「暴動が続発、10人銃殺し収拾」金正恩を悩ませる15年前の悪夢
北朝鮮政府は2009年11月30日、突如として貨幣改革(デノミネーション)を断行した。旧紙幣を廃止し銀行に預けさせて、新紙幣を1世帯あたり10万北朝鮮ウォン(当時のレートで約2400円)しか引き出せないようにした。市場経済の進展と富の蓄積を嫌った故金正日総書記が、地下経済の活力を削ぐべく計画したと言われている。
ところが、多くの人がタンス預金の大部分を失うこととなり、国全体が大混乱に陥った。「国に没収されるなら」と紙くずとなった旧紙幣を燃やしてしまう人もいれば、不満を抑えきれずにデモを行い、それが暴動に発展したケースすらあった。
また、急激なインフレが起き、市場で物を買い占めようとする人が続出。深刻な食糧、物資不足も生じた。
当局は、引き出し規制の緩和、市場での価格統制などを行ったが、混乱を収拾するには至らなかった。金正日氏は、朴南基(パク・ナムギ)朝鮮労働党計画財政部長ら10
人を銃殺させ、金英日(キム・ヨンイル)内閣総理に、平壌市内の人民班長(町内会長)の前で謝罪させるなどの措置を取って、ようやく混乱が収まったが、国民の北朝鮮ウォンと国営銀行に対する信頼は完全に地に落ちてしまった。
(参考記事:欲望を抑えられず…北朝鮮の男女4人「禁断の行為」で公開処刑)
あれから15年が経とうとしているが、当時の悪夢が今、金正日氏の息子である金正恩総書記の足を引っ張っている。
北朝鮮では今年2月から新しい硬貨の流通が始まった。今までも硬貨は存在したが、あまりにも少額のため、現在の物価とはかけ離れており、全く使い道がない。
それを解消するための新しい硬貨の発行だが、さっそくトラブルが生じていると、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。
現在、北朝鮮ウォンの紙幣としては5北朝鮮ウォンから5000北朝鮮ウォンまでの9種類、硬貨は5北朝鮮ウォンから100北朝鮮ウォンの4種類が存在する。しかし、実際に使われているのは500北朝鮮ウォン、1000北朝鮮ウォン、2000北朝鮮ウォン、5000北朝鮮ウォンの4種類の紙幣だけで、それ以下の小額紙幣や硬貨は使われていない。
(1000北朝鮮ウォンは約10円)
北朝鮮の朝鮮中央銀行は今年2月、500北朝鮮ウォン、1000北朝鮮ウォン、2000北朝鮮ウォンの3種類の硬貨の発行を始めた。色は銀色で表面には金額、裏面にはバス、路面電車、国章が刻まれている。
両江道(リャンガンド)の情報筋は、中央から聞かされた硬貨発行の理由を次のように述べた。
「既存の紙幣がボロボロで形を保てないほどなので、貨幣としての価値を喪失した。硬貨は乱暴に扱っても壊れることはないため、長く使える」
商人たちは、一日の商売を終えると時間をかけて紙幣の整理を行う。破れてボロボロになっているものにセロテープを貼るなどして補修するのだが、これをしなければ紙幣として通用しない。だが、硬貨はその必要がないため、商人の間では非常に人気だという。
しかし、硬貨はあまり流通していないため、めったに見かけることはなく、銀行に行っても交換してもらえないそうだ。
この新硬貨だが、今年2月1日から交換が始まった。
「平壌では、2月1日から旧紙幣と新硬貨の交換が始まった。地方では2月4日から始まった」(情報筋)
ところが、市民の間ではこんなデマが流れてしまった。
「また貨幣改革だ」
別の情報筋によると、再び貨幣改革が行われると信じた市民が市場や国営商店に殺到した。手持ちの紙幣で物を大量に購入したのだ。
「人々は、2009年の恐怖から未だに抜け出せずにいる」(情報筋)
トラウマが人々を恐怖に陥れ、買い占めへと走らせたのだ。慌てた朝鮮中央銀行は、何の説明もないままに、2月9日から新通貨との交換を中止してしまった。とりあえず混乱は収まったが、人々は「本当に貨幣改革が行われるかもしれない」とビクビクしているという。
また、一時的ではあるが学校、病院、商店などの国家施設も運営を中止してしまった。
当時の混乱を覚えている中央も、硬貨への交換を取りやめてしまった。このまま紙幣を使い続けるのはよくないと誰もがわかっているが、下手に手を付けようとすると今回のような事態が起きてしまうのだ。
「今回の硬貨交換で改めて確認されたように、当局への信頼は低く、不安心理が依然として漂っているため、北朝鮮ウォンを中心に据えた貨幣安定化は決して容易ではない」(情報筋)
金正恩氏は、米ドルや中国人民元などの外貨が豆腐一丁買うのも使われるような現状を打破し、北朝鮮ウォンの地位を取り戻し、人々が銀行を利用するようになって、国内のキャッシュフローを把握しようとしている。しかし、地に落ちた北朝鮮ウォンや銀行の信用度が、強制によって回復するものではない。