自らの社会貢献活動を大々的にPRし続けるリゾートホテル運営会社
ホテルと人
ホテルは我々にとって身近な存在だ。出張、観光旅行など旅には必要不可欠な施設であろう。旅人はそこで羽を休め明日への英気を養う。ホテルには様々なタイプがあり、煌びやかなラグジュアリーホテル、ウェディングやバンケットなどでお馴染みのグランドホテル、宿泊に特化したビジネスホテルなど様々だ。いずれも共通しているのは“宿泊する場所”という点であり、それがホテルの基本的な機能といえる。
利用者としては、旅のシーンでセレクトするホテルカテゴリーが異なるのは一般的だ。経費節減の出張旅にはビジネスホテル、都会で非日常体験を愉しみたい時のシティホテル、ゆったりと優雅に時間を過ごしたいリゾートホテルといったように、選ぶホテルで期待するクオリティやサービスも異なるだろう。中でも、多様な設備を有しつつ提供するサービスが多岐にわたるシティホテルやリゾートホテルではゲストの期待値も高く、概して高レベルのサービスが求められる。ゆえに、より“人”がフォーカスされる業態ともいえる。
確かにヒューマンウェアという点からみると、サービスの提供はホテルにとって最も重視する事柄であり、行き着くところホテルは人(スタッフ)だと語るホテル関係者は多い。ホテルへ出向くと、その華やかな表舞台でサービスの提供に勤しむホテルスタッフの姿を我々は目にする。お客も様々、時にはゲストからのコンプレインを受けることもあるだろうし、より良いと思えるサービスを受ければ、ありがとう!と感謝の気持ちが芽生え“いいホテルだった”とゲストに思い出が残る。
結局、我々は旅人でありホテルは通過点のひとつというわけだが、そこに留まり働き続けるスタッフがモチベーションを維持し続けることや、魅力的な人が多い秘密なども含め、その舞台裏に何があるのかはいち宿泊者にはなかなか想像し難い。
あるリゾートホテル運営会社の社会貢献活動
ホテルと人にフォーカスした時、他に類を見ないアプローチなどから注目すべきホテル運営会社を紹介したい。ラグジュアリーな施設などの運営で知られるKPG(株式会社カトープレジャーグループ)の中でも九州・沖縄エリアを運営するKPG HOTEL&RESORT(長崎県長崎市)は、沖縄で4件、長崎に1件、佐賀唐津に1件のリゾートホテルを運営する従業員数約1200名の企業である。
同社を率いるのが取締役社長兼COO田中正男氏だ。同氏は国内外様々なホテルで要職を務めた後2013年にKPG HOTEL&RESORTの沖縄統括支配人に着任、取締役社長に就任後はホテル運営のみにとどまらずCSR(企業としての社会貢献活動)にも積極的に取り組んでいる。筆者がKPG HOTEL&RESORTを知ったのも、ホテルガイドの仕事というよりはCSRを通してであったが、同社の社会貢献活動は同業他社では類を見ない内容だ。
難病の子どもと家族をホテルへ受け入れる“ウィッシュバケーション”をはじめ、九州盲導犬「友の会」の受入れ、LGBTイベントへの参加、LGBTの挙式、児童養護施設・福祉園でのクリスマスパーティーやプレゼントのほか、就職支援など、ホテルという特性を生かした多様な活動は枚挙に暇が無い。このようなホテル運営会社のCSRは、ホテルで働く人にどのようなインパクトを与えているのかも気になるところだ。
同社のフラッグシップホテルである「カフー リゾート フチャク コンド・ホテル」(沖縄県国頭郡恩納村)で田中氏にインタビュー取材へ応じていただいた。同ホテルは“夕陽が綺麗なホテル”として知られ、ハード・ソフトも含めOTAの口コミでも高評価のホテルである。
ホテルマン田中とCSR
田中氏がホテルマンとしてCSRに関心を抱いたのは、フィジーのホテルで総支配人として多忙な日々を送っていた時だった。尊敬するニュージーランド人の元上司から 「Masao、社会貢献活動はやっているのか?」と問われたという。当時から小児がんの子どもを集めたキャンプなどをやっていたのでそう答えると、その元上司からは意外なレスポンスがあった。そのような活動をしていることをPRESSで出して社会へ周知させているか?というのだ。「いや、そうしたことはしていない」と田中氏は答えた。そういうことはそっと裏で行うべきであると思っていたし、宣伝的に利用するようなことには違和感もあった。
「(利益を一部還元し)社会貢献活動していることが周知されることで、初めてインターナショナルホテルの総支配人として世間から認められる」という元上司の 言葉は記憶に強く刻まれたと話す。CSRについては企業の社会的責任という観点からもちろん承知していたが、そうした活動をいかに広く知ってもらうのかの重要性について、海外のホテル総支配人であった当時に田中氏は深く認識したという。沖縄に帰ってきた田中氏は、140万人のうち20万人が観光業に従事する観光立県という割には観光業による社会貢献活動の少なさを感じたという。
