埼玉や群馬なら無罪放免に…千葉の塾で教え子を盗撮した塾講師が逮捕された訳
千葉にある学習塾の教室で女子高生のスカート内をスマートフォンで盗撮したとして、講師の男が逮捕された。しかし、同じ関東でも埼玉や群馬だと罪に問うことができない。なぜか――。
逮捕の経緯は?
12月13日午後、男は学習机に着席して1人で学習していた女子高生の前にかがみこみ、机の下からスマホを差し向け、そのスカート内を盗撮した。
以前からこの男のこうした行動を不審に思っていた女子高生は、スマホのライトが点灯しているのを見て盗撮を疑い、逆に自らのスマホで男の犯行状況を撮影した。
女子高生や親が警察にこの動画を提出して相談し、12月16日の逮捕に至った。罪名は千葉県の迷惑防止条例違反だった。
男は「11月ころから盗撮していた」「下着が見たかった」などと供述し、容疑を認めているという。
教室での盗撮は?
ただ、学校や塾の教室で同じような盗撮に及んでも、その所在地によっては、罪に問えない場合がある。
というのも、わが国には盗撮一般をストレートに規制し、処罰する法律が存在しないからだ。「のぞき見」を規制する軽犯罪法はあるものの、「人が通常衣服をつけないでいるような場所」に限られているから、学校や塾の教室には適用できない。
そこで、各都道府県の迷惑防止条例を使うことになるが、その内容は自治体によってバラバラだ。もともとパブリックな空間における「卑わいな言動」などの迷惑行為を処罰しようとした条例であり、規制の拡大には改正が必要だからだ。
具体的には、次の7つの空間のうち、規制の範囲をどこまで広げているかが重要となる。
(1) 不特定多数の人が利用、出入りできる公共の場所・乗物
例:道路、公園、駅、空港、飲食店、量販店、映画館、スポーツ施設、テーマパーク、ホテルのロビー、電車、乗り合いバス、船舶、航空機など
(2) 公衆が衣服の全部・一部を着けない状態でいる場所
例:温泉の浴場や脱衣場、海水浴場やプールの更衣室、衣料品店の試着室、駅や公園、コンビニ、飲食店、量販店のトイレなど
(3) 人が衣服の全部・一部を着けない状態でいる場所((2)よりも私的な空間)
例:住居内の浴室やトイレ、寝室、学校や会社の更衣室やトイレ、ホテルや旅館、民泊の客室、病院の診察室など
(4) 顔ぶれは決まっているものの、一度に多くの人が利用、出入りできる場所
例:学校や塾の教室、会社の事務室など
(5) 一度に利用、出入りできる人数は少ないものの、そのたびに顔ぶれが変わる場所
例:カラオケボックスやネットカフェの個室など
(6) 顔ぶれは決まっているものの、一度に多くの人が利用できる乗物
例:貸し切りバスやスクールバスなど
(7) 一度に利用できる人数は少ないものの、そのたびに顔ぶれが変わる乗物
例:タクシーなど
各都道府県の対応状況は?
今回のように塾の教室における盗撮を処罰するためには、少なくとも条例で(4)まで規制されている必要がある。
2021年1月現在における各都道府県の対応状況は、次のようなものだ。
(1)のみ:青森、岩手、埼玉、長野、広島
(1)(2):山形、鳥取、高知
(1)(2)(3):群馬、奈良
(1)~(4):宮城、石川、滋賀、愛媛、鹿児島、沖縄
(1)(2)(4)(6):栃木、佐賀、宮崎
(1)(2)(4)~(7):大阪
(1)~(4)、(6):秋田、福島、福井、福岡、熊本
(1)~(4)、(6)(7):新潟、富山、和歌山、山口
(1)~(7):北海道、東京、神奈川、千葉、茨城、山梨、静岡、愛知、岐阜、三重、京都、兵庫、岡山、島根、香川、徳島、長崎、大分
関東地方だと、現時点で(4)まで規制されているのは東京、神奈川、千葉、栃木、茨城だけだ。しかも、茨城は2020年4月、千葉は7月、神奈川に至っては11月施行の改正条例で対応したばかりだ。
埼玉も、ようやく2020年12月の議会で盗撮規制の範囲を(1)のみから(1)~(7)まで拡大する改正条例が成立したが、施行は2021年4月1日だから、それまでは現状のままだ。
大阪や山形など規制範囲を拡大するために条例の改正作業を進めている自治体がある一方で、広島など全く手つかずのままの自治体もある。
盗撮は性犯罪では?
このように、同じような場所で同様の盗撮に及んでも、ある自治体だと処罰でき、別の自治体だと処罰できないといった不合理な事態が生じている。
盗撮のためにカメラを設置したり、差し向けるといった準備行為まで処罰されるか否かや、特殊なカメラで衣服を透かして見ることまで規制されるのか否かについても、自治体によって判断はバラバラだ。
最高刑も懲役2年とか1年とか6ヶ月などと、自治体によって差がある。しかも、どれだけ重く処罰すべき事案でも、条例だと地方自治法の規定により懲役2年、罰金100万円が限界だ。
一方で、スマホの普及もあり、盗撮の検挙件数は10年前の2倍超に達しているうえ、実際に7割の事件でスマホが使用されている。いかなる空間における盗撮を罪に問うべきかについて、都道府県ごとに差を設ける合理的な理由などないし、その必要性もない。
2017年の刑法改正で性犯罪の厳罰化が図られた際、3年後に見直しを検討するとされていたことから、現在、暴行・脅迫要件の撤廃や性犯罪者に対するGPS装着の義務化など、さまざまな議論が進められている。
2021年には改正法案の形で具体化すると思われるが、盗撮についても、この機会に単なる迷惑行為ではなく「非接触型の性犯罪」ととらえたうえで、法律により全国一律に規制し、厳罰化を図る必要があるのではなかろうか。(了)
(注釈)
注1:現時点で規制の範囲が最も広いのは、2021年1月1日に改正条例が施行されたばかりの三重県。場所・乗物の制限がないので、県下のあらゆるところで盗撮が規制される。大阪府が2021年4月下旬の施行を目指して改正作業を進めている条例案も、同様にそうした制限を撤廃し、府下のすべての空間における盗撮を規制しようというもの。本来は自治体任せにせず、国が法律で盗撮罪を創設し、犯罪の成立要件を明確化することのほうが望ましい。
注2:宮崎と福岡は条例の中で場所のみならず乗物をも含む概念として「公衆の目に触れるような場所」という文言を使っている。北海道など(1)~(7)に対応している自治体が「不特定又は多数の者が利用するような場所及び乗物」といった文言を使っているのと比べると、あいまいさが残る。
注3:タクシーにつき、新潟と富山は「特定かつ多数の者が利用するような乗物」の一つとして、和歌山と山口は「不特定の者が利用するような乗物」の一つとして、条文で例示している。ほかの自治体の用例を踏まえると本来は後者が正しいが、新潟も富山もタクシーを規制対象にしていること自体は間違いなく、(7)に対応しているものとして分類した。