【江戸漂流記】海を越えた志、国を越えた生涯!万国を知る青年、開国の波に挑む
兵庫県播磨町の貧しい村に生まれた浜田彦蔵は、幼い頃に父を失い、異母兄とともに育ちました。
廻船業に憧れる少年時代を過ごし、嘉永3年(1850年)、和船に乗り四国へ渡る機会を得ます。
この初航海が人生の大きな転機となります。
同年、栄力丸の乗組員として江戸を目指す途中、暴風に遭い紀伊半島沖で難破。
太平洋を2か月漂流した末、アメリカ商船オークランド号に救助され、サンフランシスコへと渡りました。
異国の地で彼は教育を受け、英語や西洋の知識を習得。
カトリックの洗礼を受けた後、大統領フランクリン・ピアースやジェームズ・ブキャナンとも面会し、アメリカ国民として活躍しました。
1858年、日米修好通商条約締結を受けて日本への帰国を決意し、神奈川領事館の通訳として帰国します。
しかし、攘夷運動の激化で身の危険を感じ、一時アメリカへ戻ることになります。
再度帰国した彼は、英字新聞「海外新聞」を発刊し、時代の情報を日本にもたらしました。
その後、大蔵省で国立銀行条例の編纂や造幣局の設立など、経済発展に尽力します。明治30年(1897年)、東京で心臓病により没しました。
外国籍のまま亡くなった彦蔵の墓は青山外国人墓地に眠っていますが、彼の生涯は、鎖国から開国へ向かう日本において、国境を越える先駆者の象徴として語り継がれています。
波乱万丈の人生を通じ、未知の世界を切り拓いた彦蔵の足跡は、異文化交流の可能性を示しただけでなく、明治日本の礎に新たな光を投じたと言えるでしょう。
参考文献
山口修・中川努訳(1964)『アメリカ彦蔵自伝』平凡社〈東洋文庫〉