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「神曲」ラップと「ギャップ萌え」で党宣伝をする中国――若者に迎合し

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

若者の活字やテレビ離れが目立ち、中共の宣伝には耳も貸さない。そこでラップや「ギャップ萌え」などで若者に党の偉大さを刷り込もうと中共は必死だ。中共「神曲」という新事象を通して、苦心する中共の内心を読む。

◆中共「神曲」、ラップとベートーベンで「四つの全面」を宣伝

中国大陸のネット空間だと動画に関するアクセスが不安定な時があるので、まずはニューヨーク・タイムズ中文版で「中共“神曲”ラップとベートーベンにより“四つの全面”を礼賛」を見てみよう。

クリックして頂くと最初にラップが出てくる。

言っている内容は「四つの全面を知っているかい?」ということだ。

「四つの全面」とは、「小康(ややゆとりのある)社会の全面的建設」「改革の全面的深化」「全面的な法による国家統治」「全面的な厳しい党内統治」のことで、2015年2月に正式に発表された。中共はこの四つを「鳥の両翼、車の両輪」として位置付けている。

空々しいスローガンが多すぎて、党幹部にオベンチャラを言って出世しようと思っている人くらいしか関心を示さないため、「ラップ」と「ベートーベン」という、若者の耳目を引く方法を考え付いたわけだ。

用語と手法を、少し丁寧に解読してみよう。

●まず、「神曲」

「神曲」は筆者などの年齢だと、ダンテの代表的作品である、あの『神曲(しんきょく)』のことだと思ってしまうが、ここではどうやら「しんきょく」ではなく、日本語で「かみきょく」と読ませる言葉に相当しているらしい。日本語における「神曲(かみきょく)」は、優れた楽曲について称賛の意味で使われている。

それがなぜ「中共“神曲”」などと、「中国共産党」と関連した言葉として現れているのか。

中国の若者に聞いてみると、中国では最初のころは「神曲」とは「人の魂を洗脳してしまうほどの効果がある歌曲」という感じで、爆発的に流行し感動を与えた曲を指していたが、そのうちネットスラングとして使われるようになり、爆発的に流行するだけでなく、「奇妙奇天烈(きてれつ)な要素が強い曲」を指すようになったという。また「神のごとき力でも持っていない限り、とてもうまくは歌えない」という意味から、「党は神のごとき存在なり」「だから洗脳できる」というニュアンスにも転用され、「いかに中国共産党が偉大で、神のごとき存在か。なぜなら、どんな嘘っぱちを言っても、人民を洗脳できるんだから」という揶揄(やゆ)も込めるようになったとのこと。

●なぜ、ベートーベンか?――「ギャップ萌え」

1980年以降に生まれた中国の若者(80后、バーリン・ホウ)は、日本のアニメと漫画を見て育ってきた(拙著『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』に詳述)。コスプレもそうだったが、日本の「萌え」文化にも染まり、「萌える」のが好きだ。

その中には、最近日本で流行っているらしい「ギャップ萌え」というのもあるらしい。

中国の若者に、「なんでラップとベートーベンなの?」と聞いたところ、「あ、それはですね、ギャップ萌えですよ」と解説してくれた。

習いたての「ギャップ萌え」などを説明するのも何だが、ふだん抱いていたイメージとまったく異なる側面を見たときに、その「ギャップ」にハッとして魅力を感じることを言うらしい。

そこで中共の宣伝部としては、現在の最先端の若者の心をつかもうと、「ラップ」に、突然、ラップとは似つかわしくないクラシック音楽のベートーベンを持ってきて、その意外な組み合わせに「ギャップ萌え」を感じてもらおうと苦心したようだ。

それが、この「中共“神曲”ラップとベートーベンにより“四つの全面”を礼賛」なのである。

◆中国の官製メディアがこぞって礼賛

中宣部のテレビ局である中央テレビ局CCTVのネット版CNTVは、中国政府の通信社である「新華社」が、この「神曲」ラップを推薦しているとして、今年2月3日に「これは流行るぞ! 新華社がラップ“新曲”<四つの全面>を推薦してるよ」という特別番組「新聞開講」を組んだ。

中国の若者に感想を聞いてみたところ、「自作自演だから、流行るはずがないよ」「子供だましだ」「神は死んだ」などという回答が戻ってきた。

一方では、「新神曲は魔性の洗脳??<四つの全面>を聞いてると、止まらないよ」などというものもある(このウェブサイトは不安定なので、もしアクセスできなかった場合は、お許しいただきたい。)。これは「本当に洗脳されてしまいそう」と、皮肉っているのかもしれない。

◆若者文化にすがる中宣部

また、「深改組(中央全面深化改革領導小組)」(組長:習近平)に関して「中央深改組が成立してから満2年になるよ 中央テレビ局がラップでその成果を放映」という情報を、アリババが買収した南早(南華早報)のウェブサイトが報道している(このウェブサイトは開くまでに時間がかかる)。

動画ではないが、ほかにも「虎退治(反腐敗運動)をする習近平」をアニメで描いたものなどもある。まさに、このような「子供だまし」のものなど、若者でさえ見そうにないが、それでも、なんとしても若者に受けようという意図がありありだ。

ここまでして若者受けしようというのは、逆に言えば、いかに若者が中国共産党など信じてはいないかということの裏返しである。

10年ほど前、日本のアニメとマンガで「精神文化」を形成されると困ると焦った中国政府は、あわてて国産アニメ基地などを作って若者の精神を中共に向けさせようとしたが、そんなことで騙されはしない。

ITの先進化によって通信のグローバル化が進めば進むほど、中宣部によるイデオロギーのコントロールは難しくなる。ITは進歩することはあっても、後退することはないだろう。

となれば中国のイデオロギー闘争は、ITとの戦いでもあるということができる。

勝利が見込めるとは思いにくい。

これまで本コラムで書いてきた中国の厳しい言論統制は、この事象の裏返しなのである。それをご理解いただきたいために書いた。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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