路上の清掃活動やビーチクリーニング、大学への寄付など取り組むホテルや組織もあったが、それらの周知も含め物足りなさを感じたという。田中氏は、KPG HOTEL&RESORTとして出来ることはないかと模索をはじめた。結果として数々の活動を実行していったが、それらは会社内で完結することはなく、他の団体との協働など地域を巻き込んだスケールへと発展していくことになった。フィジーでの元上司から の言葉を思い起こし積極的に情報発信、地元のメディアで取り上げられることが多くなっていく。
意外なところからの評価
意外だったのは、地元の金融機関などから「そうした活動に積極的に取り組む信頼できる会社だ」と評価されるようになったことだ。周囲からは“自社やホテルの宣伝に社会貢献活動を利用している”と揶揄する声も聞こえてきたが、会社の認知度や企業価値を高めることがCSRでは重要という田中氏の一貫した姿勢は揺らぐことはなかった。
当然、経済的価値は会社にとって大事なことであり、増収増益し利益を増やしていくことが会社の目的であることは当然だ。一方で、CSRにより直接的な増収は見えないが、顧客をはじめ、取引先、金融機関、株主といったステークホルダーとの強い信頼関係が構築されていった。「会社のブランディングアップで見えない将来的な利益を獲得している」と田中氏は確信に満ちた表情で話す。
ステークホルダーという意味では、CSRはホテルスタッフである“従業員のマインド”にも変化をもたらした。ホテルスタッフには現場の一線で日々高いレベルのサービスを提供し続けている者も多い。ホテルの評価や善し悪しはスタッフのホスピタリティ・マインドの醸成がキーになるだろう。そうした点からも「CSRは従業員のためでもある」という田中氏。日々のルーティンに流されることなく、スタッフが誇りを持って働けるような会社にならなければいけないという。
自社が積極的にCSRを実践し巷間に周知されることは、同時に会社が社会から厳しく見られていることに繋がる。CSRは良いがその肝心の会社はどうなのか?という問いだ。たとえば、従業員でいえば企業が持つ責任についても明確化されなくてはならないことを田中氏は重視しているが、女性参画、ダイバーシティという観点や、育児休暇取得率や女性・女性管理職の雇用比率といった点からみても、同業他社と比較して群を抜いた数字を誇っている。
良い人材の応募が増加
さらに人事という点でいえば「CSRで知られるようになってから良い人材の応募が増加してきた」とその成果を語る。賃金については、同業他社と比較してもかなり高い賃金体系という。具体的な数字は控えるが、データを確認したところ他社平均よりも全体で10パーセントから高水準のスタッフになると30パーセント以上は高い。
「社会貢献にお金を使うならコッチの給料上げてくれよと言われないようにしないと」と田中氏は冗談交じりに話す。無論、会社に合わず離職した者もそれなりにいるのは言わずもがな。ただ田中氏が着任しCSRの拡充と業績がリンクしていることは客観的データから見ても明らかだ。
KPG HOTEL&RESORTを例として、同社のCRSについて考察してきたがまだまだ課題は多いという。たとえばCSV(社会課題を解決しつつ会社の増収増益も図るというモデル)というアプローチからいえば、社会課題の解決と経済的価値の同時実現という点をはじめ、CSRのKGI(重要業績評価指標)やKPI(重要目標達成指標)についても同様で、定量的な判断(明確な判断基準)のためにどのように成果を数値化していくのかという問題も意識しているという。
そうしたベースの拡充も終局的にはホテルスタッフが安心して働けることに繋がり、ゲストへ提供するサービスの根幹へかかわっていくのだろう。KPG HOTEL&RESORTの社会貢献の先にあるビジネスと社会問題の解決の両輪はまだ回り始めたばかりだ。
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最後に田中氏へ何歳まで働くのか訊ねてみた。「来年60歳だが、会社が許してくれる限り、65歳ぐらいまでは社長を続けさせていただき、次世代のマネジメント育成に力を注ぎたい」という。一方で、同社のCRSは田中氏のリーダーシップで推し進められているのが実情だ。CSRにとって重要な問題のひとつとされるのが“継続性”であるが、田中氏はこうした点でも常に危機感を抱いていると話す。
個人的にSNSの活用も重視しているといい、田中氏のSNSにはCSRも含め今日も多彩な活動がアップされている。とにかく知ってもらうことの重要性をひしひしと感じてきたホテルマン人生。そんなSNSを見て「田中さんのところで働きたい」という人から連絡が来ることも多い。