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「10社の会社訪問より1回の家庭訪問」 女子大生が提案するこれからの子育て

小川たまかライター
「こそだてビレッジ」で行われた家族留学のスタートイベントの様子

■「ママのリアル」を知るための「家族留学」

保育所の増設、子育てと仕事の両立支援、男性の意識改革……。さまざまな支援体制による少子化対策が進められ、議論されているが、これからの子育てについて、未来の親である社会に出る前の学生たちはどう考えているのだろう。

働く母の取材記事や保育園に子どもを預けることの難しさについて記事を書くことがあるが、事実を伝えたいと思う一方で、「子育ての大変さを伝えるばかりでは、これから出産・子育てを考える若い層を悩ませてしまうのではないか」と思うことがある。「いまの女子大生が5年後安心して母になれる社会をつくる」ことをビジョンに掲げる学生団体「manma 」の存在を知ったのは、これからの世代は「子育て」についてどう考えているのかを知りたいと考えていたときだった。

「manma 」は活動の一環として、女子大生が子育て家庭を訪れる「家族留学」を2月から本格的にスタートする。主宰で慶應義塾大学2年生の新居日南恵さんによれば「manma」ではこれまで、ライフキャリアを考えるワークショップや、託児所へのインターンなどを企画・運営してきた。しかし、「『公の場』でのママを知るだけでは、ママのリアルはわからない」と気付いたことから「家族留学」を企画。昨年末から数人の女子大生が子育て家庭を訪れ、一緒に買い物や家事などを体験した。この体験をフィードバックしながら今後活動を拡大させていく予定だ。「家族留学」で学生たちはどんなことを感じたのだろう。

■「子育てはキャリアにとってマイナスなイメージがあった」

1月24日、大塚のシェアオフィス・シェアハウス「Ryozan Park大塚 」内にある「こそだてビレッジ」では「家族留学」のスタートイベントが行われていた。参加者は、「manma」が声をかけた女子大生や女子高生約25人、共催する子育て支援コミュニティー「asobi基地 」が声をかけた母親や父親、約10人。

参加者の子どもがときどき走り回ったり、歓声が響く中でイベントはスタートした。「家族留学」を体験したお茶の水女子大学2年生の青木さんが発表しようと前に出ると、3歳ぐらいの男の子が「パチパチパチ」と言いながら手を叩き、笑い声があがる。

「来年3年生になるということもあり、将来の仕事について考える機会が増えました。私はもともと出世もしたいし出張もバリバリこなしたいキャリア志向で、子育てって大変なイメージがありました。言い方が悪いかもしれないけれど、子育てはキャリアにとってマイナスなイメージ。自分自身ひとりっ子だし、子どもってそんなに好きじゃないし、子育てってどういうものかわからないから見てみたい。そんな気持ちで家族留学を体験してみることにしました」(青木さん)

都内で1歳と3歳の女の子を育てる家庭へ、週末に女子大生3人で「家族留学」した。当日のスケジュールは概ね次の通り。

・11時に、2人の子を連れたママと駅で待ち合わせ

・昼食の買い物に同行

・公園で昼食を食べ、その後4時間ほど遊ぶ

・夕方に夕飯の買い物 パパも合流

・夕食作りを手伝いながら、子どもと遊んだり、ママの話を聞いたり

・20時頃に解散

「私たちはベビーカーを押すのもコツが必要で一苦労だったのに、ママは子どもを1人抱っこして、もう1人の相手をしながら買い物をしていてすごいなと思いました。『仕事では得られない忍耐が身に付く』とも聞きました。子連れの買い物は思った以上に時間がかかるし、公園でも子どもが満足するまで待つ。私たちはすぐ疲れてしまったのに、子どもは全然疲れないんです(笑)。子どもがやりたいって言ったことを待ったり、ぐずらなくなるまで待ったり、確かに忍耐力が必要」(青木さん)

「最初は人見知りしていた子どもたちが1日の最後には懐いてくれて、かわいいなと思いました。公園で4時間も遊んでいられる子どものパワーってすごいですね。あと、ママから『私も出産するまでは子どもが好きではなかった』と聞いて、それでもちゃんと子育てしている人もいるということを知れて良かったです。仕事と子育ての両立は大変というイメージだったけれど、『仕事は子育てと違って自分のペースでできる。だから子育てが仕事の息抜きになることもある』という話を聞いて、そういう考え方もあるんだと思いました」(青木さん)

青木さんと一緒に家族留学をしたお茶の水女子大学2年生の高岡さんも言う。

「私は将来、子どもが生まれたら仕事を辞めてもいいかなと思っていました。でも、家族留学の体験を通して、子どもとずっと向き合うのって想像を絶するエネルギーが必要なんだなと。ママたちから育児中も『自分のコミュニティー』を持っておくことの必要性を聞いて、細く仕事を続けるのも、コミュニティーを持つ方法の1つだなと思いました」(高岡さん)

■「10社会社訪問するより、1つの家庭に訪問する方が学ぶことがある」

青木さん、高岡さんが家族留学をした家庭の父親Aさんもマイクを取った。この日、本当は妻が参加するはずだったが、子どもの1人が風邪を引き、看病する妻に代わりに参加したという。「欠席させてもらおうかとも思ったのですが、(風邪を引いていない方の)3歳の子が『もう1回お姉さんたちに会いたい』と言ったので」とAさん。

「夫が子育てに参加しないという理由で不和になる家庭もあります。家族留学はすごく意義があるので、この企画がもう少し広がって落ち着いたら、男子学生も参加するようになってほしいですね。『この人と結婚するかも』という彼氏がいたら、一緒に家族留学してみるのもいいのでは」(Aさん)

