「ロシア軍に入ろう」? ロシア軍事義務法改正で外国人の勤務が可能に
「ロシア軍に入ろう」
かつて「自衛隊に入ろう」(高田渡 作詞・作曲)という一種の反戦歌が流行ったと聞く。
現在では自衛隊で勤務することそのものをやり玉に挙げるような潮流はすっかりすたれたし、フランス外人部隊など諸外国の軍隊で勤務した経験を持つ日本人も数多い。
だが、ロシア軍を始め、旧ソ連諸国の軍隊で勤務経験がある日本人というのはまず居ない筈だ。ロシアについて言えば、軍隊における勤務について規定した「軍事義務法」が、その対象者をロシア連邦市民に限っていたためである。
ところがその「軍事義務法」が今月2日、プーチン大統領の大統領令によって改正され、無国籍者及び外国市民であってもロシア軍やその他の軍事組織(ロシアには内務省の国内軍など、準軍事組織が数多く存在する)で勤務することが可能となった。
日本人もロシア軍で勤務できる?
そこで気になるのが、日本人もその気になればロシア軍で勤務できるようになるのか、ということだ。
改正された「軍事義務法」を読んでみると、ロシア軍で勤務できる外国人の条件は年齢が18-30歳であること、ロシア語が喋れること、起訴されたり刑を受けている最中でないことなどとなっており、国籍等に関する制限には触れていない。
したがって、(日本の法律的にどうなのか、あるいはロシア軍側に雇う気があるかどうかは別として)少なくとも日本人がロシア軍に志願することは妨げられていない。
具体的な志願方法については、ロシア連邦内の軍事コミッサール(徴兵委員会)に出頭するか、または自国に駐屯しているロシア軍の基地まで出頭して勤務を志願する旨申告するように定められている。
我が国には(北方領土を除いて)ロシア軍基地が存在しないため、もし日本人がロシア軍で勤務しようと思うならばロシア本国へ渡航する必要があるだろう。
雇用条件は
ちなみに改正「軍事義務法」によると、外国人が契約軍人(志願兵)としてロシア軍に勤務する場合の契約期間は5年間で、一般のロシア人契約軍人(契約期間3年間)より長い。階級は兵士、水兵、下士官、先任下士官となっており、やはり外国人である以上は将校にはなれないようだ。
また、外国人の契約軍人は戒厳令下及び軍事紛争時における任務に投入されるとなっており、志願するからには危険な任務に就くことを覚悟せねばならない。
気になる給与面については、改正「軍事義務法」では何も触れられていない。ただ、一般のロシア人契約軍人について言えば、数年前まで月額2万ルーブル(現在のレートで約4万円)だったが、2013年と2014年に相次いで値上げされ、現在は6万ルーブル(約12万円)ほどになっているという。もちろん階級や職種によるので、これは一例であるが、金銭面に関して言うと日本人の経済水準からみて魅力的な額ではない。
外国人受け入れの背景とは
ところで、ロシア軍は何故、ここにきて外国人を受け入れることにしたのだろうか。
ざっと内外のメディアを眺めてみたところ、若者が徴兵逃ればかりしていて人手が足りないのだ、といった論調がわりに目についたが、この見方は当たらないと筆者は考える。
たしかに現在のロシア軍は定数の100万人を割り込んでおり、90万人未満の兵力であるが、これは改善傾向にあるためだ。
第一に、近年のロシア国内では契約軍人の募集が比較的順調に進んでおり、毎年5万5000人ずつ契約軍人を増加させて2017年までに42万5000人とする計画はどうやら達成可能と見られる(2014年は計画を大幅に上回る7万5000人が契約軍人として入隊した)。上記のように契約軍人の給与が増加していることなどが影響しているようだ。
第二に、徴兵逃れに対する罰則の強化や愛国心の高まりといった要素が複合した結果、徴兵逃れが減少しており、ここ数年はほぼちょうど年間30万人程度を徴兵するというペースが続いている(ピーク時には50万人以上徴兵していた)。
要するに、若干の定員割れが起こっているのはたしかだが、それほど深刻な状態ではないし、近いうちにカバーする見込みも立っているということだ。
むしろロシアが念頭に置いているのは、中央アジアにおけるイスラム過激主義勢力との戦いや、ウクライナのようなハイブリッド戦争事態ではないかと考えられる。
イスラム過激主義の脅威
ロシアはアフガニスタンからの米軍撤退に拠ってタリバーンが復興し、これに呼応して中央アジアの旧ソ連諸国でイスラム過激派が勢力範囲を広げるという1990年代のような事態を恐れている。
最悪のケースは、かつてのアフガニスタンのようにイスラム過激派が中央アジアで政権を樹立してしまう事態であろう。こうなるとロシアは「柔らかい下腹部」と呼ばれる南部の長大な国境線をイスラム過激主義勢力と直に接する破目になる。
そこでロシアはカザフスタン、タジキスタン、キルギスタンなどの中央アジア諸国とCSTO(集団安全保障条約機構)を通じた軍事協力の強化を図る一方、いざという場合には単独で軍事介入を行い、イスラム過激主義勢力を水際で食い止めるための緊急展開訓練などを近年活発に実施している。
ロシアが外国人兵士にメリットを見いだすならば、こうした事態において現地の事情や言語に通じた特殊作戦要員としてであろう。ソ連軍は1979年末のアフガニスタン侵攻にあたり、ソ連の中央アジア出身者だけを集めた特殊部隊、通称「ムスリム大隊」を先兵として投入した。ロシアが狙っているのは、こうした部隊の再建ではないか。
ハイブリッド戦争への視線
ハイブリッド戦争というのはウクライナ危機以降に西側で言われだした言葉だが、ロシア語でも「ギブリードナヤ・ヴァイナー」として使われるようになった。要するに、従来型の戦争のように正規軍が圧倒的な役割を果たす戦争ではなく、平時とも有事ともつかない状況下で、正規軍、その他の政府組織、非正規軍、民間軍事会社、NGOといった諸々の主体が、軍事的手段から政治・経済・情報など多様な方法を駆使して戦う「新しい戦争」である。
ウクライナ危機はまさにその先駆けと言えるが、先頃改訂されたロシアの軍事ドクトリンでは、こうした新しいタイプの戦争が大きくクローズアップされている(詳しくはこちらを参照。全文の拙訳は筆者の運営するWorld Security Intelligenceに掲載した)。
ロシア側はあくまでも西側がこうした「新しい戦争」を旧ソ連諸国に対して仕掛けているというスタンスだが、ロシア自身がこうした方法を攻勢的に用いることも当然、考慮に入れているだろうし、その際、敵国出身の兵士の存在は有用である筈だ。
まとめるならば、ロシア軍への外国人受け入れの決定は、単なる苦し紛れの員数合わせなどではなく、より戦略的な動きの一環として理解すべきだというのが現時点における筆者の見方である。