「美味しんぼ」問題の時系列的整理
「美味しんぼ」問題の時系列的な流れ(5/14・午前7時まで)
4月28日に発売された、小学館の週刊少年向け雑誌「ビックコミックスピリッツ」22・23合併号に掲載された、同誌の連載漫画「美味しんぼ」における、福島県の震災・原発事故被害に絡んだ内容表現について、各方面から大きな反応(多分に反発)が生じている。その内容そのものについては各方面の「専門家」に任せるとして、今回は時系列的な動向推移の抽出や、同誌の現状把握などのデータ精査を行うことにする。
まずは今件の時系列的推移。5月13日時点では大よそ次のような流れとなっている。細かいものはすべて省き、また公人の動向においても主要なもののみを対象とした。
・2014年4月28日 ビックコミックスピリッツ22・23号発売
連載漫画「美味しんぼ」で福島県と鼻血、放射線被害を連想させる表現多数。
編集部釈明「綿密な取材に基づき、作者の表現を尊重して掲載」(「スピリッツ22・23合併号掲載の「美味しんぼ」に関しまして」)
・5月1日 スピリッツ編集部ツイッターアカウントにて「4月28日発売時点ですでに次号は制作済み(のためその号に関する各種対応処理は不可能)」「5月19日発売の25号と自社サイトで識者見解などを集約した特集記事を掲載予定」と声明(「スピリッツ編集部ツイッターアカウント内該当発言」)
・5月4日 原作者雁屋哲氏「反論は最後の回まで待て」「次回はさらに過激」(「反論は、最後の回まで,お待ち下さい(雁屋哲の今日もまた)」)
・5月7日 「美味しんぼ」に元町長が登場した福島県双葉町が公式に抗議声明(「「美味しんぼ」第604話に福島県双葉町が公式抗議」)
・5月8日 環境省、リリースで間接的に鼻血表現に対して否定的見解公知。浮島智子政務官が名指しで指摘、苦言(「「美味しんぼ」の問題描写に環境省も苦言」)
・5月9日 石原環境相、「美味しんぼ」の表現に関して公式記者会見上で苦言。「風評被害あってはならない」(「石原環境相、「美味しんぼ」を名指しで不快感表明」)
・5月9日 作品に登場した前双葉町町長井戸川克隆氏が記者会見。「実際、鼻血が出る人の話を多く聞いている。私自身、毎日鼻血が出て、特に朝がひどい。発言の撤回はありえない」。石原環境相の発言にも批判(「<「美味しんぼ」問題>前双葉町長が批判 石原環境相発言」)
・5月9日 雁屋哲氏「スピリッツ編集部に電話をかけたり、スピリッツ編集部のホームページなどに、抗議文を送ったりするのはお門違い」「書いた内容についての責任は全て私にあります」(「取材などについて(雁屋哲の今日もまた)」)
・5月10日~11日 5月12日発売予定号の早売り取得者の情報が広まる。宣言通り「さらに過激」。記載対象をがれき処理などへも拡大へ。
・5月11日 片山さつき参議院議員、ツイッターで政府内対応に関して言及。「美味しんぼの福島についての問題についても、週明けに政府内の対応を把握し、疑問をもたれた皆さんにご報告します。」(「片山さつき議員ツイッター該当発言」)
・5月11日 福島民友新聞、福島県が12日付で公式サイトに今件問題につき反論を載せる予定であることを報じる(「県があすにも見解発表 美味しんぼで反論も視野に」)。
・5月12日 ビックコミックスピリッツ24号発売。「美味しんぼ」で「福島に鼻血が出たり、ひどい疲労感で苦しむ人が大勢いるのは、被ばくしたからですよ」などの描写。
・5月12日 福島県、公式サイト上で「断固容認できず、極めて遺憾」と表明。4月30日付で小学館から内容などに関する問い合わせがあり、5月7日付で返答したことを発表。事実上の抗議声明(「週刊ビッグコミックスピリッツ「美味しんぼ」に関する本県の対応について」)。
・5月12日 大阪府、公式サイト上で5月12日発売号掲載分中の震災がれきに関する記述についてその内容を否定すると共に、大阪府及び大阪市は事前の取材は一切受けていないことを明らかに。同日、大阪府と大阪市は小学館への抗議を行ったことを表明(「漫画『美味しんぼ』での本府の災害廃棄物処理に関する記述について」)。
