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英国の自主規制組織、設置から3年目に ー報道界との距離問われ続ける

小林恭子ジャーナリスト
出版メディアの自主規制・監督団体「独立報道基準組織」(IPSO)のウェブサイト

(「新聞協会報」10月11日号に「英国メディア動向 6」として掲載された筆者原稿に補足しました。)

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不当に扱われた人への支援機関

英国の新聞を含む出版メディアの自主規制・監督団体「独立報道基準組織」(IPSO)は9月、発足から2周年を迎えた。

IPSOは大衆紙による大規模な電話盗聴事件への反省を機に、事件解明に消極的だった自主規制組織「報道苦情処理委員会」(PCC)を刷新する形で設置された。

その使命は「プレスによって不当に扱われた人への支援」、「最高級の報道基準を維持する」、「基準が破られたかどうかを判断し、救済措置を提供する」ことだ(「プレス」はここでは新聞・雑誌及びオンラインのニュースメディアの総称)。

具体的な業務内容は

(1)報道既定の違反に関する苦情を処理

(2)規定が順守されているかどうかを調査

(3)内部告発用ホットラインの設置

(4)苦情を持つ読者と出版社の間に裁定サービスを提供ーーなど。

重大な規定違反があった場合、巨額の罰金を科す。PCCが新聞界との距離の近さを問題視されたことから、「プレス、議会、ロビー団体や個人による支配」から独立していることを掲げている。

元控訴院判事のアラン・モーゼズ卿がIPSOの委員長に就任し、12人構成の理事会は7人が業界外の人物だ。

10月から3年目に入ったIPSOの現況を見てみたい。

取り扱い件数は1万2000件以上

IPSOによると、9月時点で加盟するのは81の発行社だ。1503の印刷媒体、1165のオンライン媒体を発行する。

デイリー・メール、タイムズ、デイリー・テレグラフなどの全国紙と地方紙の大部分が加盟している。

加盟には出版社とIPSOが契約を結ぶ形をとる。ただし、全国紙の中でもガーディアン、インディペンデント、フィナンシャル・タイムズは加盟せず、独自の規制体制を構築している。

年次報告書によると、2015年にIPSOが処理した問い合わせや苦情は1万2278件。予算は年間238万8000ポンド(約3億1300万円)だ。予算はIPSOの会員社幹部で構成される「規制資金調達会社」(RFC)が決める。原資は加盟社からの拠出金だ。

15年に始まったのが、IPSOが苦情案件で関わった出版社による「報道規定」(IPSO内に報道規定委員会が置かれている)順守報告書の提出だ。

8月からは苦情を持つ読者と出版社の間の裁定サービス(業務内容の(4)にあたる)の試行を開始した。

報道既定自体も今年1月に改訂され、見出しと本文の適合の必要性、苦情処理の迅速な処理などが入った。オンラインニュースは制作が国外の場合もあり、これをIPSOがどこまで規制するかについては定められていない。

6月には内部告発用ホットラインの体制を改めた。以前はIPSO内部で取り扱い、電話の受付は日中のみだった。現在は犯罪事件の内部告発サービス「クライムストッパーズ」が手掛け、年に365日、1日24時間受け付ける。

独立性を問われる

IPSOの課題の1つとして、PCCとは異なり組織として独立していることを内外に示すことが挙げられる。

IPSO幹部らは9月中旬、下院の文化・メディア・スポーツ委員会に召喚されたが、質疑の中心はまさに独立性の問題でIPSO側はメディア界との距離を繰り返し追及された。

例えば、欧州連合(EU)の加盟是非をめぐる国民投票について、大衆紙最大手サンが「女王は離脱を支持」という見出し付きで報じた記事は本文にはそれを裏付けるような事実の言及がなかった。IPSOは記事への苦情を受け付け、見出しと本文が不適合と判断した。サン紙は判断を掲載したものの、記事については訂正も謝罪もしなかった。下院委員らはIPSOが訂正あるいは謝罪まで求めるべきだったとして、独立性の面から問題視した。

個人の私生活を暴くような記事を多発してきたデーリー・メールの編集幹部が報道既定委員会の委員長であることも問題視された。

発足の引き金を引いた大衆紙報道は忘れられておらず、独立性については今後も厳しく追及されそうだ。また、前身のPCCとは異なり自ら調査を行う機能を持っているにもかかわらず、「苦情が出てから行動を起こす」場合があったと批判された。

裁判外処理を試行

裁判による問題解決は高額の費用がかかることから導入された裁定サービスも、試行段階では苦情を申し立てた人が最低でも300ポンド強(約4万円)、発行社側は3800ポンド強(約50万円)を負担する必要がある。

委員会に出席したモーゼズ卿は「事前にもっと低料金で迅速に解決できる方法がないかを検討中」と答えている。

「活動資金額は十分」とIPSO側は答弁したが、IPSOの存在についてもっと広く国民に知ってもらいたいとも述べた。

一方、IPSOとは別の自主規制組織「インプレス」が2年前に発足し、40の発行社が加盟している。推定読者は約200万人。運営資金は当面、支援者からの募金による。今月、政府から公的認証が得られるかどうかが判明する見込み。認証されれば、加盟社は報道をめぐり訴えられた際の裁判費用などの支払いを免除される見込みだ。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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