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米朝舌戦の結末に対して、中国がカードを握ってしまった

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
北朝鮮に軍事報復を示唆するトランプ米大統領(写真:ロイター/アフロ)

 もし北朝鮮が米国領を先制攻撃して米軍が報復した場合、中国は中立を保ち、米軍が先制攻撃すれば中朝軍事同盟を守ると表明。習近平は電話会談で「緊張を高めず、対話によって解決すべき」とトランプに強調した。

◆庶民:「トランプの言葉が、あの金正恩レベルに!」

 中国の一般庶民の間では、北朝鮮の金正恩委員長は「まともではない」として、一般に「金三胖(ジンサンパン)」(三代にわたって世襲したデブ)と呼ばれている。

 一方、トランプ大統領に対する評価も、思いつきで放ち続けるツイッターに対して、やはり「まともではない」という印象を抱いており、この手の写真などがあちこちで使われている。たとえば、これなどがある。

 今まではアメリカには一目置いてきた中国大陸のネットユーザーだが、トランプ政権になって以来、大国としての貫録も威厳もないとして、相対的に中国国内における習近平国家主席に対する評価が高まる結果を、一部ではあるが招いている。

 そこへ現れた今般の「トランプvs.金正恩」の舌戦。

 中国語では「口水戦」(唾を飛ばしながら罵倒し合う戦い)という言葉が多く使われているが、鋭い論理性の高い舌戦ではなく、負けん気の強い幼稚園生が互いに「お前の母さん……!」といったレベルの罵詈雑言を発して、終いには取っ組み合いの喧嘩をするという類の光景として、この「舌戦」を茶化している。

 イラストとしてはこのようなものもあるが、「本心は仲良くしたいんだろう?」という意味で、このようなイラストもある。

 また中国大陸のネットには「中朝軍事同盟なんか破棄してしまえ!」「なんでわれわれの税金で金三胖を守らなければならないんだ!」といったコメントが飛び交う。

 こういった庶民の心情も考慮したのか、秋に5年に一度の党大会を控えている中国は、北朝鮮に対して大胆な決断を表明した。

◆中国政府:北が先制攻撃なら中朝軍事同盟を無視

 中国政府の基本的見解としては、あくまでも、これまで何度も書いてきたように「双暫停」だ。「双暫停」とは、繰り返しになるが「北朝鮮は核・ミサイル開発の挑戦をやめ、同時にアメリカは米韓合同軍事演習を暫定的に停止して話し合いのテーブルに着け」という「米朝方が定的に止せよ」の省略語である。中国は北朝鮮の核・ミサイル開発には絶対に反対だが、同時に韓国におけるTHAAD(サード)配備や米韓軍事演習にも絶対に反対だ。この基本方針は今年4月以降、ロシアと共有することになった。

 しかし今般、米朝舌戦がエスカレートする中、北朝鮮が米国領グアム海域へのミサイル攻撃計画を発表した。それを受けて、8月11日、中国共産党機関紙「人民日報」の姉妹版「環球時報」は、以下のような社説を掲載した。

 ●北朝鮮に対する警告:もし北朝鮮がアメリカ領を先制攻撃し、アメリカが報復として北朝鮮を武力攻撃した場合、中国は中立を保つ。(筆者注:即ち、中朝軍事同盟は無視する。これは北朝鮮にとっては脅威。)

 ●アメリカに対する警告:もしアメリカが米韓同盟の下、北朝鮮を先制攻撃すれば、中国は絶対にそれを阻止する(筆者注:これは中朝軍事同盟に従って北朝鮮側に付くことを意味する)。中国は決してその結果描かれる「政治的版図」(朝鮮半島が米韓によって占領されること)を座視しない。(筆者注:米中が戦争となれば、アメリカ経済には大きな打撃。中国依存度が高いから。アメリカは中国を相手に戦争をしたいとは思っていない。また中朝露とアメリカが戦うことになれば、第三次世界大戦に発展する。)

 ●中国は朝鮮半島の核化には絶対に反対するが、しかし朝鮮半島で戦争が起きることにも同時に反対する。(米韓、朝)どちら側の武力的挑戦にも反対する。この立場において、中国はロシアとの協力を強化する。

◆中国がカードを握ってしまった

 この声明は、何を意味するのか。

 それは、米朝両国に「中朝軍事同盟」というカードを用いて警告を与え、北朝鮮を中心とする北東アジア情勢動向のカードを、中国が握ってしまったことを意味する。北朝鮮は160数か国と国交があるが、軍事同盟を結んでいるのは中国のみ。中国はこの軍事同盟を逆手に使って米朝両国に警告し、両方が軽率には軍事的に動けないようにしたことになる。こうなると中国が主導権を握ることになるのだ。

 筆者が以前、日米が先に対話路線を模索する方が賢明だと書いたのは、この事態を避けたかったからだ。中国が北朝鮮の唯一の軍事同盟国であるという事実は、枕詞のように付けている「(経済において)北朝鮮の後ろ盾になっている中国」という、あまり正確でない言葉よりは、ずっと強力なのである(経済的には、統計に出ない、数多くの国交のある国と北朝鮮との間の闇取引による収入が圧倒的に大きい)。

 くり返しになるが、そもそも朝鮮戦争を起こしたのは北朝鮮だが、朝鮮戦争の休戦協定を破ったのはアメリカと韓国だ。韓国が「休戦なんかしたくない」と駄々をこねて、アメリカに休戦協定を破らせた(詳細は『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』の第三章「北朝鮮問題と中朝関係の真相」に)。

 だからアメリカには北朝鮮問題に終止符を打つ義務がある。北朝鮮があまりに「ならず者国家」となっているため、その真相さえ見えなくなっているが、この事実を直視しない限り北朝鮮問題の着地点はない。

 巻き込まれただけの日本こそ、トランプに忠告すべきだった。そうしなければ、北東アジア情勢に関しても、中国が主導権を握ってしまう。いま米朝を左右できるカードは、中国の手に渡ってしまった。もう、手遅れになったことは、米中首脳電話会談で明らかになりつつある。

◆習近平&トランプの電話会談

 カードを握った上で、日本時間12日、習近平とトランプは電話会談を行なった。CCTVは大きく報じた。これはトランプが習近平にした電話で、CCTVでは概ね以下のような順番で伝えている。

 習近平:私と大統領は先月ドイツのハンブルグで、とても素晴らしい会談をすることができました。われわれは中米両国の指導者として、共通の問題に関して緊密な連携を保ち続けましょう。対話と交流を通して、各領域における問題を解決し、中米関係の安定的な発展を遂げることは非常に重要です。中国は総統先生(大統領)が年内に中国を正式訪問なさるよう、準備万端を整えて、お待ちしています。

 トランプ:ハンブルグで習近平主席と再びお話をすることができたのは、誠に嬉しい限りです。私と習主席が重大な問題に関して常に緊密な連携を取り合って協調し、米中両国が各領域で交流を深めていくことは非常に重要です。現在、米中関係は非常にうまくいっており、この後もさらに良好な発展を遂げていくと信じています。私は中国を国事訪問することをとても楽しみにしています。

 習近平:中米両国は、朝鮮半島非核化を実現するために、朝鮮半島の平和安定を維持するという点において共通の利益を有しています。現在、各関係者は抑制的に行動し、朝鮮半島の緊張を高めるような言動を慎まなければなりません。朝鮮半島の核問題を解決するというとこは、結局のところ、対話と政治的解決という大きな方向性を堅持しなければならなりません。中国は相互尊重の基礎の上に、アメリカと連携を保ち、ともに力を合わせて朝鮮半島核問題の適切な解決を推進していきたいと思っています。

 トランプ:中国が朝鮮半島の核問題に関して役割を発揮していることを十分に理解しています。アメリカはこの後も継続して、共通の国際的および地域的重大な問題に関して中国と密接な連携を保ち続けたいと思っています。

 「軍事的解決の準備完了」とツイッターでつぶやきながら、CCTVによれば、トランプは一方では、こんなきれいごとの会話をしているようだ。大勢を決めるカードを、中国が握ってしまったことをトランプは認識したからなのだろうか。

◆水面下では米朝接触?

 もっともトランプは、自分は世界最大の平和主義者だと言っているようだし、8月3日のコラム<ティラーソン米国務長官の「北朝鮮との対話模索」と米朝秘密会談>で書いたように、米朝は相変わらず水面下の接触を続けている。8月11日に、現役の米朝政府当局者がニューヨークの外交ルートを通して対話していると、CCTVは動画まで流して伝えている。もはや水面下ではない。

 事実関係を聞かれたトランプは、ノーコメント。ヒットアップする米朝双方の舌戦は、有利な対話へ持っていくための準備運動なのかもしれない。少なくとも、それを主導した者が、今後のパワーバランスを決めていくのは確かだろう。

 ドイツのメルケル首相もロシアのラブロフ外相も、「武力衝突に向けてヒートアップすべきでなく、より強く、より賢い者が先に引くべきだ」という主旨のことを言っている。

 その通りだ。「誰がより賢いか」によって「誰がより強いか」が決まり、結果、「誰が世界を制覇するか」が決まる。

 ただ、8月21日からは又もや米韓合同軍事演習という、新しいフェイズに入る。情勢を見守りたい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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