参加者からは「キャリアロールモデルの例はたくさん聞くけれど、他の家庭の文化に触れることはない。『こんな風に家庭ごとにルールがあるんだ。こんな工夫があるんだ』って知れることは新鮮。10社の会社訪問より、1社のインターンより、1つの家族を訪れる方が、自分の将来を考えるきっかけになる」という声もあがった。

スタートイベントでは、子どもと参加者が遊ぶ時間も設けられた
スタートイベントでは、子どもと参加者が遊ぶ時間も設けられた

■「子どもと触れ合う機会が多い人の方が子どもが欲しいという気持ちが強くなる」

核家族化、少子化が進み、大人になるまでに自分より年下の子どもに触れ合う機会がほとんどなかったという人は少なくないだろう。女性であれば子育てが出来て当たり前のように言われるが、自分が親になるまで、子育て中の家庭を間近に見る機会も少ない。自分がどんな子育てをするのか、子どもが生まれたら生活がどう変わるのか、イメージできるかどうかは大切なことだ。「manma」代表の新居さんは言う。

「男性でも女性でも、子どもと触れ合う機会が多い人の方が『子どもが欲しい』という気持ちが強くなると思うんです。自分が親になったときのことを想像できるし、『子育てって楽しそう』と思えるから」

今は、平日夕方からや、休日午前中からの「家族留学」がメインだが、今後は泊りがけでの留学も行っていきたいという。「寝かしつけの大変さや朝のバタバタを知らずに子育てはわからない」という声があったからだ。

ただ、「家族留学」を行う上で気を付けたいことは、まず女子大生と受け入れ家庭との間に「安心」をつくること。ベビーシッター文化、メイド文化の浸透していない日本では他人を家に招くことに抵抗感があったり、知らない相手に子どもを見てもらうことに不安を感じる人もいる。だからこそ、事前の活動としてママと学生が顔見知りになる機会を設けている。

「女子大生が5~6歳以上年上の女性と知り合いになれる機会は意外に少ないし、家に入れてもらう関係となるとなおさらです。だから女子大生と子育て家庭をつなぐことには意味があると思います」と新居さん。

■「自分の家族以外の家族を知ることで、見えてくることがたくさんある」

子育て家庭とそれ以外には目に見えない壁があるように感じられることもある。「子育て家庭の苦労は子育て家庭にしかわからない」、そんな断絶があっては、子育てしやすい社会にはならない。少しだけでも子育ての「思い通りにいかなさ」を知っているか、全く知らないかでは大きな違いがある。

また、「わざわざ他の家庭を見学しなければ、自分の子育てがイメージできないなんて」と思う人もいるかもしれない。しかし、自分の将来の子育てが不安だと感じることは、それだけ子育てについて真面目に考えていることの証拠でもある。

イベントを共同で開催した、子育て支援コミュニティー「asobi基地」代表の小笠原舞さんは言う。

「自分の家族以外の家族を知ることで、見えてくることがたくさんあります。何が正解で何が間違いということではありません。各家庭にはいろんなルール、文化がそれぞれあり、それを見たときに自分がどう感じたかが大事なのだと思います」

いろいろな考え方、育て方があっていい。子育てはやっぱり大変だけど、楽しいしアドバイスしてくれる「先輩」はたくさんいる――。それを早くから知ることは、これから親になる人たちを「子育ての不安」から解放する一つの方法なのではないか。「manma」の活動から、少子化を防ぐための方法は、新しい制度をつくったり、意識改革を声高に叫んだりするだけではないのだと知った。

これまで女性の働き方や子育てについて、多くの人に取材をしてきた。子どもを持つ母親や父親、専門家、子育てしやすい社会にするために活動する人など。取材を受けてくれた人も、その記事を批判する人も、多くの人が多かれ少なかれ不安や不満を持ち、現状に怒っていた。取材をするたびに誰かの怒りを感じ、最近は少し煮詰まりを感じていた。その怒りを解消する糸口は本当にあるのだろうかという後ろめたさ。

「manma」の新居さんは、私がこれまで子育てについての取材を行った中で一番若い。子育ての経験もない。しかし、「子育てを知らない」人が「子育てを知りたい」と言う姿には、素直で爽やかなエネルギーがあった。異なる世代の視点に希望も感じた。新居さんは「子どもを連れて出社できる会社があってもいいと思う」と言う。私はつい、「そんなのは無理。どれだけの課題があるか」と思ってしまう。でも、新しい働き方をまず想像してみなければ、それはいつまでたっても「ありえないこと」のままだ。子育て家庭と未来の母親をつなぐ家族留学の試みの先には、これからの子育て、働き方があるかもしれない。始まったばかりの活動の行方を見守りたい。 

<関連>

■新居日南恵さんインタビュー

「お母さんの自己肯定感は子どもに伝わる」―女子大学生が考え始めたこれからの子育て(ウートピ

リアルなママを見ないと実感できない―「母親になること」を考える女子大生が始めた少子化対策(ウートピ)

manma公式HP

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ライター

ライター/主に性暴力の取材・執筆をしているフェミニストです/1980年東京都品川区生まれ/Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット大賞をいただきました⭐︎ 著書『たまたま生まれてフィメール』(平凡社)、『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』(タバブックス)/共著『災害と性暴力』(日本看護協会出版会)『わたしは黙らない 性暴力をなくす30の視点』(合同出版)/2024年5月発売の『エトセトラ VOL.11 特集:ジェンダーと刑法のささやかな七年』(エトセトラブックス)で特集編集を務める

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