・5月12日 スピリッツ編集部、同日発売号掲載分につき見解を発表。「行政や報道のありかたについて、議論をいま一度深める一助となることを願って作者が採用したものであり、編集部もこれを重視して掲載」(「スピリッツ24号掲載の「美味しんぼ」に関しまして」)
・5月12日 菅義偉官房長官、午前の記者会見で「住民の被ばくと鼻血の因果関係は考えられない」と不快感を表明。また「政府として科学的見地に基づいて正確な知識をしっかり伝えていくのが大事だ」と発言。石破茂幹事長も記者会見で「評被害を払拭しようとする中で、それに逆行することは自制すべきだ」と言及(「菅官房長官も「美味しんぼ」批判 「被ばくと鼻血の因果関係ない」(スポニチAnnex)」)。
・5月12日 首相官邸ツイッターアカウント、「一部指摘」との表現を用いながらも今件問題を取り上げ、専門家評価を紹介して否定(「首相官邸公式アカウント 該当発言」)
・5月12日 福島県知事、講演会で作品内描写に対し「風評被害を助長するような印象で極めて残念」と不快感表明(「<美味しんぼ>福島知事「風評被害助長、残念」と不快感」)
・5月12日 自民党福島県県連、小学館に抗議文書を郵送したと発表(「週刊ビックコミックスピリッツ「美味しんぼ」に関する抗議」)
・5月12日 岩手県、12日発売号で言及のあった大阪の震災がれき処理で「各過程の空間放射線量率については全て受け入れの前後で値に変化はなく、安全に処理していることを確認」と言及(「漫画『美味しんぼ』での大阪における災害廃棄物の処理に関する記述について」)
・5月13日 閣僚から批判発言相次ぐ。根本匠復興相「漫画とはいえ、地元の不安や風評被害を招きかねない内容で、誠に遺憾」、森雅子消費者行政担当相「大きな影響力のある漫画が誤解を与える内容で大変残念だ」、太田昭宏国土交通相「言論の自由は大事だが、福島に住んでいる人の心情を理解する必要がある」、下村博文文部科学相「被ばくの影響については、科学的知見に基づいて伝えることが重要」(「美味しんぼ描写で批判続出 根本復興相「風評被害招く」(スポニチAnnex)」)
・5月13日 環境省、リリースを更新。具体的な作品名は挙げずも詳細な内容で今件への反論と状況説明を実施(「放射性物質対策に関する不安の声について」)
・5月13日 作品中登場・震災がれきと鼻血との関係を示唆した松井英介氏、「すべて事実。実際に異変を感じている人たちがいる」。原作者とは「4カ月にわたり「綿密な取材を受けた」」(「「美味しんぼ」登場の医師 「すべて事実。抗議は被災者に失礼」」)
【注】2014年4月14日正午以降の時系列的推移の情報更新は「「美味しんぼ」問題の時系列的な整理」にて行っています。
また、今件のような事象に何らかの影響力を持つ、あるいは行使が求められている方面の一つである日本雑誌協会は、同時期に(5月9日付)「出版物に軽減税率を求める声明(PDFファイル)」なる声明を発表している。その中では「すべての国民が、書籍・雑誌・新聞等の出版物に広く平等に触れる機会を持つことは、民主主義の健全な発展と国民の知的生活の向上にとって不可欠です。これは、生活必需品や医療等、国民の健康で文化的な生活を支える商品やサービスと同等な重要性を持つものです」と言及されている。
スピリッツの部数動向
続いて、掲載誌であるビックコミックスピリッツの現状を推し量れる、日本雑誌協会が四半期単位で発表している、印刷証明部数。これはその部数だけ印刷したことを第三者が証明した上での数字で、各出版社が発表している自称印刷部数よりも公正かつ生活な値であり、その雑誌のすう勢を推し量れる一番の指針ともいえる。
ビックコミックスピリッツ自身は1980年10月創刊。雑誌としての歴史上はもっと部数が上の時期が存在した可能性はあるが、現在容易にデータが取得できるのは2008年4月~6月期以降に限られる。その限りでは2008年7月~9月期の36.1万部がピーク。直近では19.7万部と半分近くにまで落ち込んでいる。もっともこのような右肩下がりを示すのはスピリッツに限った話では無く、多くの雑誌媒体共通の動向であることは、すでに多くの人が知る通りではある。
