新型リストラ? 電通の次なる一手
■「個人事業主」として働く厳しさ
「いい仕事をすれば、自然と仕事がやってくる。そんなキレイゴトを本気で信じている奴がいて、哀れだ」
これはある大手IT企業の社長経験がある方から聞いた話だ。IT企業のエンジニアが独立し、フリーランス(個人事業主)になって活躍する傾向は、以前からよく見られた。それが昨今は特に顕著だ。組織に縛られない、新しい時代の「働き方」を模索し、独立する若者が増えた。
しかし「長く続いても5年」だそうだ。
「お客様の都合でいったん仕事が切れたら、その次はどうする? 簡単に新しい仕事がとれるわけがない」
これまでは、過去に所属していたIT企業のときに関係をもったお客様からの引き合いで食いつないでこられた。ところが、それがなくなったら新規顧客をみずから開拓しなければならない。
営業コンサルタントである私には、わかる。
それがどんなに難しいことかを。一般企業の営業にだって簡単なことではないのだ。だから、すぐに新しい仕事は見つからないだろう。来たとしても単発のリーズナブルな仕事を請け負うことが多いはず。あたりまえだ。よほどの実力、知名度がない限り、企業が「個人」へ大きな仕事を託すわけがないからだ。
■電通の新制度は、どうか?
「新型リストラか?」
そう受け取ってもいいような、そんな策を電通が打ち出した。
電通は一部の正社員を「個人事業主」として働いてもらう制度を2021年1月からスタートさせる。営業や制作、間接部門など全職種が対象だ。まず2800名を対象に募集し、そのうち約230名を「個人事業主」として契約し直すという。
表向きは、「他社での仕事を通じて得られたアイデアなどを新規事業の創出に生かしてもらう考え」とあるが、新手のリストラ策ではないかと勘繰りたくなる。
そもそも「コロナの影響で営業利益が半減した」というニュースが11月10日にあったばかりである。そう受け止められても仕方があるまい。そうでなければ、なぜ「40歳以上の社員」を対象としたのか。なぜ新しい働き方に対して、もっと感度の高い若手を対象に入れないのか。疑問が残る。
他社の取り組みと比較してみよう。
「洋服の青山」を展開する青山商事は400人の希望退職を募った。タムロンが募った希望退職の規模は200人。従業員を3分の1にまで削減すると発表した近畿日本ツーリストも広く希望退職を募集する。
青山商事は「40歳以上」、タムロンは「45歳以上」、近ツーは「35歳以上」が対象だ。
そして電通は「40歳以上」である。しかし募ったのは希望退職ではなく「個人事業主」としての契約であった。
■凋落する電通のイメージ
電通の業績悪化要因は、コロナの影響で広告需要が落ち込んだからということだが、本当にそれが真因だろうか。
近年、電通のブランドイメージは急落している。2015年の「新人女性社員の過労自殺事件」から今年の「持続化給付金の中抜き問題」まで、企業イメージを損なわせる不祥事が次々と明るみに出ている。
かつての名門、電通の威光は陰りが見えるどころか、風前の灯火状態だ。だから、電通の将来に不安を抱く社員も多いのではないか。「新しい時代の働き方」「キャリアの複線化」を目的として、これを機会に手を挙げる電通社員もいるだろう。
冒頭に書いたとおり、営業やマーケティングに疎いエンジニアなら、個人事業主として独立しても、みずから仕事を獲得できず、うまくいっても5年や10年が限界か。
しかし一般企業の社員と比べ、電通社員なら当然「マーケティング」を熟知している。パーソナルブランディングに長け、人脈も豊富なタレント的な社員も多いことだろう。
そういう社員なら、絶好の機会かもしれない。
組織に縛られることなく、自分のアイデアで営業・マーケティングし、仕事の種類や規模によって、自在にプロジェクトチームを編成し、率いて、こなしていける。自分のペースで、やりたいことができ、金銭以外の報酬を得ることも可能だ。
いっぽう、電通のネームバリューにぶら下がっていた社員は厳しい。これまでは「電通」の看板があったから仕事が来たかもしれないが、その看板を失ったらどれぐらい勝負できるであろうか。
社内下請け的な仕事をしていた制作、間接部門の社員なら、なかなか「個人事業主」として独り立ちできないのではないか。そう心配してしまう。妙なプライドが邪魔をするからだ。
■電通にはメリットがあるか?
電通サイドにおいては、この制度のメリットは大きいと私は思う。
新会社を設立して業務委託契約を結ぶのだ。希望退職を募集したわけではない。リストラとしては認知されないし、「ぶら下がり社員」に対しては、電通の傘のもとで仕事をしてきたという事実、自分一人では何もできないということを嫌というほど思い知らせる機会にも繋がる。
この電通が編み出した新しい制度は、他の企業も真似できるのだろうか。同業の広告代理店であれば、採用できるかもしれない。いわゆる「高度プロフェッショナル」のような、高度な専門知識を持ち、一定の収入がある労働者を抱える企業であれば可能性はある。いきなり早期退職を促すより「個人事業主」として契約しなおしたほうが双方にメリットがある場合も、考えられるからだ。
IT企業のエンジニアや、監査法人の公認会計士などは、そういった対象としてはいい。本人も、いきなり「個人事業主」になるよりは、リスクが小さいだろう。
この電通の取り組みは、広告代理店をはじめ日本じゅうの企業が注目していることだろう。どこも業績が不安定であるし、高収入のベテラン社員の処遇には頭を悩ましているからだ。
不確実で、変動性の激しい時代である。正解はない。今後電通の新制度がアップデートされ続け、新しい雇用のカタチとして一定の評価を受けることを望む。