月曜ジャズ通信 1月のスタンダード総集編
スタンダードとは、ジャズで“定番”と言われている楽曲のこと。スタンダードを押さえておけば、ジャズをもっともっと楽しむことができ、理解を深める近道にもなります。
<総集編>では、<月曜ジャズ通信>で連載している「今週のスタンダード」だけを取り出して、まずはスタンダードからジャズってやつを楽しんでみてやろうじゃないか!――と意気込んでいる人にお送りします。
あ、別に「そんなに意気込んでないよ……」という人が読んでもぜんぜん構いませんからね。
※<月曜ジャズ通信>アップ以降にリンク切れなどで読み込めなくなった動画は差し替えました。
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♪エアジン
1954年のスタジオ・セッションで、マイルス・デイヴィスに呼ばれたソニー・ロリンズがもっていったオリジナル曲。このときの演奏はマイルス・デイヴィス『バグス・グルーヴ』に収録されています。
何語? と思ってしまう不思議な語感のタイトルは、ナイジェリア(Nigeria)を逆に綴ったものというのは有名な話なので、間違ってもジャズが流れているようなお店で得意気に披露しないように。
スタンダードとなるほど多くのミュージシャンに愛されたというのに、作ったロリンズ本人は自分のアルバムに収録せず、これ以降封印してしまったといういわくつき。
♪Miles Davis Quintet with Sonny Rollins- Airegin (1954)
これがロリンズのオリジナルにして唯一の音源。いや、もしかして気が変わったらライヴで演奏して、それが発表されるかも。でも絶対に出すなと厳命されていたりして。そこまで彼が拘る理由も聞いてみたい。なんとなくマイルスとスタジオでなにかがあったんじゃないか、などと想像してみるのもジャズを聴く楽しみのひとつなのですよ。
♪Maynard Ferguson-- "Airegin"
ギタリストのウェス・モンゴメリーによる演奏も有名ですが、ネットで探していたらメイナード・ファーガソンの音源が見つかったので、こちらを選んでしまいました。ギターに興味のある人はウェスも検索してみてください。
超速パッセージとハイノート、メイナード・ファーガソンの魅力が全開で楽しめる、ピッタリのナンバーだと言えるんじゃないでしょうか。
♪Manhattan Transfer Airegin
作詞者のジョン・ヘンドリックスは、インストゥルメンタル(器楽曲)に歌詞を付けるヴォーカリーズというスタイルを確立した名ヴォーカリストです。彼のヴァージョンが見当たらなかったので、こちらも名演として知られるマンハッタン・トランスファーによるヴァージョンをチョイス。
初演のトランペットとサックスのアンサンブルがヴォイスによって見事に表現されているところをジックリと聴きたいものです。
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♪アルフィー
この曲は、1966年公開のイギリス映画「アルフィー」の主題曲として作られました。作詞のハル・デヴィッドと作曲のバート・バカラックは1960年代から70年代にかけて数多くの大ヒット映画音楽を手がけた名コンビです。オリジナルを歌ったのはシェール。彼女は2010年公開の映画「バーレスク」でも存在感を発揮した名女優でもありますね。
ソニー・ロリンズとオリバー・ネルソンは映画のサウンドトラックにも参加し、ロリンズはオリジナル曲「アルフィーのテーマ」を作って自己名義のアルバムに収録しているのですが、映画とは関係がありません。これもまた、ジャズの七不思議のひとつです。
♪Dionne Warwick- Alfie
いち早くこの曲をカヴァーしてヒットを飛ばしたディオンヌ・ワーウィックのヴァージョン。ワーウィックはバカラック&デヴィッドの作品を数多く取り上げ、エンタテインメント界での地位を築いたと言ってもいいかもしれません。ちなみにネットでは彼女の従姉妹に当たるホイットニー・ヒューストンが歌っている「アルフィー」もあるので、聴き比べてみるとおもしろいかもしれません。
♪Bill Evans Trio- Alfie[1970]
ビル・エヴァンスがフィンランドのヘルシンキを訪れた際の映像で、おそらくテレビ用に収録されたものでしょう。冒頭ではエヴァンスがインタビューに答え、続いて演奏に入ります。なかなか貴重な映像です。
♪Stan Getz- Alfie
スタン・ゲッツがカヴァーした1967年の音源だと思われます。リチャード・エヴァンス指揮のストリングスをバックに、ほとんどメロディだけでこの曲を情緒たっぷりに表現してしまうゲッツのテナーが満喫できます。
♪Sonny Rollins- Alfie's Theme
これがソニー・ロリンズの書いた「アルフィーのテーマ」です。ジャズの名曲としてその名を残していますが、おそらく映画の主題曲としてはボツになっちゃったんじゃないでしょうか。だって、歌詞を付けづらそうですものねぇ……。ヌーヴェル・ヴァーグ側の映画だったらこれでよかったのかもしれません。