販売部数の低迷という状況に、曲がりなりにも長年連載を続け、アニメ化などもなされ、一定数のセールスが見込める(はず)の大御所的存在たる作品「美味しんぼ」とスピリッツ編集部、さらには小学館との力関係について、今件状況を推し量る際の材料の一つではある。もっとも今件のような監督官庁まで言及するような、大きな社会問題化されずに至らなくとも、似たような問題状況は過去にも何度となく生じており、編集部サイドなどが仮に「初めてなので対応に苦慮している」という説明をしても道理は通らない。
明日正式発売号でさらなる動きも
時系列表上にある通り、明日5月12日はビックコミックスピリッツの発売号であり、該当作品の続編も掲載される。早売り取得者の情報によれば、さらなる問題をかもす内容となっている。また福島民友新聞の報道通りなら、その発売を受けて福島県自身も反論・抗議の声明を行うことになっている。関係方面は今まで以上の対応を求められることになるだろう。
明日以降の動向に際する個人的な指摘として2つほど挙げておこう。1つは、仮に今後の作品上の展開で先行掲載分の内容を否定するような展開がなされる、あるいは「こんな夢を見たんだ」的なちゃぶ台返しをする、「このような考えを持つ人もいる」というお茶を濁したり自責を棚に置くようなストーリーを見せ、「反論は、最後の回まで待て」を実現したとしても、それは通用しない。
先行する形で語られていた内容、情報の波及力、大手出版社発行による20万部近い雑誌上での公言(商業誌として刊行された以上、編集部・小学館それぞれの編集了承許諾を得ていることになる)。これらの状況・条件からは、確実に「実害」を与えているのは明らか(双葉町の抗議文中にも具体例が多数示されている)。しかも誤認では無く、意図的な行為によってである。最後に「それはウソでした」とこれまでの話をひっくり返して公言しても、過去の影響が消えるわけでは無い。
もし仮にこの手法が許されるのなら「最後のちゃぶ台返しまでの期間はどこまでがセーフなのだろうか? 1年間放言を続けて最後に一行『全部ウソです』でも、虚言の数々は許されるのか」となる。一応雑誌にはいずれも「フィクションです」と毎号書き連ねてはいるが、今件作品のようなノンフィクションスタイルのものにおいては、それは通用しない。一般社会常識的に見ても、それは明らか。
この手法が許されるのは「先行情報のみで痛みを受けることが無い、あっても許容できるもの、倫理的に許されるもの」「あらかじめ結末が予測できる、あるいは別ルートで分かるもの」「明らかに作り話であって現実を想起させるものではないもの」ものに限られる。さらにいえば、人の恐怖をあおって注目を集め、その上で自己主張をする切り口は、詐欺師・山師と何ら変わりない。全国商業誌が率先して行う内容のものではない。
もう1つ。今件で仮に「表現の自由」を「美味しんぼ」サイドが持ち出して来たら、さらに問題は深刻な事態に陥る。もちろん「表現の自由」そのものにとってはマイナスとなる。「表現の自由」も含めた「自由」には必ず「責任」「義務」が生じる。それらが無い「自由」は「自分勝手」「自由奔放」「無法」に過ぎない。お腹が減ったので食事を摂るのは自由だが、食堂で料理を頼む、あるいはコンビニで弁当を買えば、対価を支払わねばならない。これが責任、義務。
表現の自由はある。しかしその表現には責任を持たねばならない。そしてその責任には、社会的規範やルールの順守も含まれる。昨今の動向はまさに、自由に連なる責任が発生しているに過ぎない。言い換えればこのような状態となり、「美味しんぼ」側にさまざまな意見が寄せられ「対応」を求められている状況まで含め、「表現の自由」が行使されていると見るべきである。
「自由」とは何をやっても良いことを意味しない。自由奔放な自由は、単なる無秩序な状態でしかない。雑誌サイドが常日頃から語り訴えている「表現の自由」は、そういう無法な表現を是とするものなのか!?……と疑われても仕方がなくなってしまう。繰り返しになるが、それは確実に、本来の「表現の自由」においてもマイナスのものとなる。
仮に「表現の自由」を言い訳に使ったら、の話であり、そうならないように願いたいものだが。
■関連記事: