地裁「満額回答」出さず ゴーン捜査への影響は
4月14日の日曜日に10日間の勾留期限を迎えるカルロス・ゴーン氏。特捜部が24日まで10日間の延長を前倒しで請求したのに対し、東京地裁は8日間しか認めなかった。なぜか。また、特捜部はどうするか――。
【特捜事件では異例】
確かに、裁判官が延長日数を削ることはままある。例えば、最後が土日祝日に当たるような場合だ。「お役所」である検察は、基本的に被疑者の処分に関する幹部決裁や起訴の手続を平日の日中に行う。最後が土日であれば、裁判官もどうせその2日間は何もしないはずだと見て、8日間しか認めないことがある。
また、勾留の延長を請求する際には検察官がやむを得ない事由を書面に記して裁判所に提出しているが、裁判官がこれを読み、それまでの捜査状況を踏まえたうえで、この規模の事件であれば残り5日もあればできるはずだと考え、5日間しか認めないといったこともある。
たとえ検察官の請求どおり10日間の延長を認めても、弁護人の準抗告申立てを受けて別の3人の裁判官が合議し、延長日数が削られることもある。
ただ、これは一般の事件における話であり、特捜部が取り扱う事件では異例だ。事案が複雑で関係者も多数に上り、取調べや裏付けを要する事項が多岐にわたるし、検討すべき証拠物や資料も膨大だからだ。
処分の段階でどのレベルの検察幹部まで決裁を要するかも、事件の内容によって異なる。それこそ、特捜部が取り扱わない覚せい剤の単純な使用事件、それも自白だと、地検副部長の決裁だけで起訴できる。しかし、今回のような特異重大事件は「三長官」、すなわち法務大臣、検事総長、高検検事長に書面で報告を上げなければならない。
当然ながら地検トップの決裁だけでは足らず、高検、最高検の指揮を仰ぎ、そのトップらの了承まで得なければならない。平日しか出勤しない幹部のスケジュールを押さえ、詳細な決裁資料に基づく口頭での事案説明を要するから、検察全体の判断を決するだけでもそれなりの日数を要する。20日間でも一杯一杯というのが実情だ。
だからこそ、特捜部では、被疑者の逮捕後、逮捕容疑を認めさせるのみならず、余罪まで語らせるのが重要だと言われてきた。早い段階で再逮捕が見込めれば、余裕のある捜査スケジュールが組めるからだ。内偵捜査の中で複数の事件を掘り起こしておき、当初から逮捕、再逮捕、再々逮捕と約60日間で捜査を遂げるといった計画を立てる場合も多い。
【「8日間」とした理由】
今回、裁判所が10日間の延長請求に対して8日間しか認めなかったのは、一つは「中世並みの人質司法」という内外からの厳しい批判を意識したからだろう。
裁判所は、起訴済みの事件で保釈を許可したのち、それとは別の事件だという建前を貫いて罪証隠滅や逃亡のおそれなどを再検討し、ゴーン氏の再逮捕や勾留を認めた。だからといって、なおも不必要な長期の身柄拘束まで許すとは限らない。
ゴーン氏の弁護人は、当初の勾留決定に対する準抗告が棄却されたあと、最高裁に特別抗告を申し立てている。今回の勾留延長決定に対しても、弁護人から準抗告が申し立てられること必至であり、すでに棄却されたものの、現に申し立てられた。そうすると、延長を許すとしても、特捜部に唯々諾々と従わず、一線を画し、裁判所なりに配慮をしたという図式にしておく必要がある。
そこで、特捜部がゴーン氏の処分を決するために必要だと述べる関係者の取調べなどについて、あと具体的にどれだけの日数があれば可能かを慎重に検討したのではないか。
今回の「オマーン・ルート」の特別背任事件でキーマンとなるのは資金が流れたオマーンの販売代理店オーナーで、ゴーン氏の友人でもある人物だが、たとえ10日間の延長を認めても、特捜部が取調べを実現できる見込みなどない。
一方、資金が流れたとされる妻の証人尋問はすでに終わり、同じく息子についても特捜部は米国当局に捜査共助を要請してその取調べを依頼するとともに、米国に検事を派遣しているとのことだから、近日中に結果が得られると見込まれる。
ゴーン氏も、再逮捕後は弁護人の助言に基づいて黙秘しているとのことだから、ゴーン氏の取調べで事態が進展するとは思えない。
しかも、3月の保釈後、再逮捕に至るまでの間、特捜部には約1か月間にわたって任意で捜査を行う時間があったわけで、にもかかわらず「もう少し時間がほしい」というのは図々しい。
そこで、検察が決裁に要する日数をも考慮し、「さらに8日間あれば十分だ」という結論に至ったのではないか。5日間だと短すぎ、6日間とか7日間だと土日が含まれるので、8日間として22日の月曜日を期限とし、もし起訴するのであればこの日に起訴しろ、という意向を示したのだろう。
追起訴後、弁護人は直ちに保釈請求をするはずだ。裁判所は、ゴーン氏が慢性腎不全などを患っていて治療を要するという弁護人の主張に耳を傾け、再保釈を認めるという展開を想定しているのではないか。
もしそうなれば、今度は特捜部が準抗告の申立てをするし、逆に保釈請求が却下されると弁護人から準抗告があるはずだ。そこでの判断次第では、最高裁に特別抗告の申立てが行われる可能性もある。裁判所としても、追起訴後、27日からの10連休の前に保釈可否の結論を出しておくため、少しでも余裕をもたせたかったのだろう。
【想定内の特捜部】
とは言え、特捜部としても、こうした事態は想定していたはずだ。有価証券報告書の事件で再逮捕後、2018年12月20日に勾留の延長を請求したものの、却下された過去があるからだ。
その際、特捜部がすでに司法取引で把握し、約半年間にわたって水面下で捜査を進めていた2010年から17年までの一連の虚偽記載について、時間稼ぎのため、5年分と3年分に切り分けて逮捕、再逮捕を行った捜査手法が強く批判された。
追い込まれた特捜部がゴーン氏の身柄を繋ぎとめておくため、「サウジアラビア・ルート」などの特別背任罪のカードを切らざるを得なくなったことは記憶に新しい。
今回も、事件そのものは「サウジアラビア・ルート」と「オマーン・ルート」では登場人物などが微妙に違うが、一連の疑惑であり、いずれも早い段階からマスコミで報じられていた。8日間でも延長が認められたのだから、特捜部としても「御の字」とすべきところだろう。
今回の勾留延長決定に対し、弁護人の準抗告は棄却された。最高裁に特別抗告する可能性もあるが、このままだとゴーン氏は4月22日まで勾留されることになる。捜査のためにさらに勾留を要するということであれば、特捜部は最大で2日間ほど延長を請求できるが、わずか2日ではほとんど意味がない。
むしろ、こうなった以上、4月22日の起訴を前提として詰めの捜査を急ぎ、遅くとも19日の金曜日あたりには最高検まで了承を得たうえで、今後の方針、具体的には追起訴し、これでゴーン氏に対する捜査を打止めにするか否か、検察としての判断を決することになるのではないか。
検察上層部のありがちな発想からすると、「もうこれで十分。あとは公判に万全を期せ」といった意見が大勢を占めるのではなかろうか。
その場合、20日か21日ころには検察幹部から一部のマスコミに対してその内容が漏らされ、「関係者によると」といった形で広く報道されることだろう。(了)