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♪アリス・イン・ワンダーランド
1951年にアメリカで公開されたディズニーのアニメーション映画「ふしぎの国のアリス」の主題曲(日本公開は1953年)。ルイス・キャロルの小説『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』をもとにミュージカル式のおとぎ話に仕立てられました。映画では、ボブ・ヒラード作詞/サミー・フェイン作曲のこの曲を混声コーラスで歌っています。
映画の印象が強いせいかヴォーカルものが少ないという噂は耳にしていましたが、探してみると本当に少ないようです。ただ、歌詞を確認してみると、うーん、確かに歌いにくいかも……。
一方で、ピアニストの名演は目白押し。
ということで、代表的な2曲と、ちょっと変わった1曲を紹介しましょう。
♪OSCAR PETERSON "ALICE IN WONDERLAND"
泣く子も“唸る”超絶プレイ炸裂のオスカー・ピーターソン動画。1983年にJ.A.T.P.で来日した際の映像ですね。J.A.T.P.はJazz At The Philharmonic(ジャズ・アット・ザ・フィルハーモニック)の略で、プロデューサーのノーマン・グランツが立ち上げたプロジェクト。全米から世界を回るコンサートを開催し、多くのライヴ盤も残っています。1983年はJ.A.T.P.のラスト・イヤーでもあったんですね。
♪Bill Evans Trio Alice In Wonderland
1961年6月25日の日曜日、ニューヨークのライヴハウス“ヴィレッジ・ヴァンガード”では歴史的なライヴが行なわれ、2枚のアルバムにその音源が収められました。そのうちの1曲がこれです。
原曲のムーディな曲調を排しながら、かといってワルツのリズムを強調しすぎず、絶妙のバランスでアンニュイな雰囲気を醸し出しているのは、さすがジャズ・ピアノの巨人と呼ばれたエヴァンスならではでしょう。
♪Lori Andrews, jazz harp ~ "Alice in Wonderland" live at Ford Amphitheatre
ジャズ・ハープ奏者のロリ・アンドリュースがオーケストラをバックに前のめりの演奏で魅せてくれる熱い熱い“アリス”です。
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♪オール・ブルース
スタンダード・ジャズと呼ばれる曲の大半は、20世紀前半のポピュラー音楽シーンすなわちブロードウェイ・ミュージカルやハリウッド映画の挿入歌がオリジナルとなっています。
「あれ、この曲って聴いたことがあるような気がするんだけど、ずいぶん印象が違うなぁ……」と思わせて、演奏者の世界へ引き込むことができるかどうかが、ジャズとしての矜持でもあったわけです。
しかし、なかにはジャズ由来ながら広く多くの演奏家に愛されるようになった曲も、少数ながら存在します。その1つがこの「オール・ブルース」です。
オリジナルは、1959年にマイルス・デイヴィスが自身の『カインド・オブ・ブルー』収録のために作った曲。“作った”と言ってもその名のとおり“ブルース”と呼ばれるアフリカン・アメリカンに歌い継がれてきた民族音楽的なモチーフを利用して、8分の6拍子の1小節に音符を2つずつしか使っていないというスカスカのメロディだけで展開するという、マイルスならではの手抜き――いや、合理的で戦略的なアプローチの曲として誕生しました。
どこが合理的で戦略的かといえば、当時(つまり1950年代後半)のマイルスが考えていたのはコードを目まぐるしく変えて速いパッセージを競うビバップの限界をどのように超えるかということで、その1つの結論に達したのが『カインド・オブ・ブルー』であり、コード・チェンジを重視しない「オール・ブルース」のような骨組みの曲だったということなのです。
コード・チェンジや速いパッセージを否定したからといって、マイルスが単純で簡素なサウンドを求めていたわけではなく、より自由に、より複雑に音楽を構築するために“よけいなものを取り去った”と解釈することがポイントです。
実際にマイルスの1957年の録音と1964年収録の『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』での演奏を比べてみても、演奏メンバーが異なるだけとは思えないサウンドになっていることがわかるでしょう。
♪Miles Davis- Kind of Blue- All Blues
マイルス・デイヴィスのオリジナルの「オール・ブルース」です。古典的なブルースは4拍子12小節というスタイルでしたが、8分の6拍子に変えることによって“古いジャズ”と一線を画していることを宣言しているとも取れます。そしてそこから生まれたサウンドが、“クール”という新たなジャズの潮流の基本となりました。
♪Miles Davis- All Blues 1964 Milan, Italy
前の1957年ヴァージョンとこの1964年ヴァージョンの違い、わかりますよね?
