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朝起きてだるかったら有給を取ってよい

田上嘉一弁護士/陸上自衛隊二等陸佐(予備)
(写真:アフロ)

炎上して削除されたマイナビ ウーマンの記事

さる1月25日、マイナビ ウーマンにおいて、「意味わかんない!『社会人としてありえない』有給取得の理由7つ!」という記事が掲載されました。

現在は、「法的趣旨を誤解させる表現がございました。内容が不適切と判断し、該当記事を削除させていただきました。読者の皆様に深くお詫び申し上げます。」ということで、該当の記事が削除されています。

というわけで今ではもう読むことができませんが、この記事では、以下のような理由で有給を取ることは、社会人としてありえないということで列挙されていました。

(1)寝坊したから

(2)二日酔いがヒドいから

(3)やる気が出ないから

(4)彼氏と大ゲンカしたから、振られたから

(5)体が痛いから

(6)天気が悪いから

この記事が公開された直後から、あっちこっちから「何言ってんだ」「法律上の権利だということをわかっていないのか」「転職サイトがこんな記事を掲載するなんて」と集中砲火を浴びて、削除にいたったわけであります。

年次有給休暇は労働者の権利である

ひょっとしたら誤解している方もいるかもしれませんが、基本的に企業と労働者とは、労働契約という雇用関係における対等な契約当事者です。

そして、年次有給休暇は、労働基準法39条で認められた労働者の権利です。この権利を行使するにあたっては、使用者の承認や許可などまったくもって不要ですし、ましてや権利行使に理由など必要ありません。ましてやこの権利は一定期間就業すれば与えられるものであって、何かの義務の対価で与えられるわけでもありません。

「朝起きてだるい、気分が乗らない、やる気がでない、、、という理由で休むなんて!」と怒っている人たちがいますが、そもそも「朝起きてだるかったり」「気分が乗らなかったり」「やる気がでなかったり」するときに「自由に休んでいいよ!」というのが年次有給休暇という制度なのです。有給取得に怒るのは勝手ですが、怒るのであれば有給を取った人ではなく法律に怒りましょう。

もちろん周囲に迷惑をかけるのはよくないことですし、バカ正直に「寝坊しました」「今日は気分が乗らない」と会社に告げる人もいないでしょう。そうした話と法律上の制度の話は分けて論じるべきです(このあたり、なぜかどうしても理解できない人たちがいるのです)。また実際に仕事の成果が出ていれば問題はないはずで、有給を取ったことで仕事上の不利益を与えることはあってはならないことです。

なお、使用者側は、労働者側の年次有給休暇に対し、時季変更権を行使することもできますが、これはあくまで例外的なもので、「事業の正常な運営を妨げる」事情があれば、使用者は、請求があった日を別の日に変更することができることになっています。

「事業の運営を妨げる」とは、事業の内容、規模、労働者の担当業務の内容、業務の繁閑、予定された年休の日数、他の労働者の休暇との調整など諸般の事情を総合判断する必要があり、日常的に業務が忙しいことや慢性的に人手が足りないことだけでは、この要件は充たされないと考えられています。判例もあります(時事通信社事件・最三小判平4年6月23日)。

というわけで、マイナビ ウーマンの記事はまったくもって法律的に間違いだらけのものなので、こうしたものはせいぜいがマナーとか常識といった程度のものでしかなく、このようなものを強要するのは「我が社はブラック企業です」と自ら宣言するのに等しいため、批判されるのは致し方ないところです。せっかく安倍内閣が「働き方改革」で、諸外国より圧倒的に年次有給休暇の取得を促進しようとしているこの時期にまったく馬鹿な記事を書いたものです。

記事に対する反応で解る法制度の理解度

こうした会社を擬似家族とする終身雇用システムが作り上げられたのは、石原莞爾、宮崎正義らの日満財政経済研究会の構想、それを受けた岸信介、美濃部洋次、秋永月三ら企画院を中心とする革新官僚による、戦時下における統制経済・国家社会主義の名残です。この時期に、資本と経営が分離し、資本市場による直接金融製からメインバンクによる間接金融制へと移行し、ホワイトカラーとブルーカラーの格差が消滅して「従業員」が生まれ、流動性の高かった労働者が終身雇用制度へと取り込まれていきます。この日本型雇用システムは戦後の高度経済成長期においてはおそろしく機能しましたが、その基礎は戦時下において完成されたのです。

実は、私も、当初このマイナビ ウーマンの記事を見たとき違和感を覚えたので、Facebook上で「有給は権利なのだから、『今日は気分がのらない、だるい』と思えば取ればいいのです」と投稿してみました。そうすると、「権利だけ主張して義務を果たさないのはおかしい」「そんな理由で休んでいたら仕事にならない」「そんな理由で有給をとっていたら干されるぞ」「弁護士は本当は労基法にはくわしくない」といったようなコメントが付いたのです。これは上記に書いたようにせいぜいが他人に迷惑をかけないったようなマナーのレベルの話です。そのマナーを守ること(場合によっては主観的なものもあります)を過度に他人に期待するのは無理というものでしょう。

未だに「有給とるならちゃんとした理由をいいなさい」といったり、上記のような社会常識を上から目線で説くようなコメントをしてしまったりするのはこの時代の統制的な発想が残っているのかもしれませんが、法制度の理解という点では0点です。その意味で今回の記事を巡る事件は、その理解度をはかるちょうどいいリトマス試験紙だったのではないかと思います。

(2月1日:ご指摘を受け、一部修正しました。)

弁護士/陸上自衛隊二等陸佐(予備)

弁護士。早稲田大学法学部卒、ロンドン大学クィーン・メアリー校修士課程修了。陸上自衛隊三等陸佐(予備自衛官)。日本安全保障戦略研究所研究員。防衛法学会、戦略法研究会所属。TOKYO MX「モーニングCROSS」、JFN 「Day by Day」などメディア出演多数。近著に『国民を守れない日本の法律』(扶桑社新書)。

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