけでは解読できないが、真に改革開放を深化させ構造改革を断行して新体制を作れば、それは一党支配体制の崩壊へと行きつくので、本当の意味での構造改革も新体制構築も、実はできない。そこには根本的内部矛盾と中国の限界がある。)

6. 民生福祉問題を改善する。労働年齢が受けている教育年数を、現在の10.23年から10.8年まで引き上げる。平均寿命を1歳引き上げる。5000万人を貧困から脱却させる。中国は現在、9億の労働人口のうち、約1億人が高等教育あるいは(職業学校などの)専門教育を受けているので、人材において強い原動力を持っている。

◆2016年の重点活動――実際は6.5%の目標値と構造改革の矛盾

3月4日付けの本コラム<「神曲」ラップと「ギャップ萌え」で党宣伝をする中国――若者に迎合し>で説明した「四つの全面」を国家基本戦略として、以下の目標を立てるとした。

1.GDP成長率は6.5%~7%、国民消費価格の上げ幅は3%前後とする。都市における新規雇用者数1000万人以上、失業率4.5%以内を目指す。(筆者注:辛うじて区間を示す形で7%に引っかかってはいるが、これはほぼ気分の問題で、実際はこのたびの新五カ年計画と同じように、下限の6.5%を目標としていると解釈していいだろう。)

2.今年わが国の発展が直面している困難は非常に多いため、直面している挑戦はさらに厳しくなる。そのため、われわれは激戦を戦うという十分な用意をしなくてはならない。国内外の影響により経済の下振れ圧力は大きくなるが、マクロコントロールと人民の知恵で克服できる(筆者注:ここも苦しい言い訳で、精神論では克服できないはず。)

3.今年の財政赤字は2.18兆元(38兆円)となり、昨年より5600億元増える可能性がある(以下、人民元を日本円に換算するには17.44倍すればいいが、日本円表示は省略する)。赤字率は3%増となる。そのうち、中央財政赤字は1.4兆元で、地方財政赤字は7800億元となる。地方債務に関しては、4000億元分を地方政府が引き続き債券を発行することによって置き換える。

4.財政体制改革を加速させる(長すぎるので省略)。

5.金融体制改革を深化させる(長すぎるので省略)。

6.供給サイドの構造改革を強化する。

7.イノベーションを進めるために知的財産保護の強化。

8.過剰生産問題の解決。ゾンビ企業を淘汰するため、1000億元の資金を投じて(失業者急増などの)リスクを回避する(筆者注:「ゾンビ企業」とは、すでに休業状態に入っている地方の不良国有企業を閉鎖せずに、地方政府が財政輸血をし続けている企業のこと)。

9.国有企業改革を強力に推し進める。効率の悪い国有企業を再編淘汰する。特に所有権に関する民間との混合制を推進し、ハイレベルの人材を経営に当てる。一方、電力、電信、交通、石油、天然ガスなど骨幹となる国有企業に関してはその価値を高めるべく努力する。(筆者注:国有企業の構造改革を謳いながら、一方では国有企業の価値を高める努力もするという、抜けきれない一党支配体制の矛盾が、ここにも表れている。)

10.消費者の権限を守り、消費けん引型の経済を目指す。

11.今年は第13次5カ年計画の最初の1年に当たるので、構造調整を行いながら有効な投資を行う。たとえば鉄道投資8000億元以上、高速道路投資1.65兆元などの中央財政支出を行なう。

12.農業人口の市民化を加速させるために、すでに既存の都市に流れてきた外来人口問題を解決するため「人・地・銭」政策を進める。そのためには(都市にいる2.67億人の農民工)に(ゴーストタウン化した)空きマンションを低所得者向け住宅としてあてがう(筆者注:長いので省略するが、「国家新型城鎮化(都市化)計画」に関しては拙著『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』のp.250などを参照していただきたい)。

13.外需が低迷しているが、「一帯一路(陸と海の新シルクロード)」構想により、国際協力を深める(筆者注:過剰生産問題のはけ口のため)。

14.外資導入の基準を緩和し、自由貿易区戦略を加速させる。中日韓自由貿易区を推進させ投資の自由化を図る。

以上、書ききれないが、一応の骨子を列挙してみた。

中国経済の苦悩がにじみ出ているような2016年活動計画だ。

◆国防費7.6%増――過去5年で最低の伸び率

具体的な国家予算の全貌は、閉幕前までに審議され、投票して議決してからでないと公表してはならないことになっている。

予算案は、3月4日の午後、国家財政部や発展改革員会などの関連中央行政省庁が全人代の代表(議員)に配布して、3月5日に中国政府の通信社である新華社が、一部を公開した。

これは決定ではなく、「全人代で審議するために配布された草案」である。

それによれば、2016年の国防予算は9543.54億元(ここだけ日本円に換算すると、16兆6440億円)で、2015年度比では7.6%増となる。

中国の軍事費は2011年から2015年まで連続5年間二桁の伸び率(12.7%、11.2%、10.7%、12.2%、10.1%)を示しており、今回初めて一桁台となった。

全人代の代表であり、軍事科学院国防政策研究センターの陳舟主任は5日、「ここ10年来、中国の国防費がGDPに占める割合は1.33%で、アメリカなど世界主要国における国防費のGDP比を遥かに下回るだけでなく、世界平均であるGDP比2.6%よりも低い水準を続けてきた」と語っている。

今回の一桁台への減少は中国経済全体の減速と深く関係しており、中国が軍事大国になることを放棄しているわけではない。それどころか、本コラムでも何度も取り上げた軍事大改革を行って、軍事強国化している。ただ少なくとも30万人の兵士を削減したので、その分だけは給料支給額が減り、軍事費削減に貢献してはいるだろう。

それにしても、上述した「2016年の重点活動」に見たように、中国経済の低迷が如実に現れた政治活動報告だった。中国はいま、これまでの本コラムで取り上げてきたように、精神面(イデオロギー的な側面)においてだけでなく、経済的にも、苦境に立たされていることが見えてくる。一党支配体制が続く限り、克服は困難だろう。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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