♪"All Blues" Dee Dee Bridgewater & Benny Green
ヴォーカルのヴァージョンも取り上げてみましょう。シンプルゆえに難しいこのメロディを、ディー・ディー・ブリッジウォーターは見事に表現しています。ベニー・グリーンのコードの付け方もマイルスの2つとはぜんぜん違っていますね。これがジャズのポスト・モダニズムの主軸となったサウンドと言っていいでしょう。
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♪オール・オブ・ミー
1931年に作られベル・ベイカーがラジオで歌い、その年の暮れにルース・エッティングがレコーディングしてヒット。翌1932年にはルイ・アームストロングが歌って大ヒットとなったのみならず、映画「ケアレス・レディ」にも使われて、1930年代を代表するばかりか、全アメリカン・スタンダードを代表する曲として知られるようになりました。
セイモア・シモンズとジェラルド・マークスの共作で、ともにアメリカの作曲家。シモンズはマークスの4歳年上ですが、ラジオ・プロデューサーとしても活躍していて、1920年代後半から30年代前半にかけてオーケストラを指揮しながらラジオ番組を作っていたようです。おそらくそのときにマークスが作っていた「オール・オブ・ミー」の原案をスウィングに仕立て直して放送したところ、反響が大きかったことからレコーディングしたのでしょう。
さらに、1952年のミュージカル映画「ミーティング・ダニー・ウィルソン」ではフランク・シナトラが歌って、これまた大ヒット。“キング・オブ・スタンダード”の地位を不動のものにしました。
♪All Of Me 訳詞付/ビリー・ホリデイ
この曲は“ジャズ・ヴォーカルの女王”ビリー・ホリディも早くに取り上げており、彼女の代表的なパフォーマンスのひとつに数えられています。
この動画は訳詞付き。しかも関西弁(どうやら神戸弁らしいですが)なので紹介するのを躊躇したのですが、聴き直してみると関西弁がビリー・ホリディの声にしっくりくるような気がしてきました。さて、いかがでしょうか(笑)。
バックでサックス・ソロをとっているのはレスター・ヤング。彼のあだ名である“プレズ(Prez)”は「(サックスを)代表する者=President」を略したもので、ビリー・ホリディが付けたと言われています。
♪Frank Sinatra Singing'All Of Me'
ミュージカル映画「ミーティング・ダニー・ウィルソン」でフランク・シナトラが歌っている動画を見つけました。
♪Tal Farlow & Red Norvo- All of Me
タル・ファーロウ(ギター)、レッド・ノーヴォ(ヴィブラフォン)、スティーヴ・ノヴォセル(ベース)というトリオによるヴァージョン。レッド・ノーヴォは1950年代にタル・ファーロウとチャールズ・ミンガス(ベース)というメンツでトリオを組んで一世を風靡しましたが、理知的な構築性がありながら情熱的にスウィングするそのサウンドがこのトリオの演奏からも感じられます。
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♪オール・オブ・ユー
「オール・オブ・ミー」に「オール・オブ・ユー」……。
うーん、紛らわしいですか?
こちらは“スタンダード界のマイスター”と呼ぶべきコール・ポーター作詞・作曲の1954年の作品。
1955年にミュージカル「絹の靴下」の挿入歌として用いられ、アメリカ人俳優のドン・アメチーが歌いました。1957年には映画化されてフレッド・アステアが歌い、レコーディングされています。
コール・ポーターについては映画「五線譜のラブレター」(2004年公開)でその半生が描かれていましたが、ホモセクシュアリティであったことが大きなポイントになっていました。
彼の創造の源泉がラヴ・パワーであり、そこから数々のラヴ・ソングが生み出されたことを正しく評価するには、ごまかすことが許されない事実だったからでしょう。
すなわち、この曲でポーターが使った“君”という一語にも、1950年代当時のアメリカでは公には語れなかった“忍ぶ想い”というニュアンスが漂っていて、それがまたジャズ・ミュージシャンの琴線に触れたことが想像に難くないわけです。
♪All Of You- Fred Astaire & Cyd Charisse (1957)
映画「絹の靴下」で「オール・オブ・ユー」が流れる場面です。歌っているフレッド・アステアは言わずと知れた1930~50年代のハリウッド・ミュージカルを担った名優。マキシ・スカートの下の美脚が想像される相手役のシド・チャリシーはソ連の文化委員という役柄なので、英語のイントネーションがヘンなんですね。
♪Miles Davis- All of You
舞台版「オール・オブ・ユー」のヒットに真っ先に飛びついたのがマイルス・デイヴィス。1956年9月にレコーディングしています。もしかしたら、CBSが映画公開に先駆けて仕掛けた企画だったのかな?
♪Keith Jarrett Trio- All of You
ピアノ・トリオによるヴァージョンは、1986年のキース・ジャレット“スタンダーズ”によるものをどうぞ。
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♪オール・オア・ナッシング・アット・オール
1939年に、当時人気を誇っていたハリー・ジェームス楽団のために書かれた曲です。
作詞・作曲はジャック・ローレンスとアーサー・アルトマン。どちらもソング・ライターとして活躍した人で、この曲に関してはローレンスが詞を、アルトマンが曲の土台を担当して、共作という感じで仕上げたようです。
ハリー・ジェームス楽団では、この年に専属契約を交わした新人のフランク・シナトラに歌わせようとこの曲を用意したのですが、リーダーのハリー・ジェームスのトランペットに配慮したアレンジだったため、シナトラはがっかりしたと後に語っています。その感想どおり、この曲はヒットに至らず、シナトラも翌年にはトミー・ドーシー楽団に移籍したのですが、そこで人気が出始め、1943年にいわゆるセルフ・カヴァーをしてリリースすると、これが全米2位を記録するほどの大ヒット。この曲の面目を一新するとともに、“シナトラ伝説”の記念すべき最初のエピソードとなりました。
♪Frank Sinatra Harry James Orchestra "All or Nothing at All"
ハリー・ジェームス楽団の伴奏で歌うシナトラです。いま聴くと、それほど悪くないと思うんですが、当時のシナトラはもっと甘く歌いたかったんでしょうね、きっと。
♪John Coltrane Quartet- Ballads- All or Nothing at All
20世紀を代表するジャズ・サックスの巨匠、ジョン・コルトレーンが残したバラードの結晶、その名も『バラード』収録のヴァージョンです。ちょっとラテンっぽくアレンジしているところが珍しいかもしれません。
♪Diana Krall- All or Nothing at All
ポスト“新”御三家のトップをぶっちぎりで走り続けているダイアナ・クラールが2001年12月にパリのオリンピア劇場で行なったライヴ映像です。ちなみにこのライヴはCDでもリリースされていますが、「オール・オア・ナッシング・アット・オール」はDVDにしか収録されていません。
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♪編集後記
<月曜ジャズ通信>のレギュラー版はちょっとお休みして、<総集編>を作ってみました。
というのも、レギュラー版は「あれもジャズ、これもジャズ」という、ジャズならではの特色を活かそうと、あえて新旧取り混ぜての構成にしてあるのですが、「それではちょっと取っ付きづらいかも……」という声が寄せられたからです。
「まずはスタンダードから」と、ジャズを聴いてみようかなという気になってくれる人が増えてくれればいいなぁと思って、この<総集編>を投入してみようと考えた次第。ザクッとまとめてスタンダードを楽しみながら学ぶことができるんじゃないかと思うので、ぜひご活用くだされ。
富澤えいちのジャズブログ⇒http://jazz.e10330.com/