ティラーソン米国務長官の「北朝鮮との対話模索」と米朝秘密会談
ティラーソン米国務長官が1日、ある時点で北朝鮮との対話を望むと表明した。米朝間では水面下の「トラック2外交」が早くから行なわれているが、休戦協定を平和条約に持っていくための交渉の裏側を考察する。
◆ティラーソン米国務長官発言の背景
8月1日、ティラーソン米国務長官は「アメリカは北朝鮮の政権交代を目指しておらず、ある時点で同国と対話することを望んでいる」と表明した。ワシントンのロイター電が伝えた。もっとも、「北朝鮮が核保有国にはならないと理解することが前提になる」としてはいるが。
ドナルド・トランプ氏は大統領選挙期間中の昨年6月に共和党の指名候補に確定したときの演説で「彼(金正恩)がアメリカに来るなら受け入れる」と、金正恩(キム・ジョンウン)の訪米を歓迎する意向を示した。反論に対しては、「仮に会談が実現した場合でも、公式の夕食会はやらない。会議用のテーブルでハンバーガーでも食べればいい」とかわしている。その後も何度か金正恩(キムジョンウン)と会ってもいいという類の言葉を発してきた。
大統領当選後は、4月30日の米CBSテレビの番組で、「金正恩委員長は、なかなか頭の切れる奴だ(pretty smart cookie)」と讃えたり、5月1日には、アメリカの通信社、ブルームバーグから受けたインタビューで「もし私が彼と会うのが適切な状況下であれば会う。そうできれば光栄だ」と述べている。
適切な状況とは何かというと、基本的に「北朝鮮が核・ミサイルを放棄するという条件を呑むならば」ということである。
これに関しては、5月3日のコラム「トランプは金正恩とハンバーガーを食べるのか?」で述べた。
北朝鮮が「核・ミサイル開発を先に放棄する」などという前提条件を満たすはずがない。
だから習近平にも失望を露わにしたトランプは、遂に「北朝鮮がICBM(大陸間弾道ミサイル)による米国攻撃を目指し続けるのであれば、北朝鮮と戦争になる」と述べたという。8月1日に、米上院議員のリンゼー・グラム氏が、「トランプとの会話」をNBCテレビの報道番組で明らかにした。それによればトランプは「戦争になったとしても、現地で起きる。何千人死んでもこちらでは死者は出ない(ので構わない)」という主旨のことを言ったとのこと。
方針をコロコロ変えるトランプに抵抗するかのように、ティラーソンは「対話への模索」を口にしたものと思う。
ティラーソンはさらに「アメリカ政府は北朝鮮の政権交代を目指さず、政権崩壊も求めない。朝鮮半島再統一の加速は求めず、38度線の北に米軍を派遣する口実も求めていない」と述べた上で、「アメリカが対話を望んでいるということを、北朝鮮がいつか理解することを望む」と付け加えた。
もともとアメリカ自身は、「アメリカがかつての朝鮮戦争の休戦協定に違反しており、いずれは休戦協定から平和条約へと移行しなければならない」ということは、かなり早くから自覚しているようだ。そのための水面下での秘密会談は、金正恩政権になってからも、これまでに何度も行なわれている。
◆ 米朝秘密会談「トラック2外交」を暴いたワシントンポスト
近くでは2016年8月28日、ワシントンポストは「Inside the secret U.S.-North Korea ‘Track 2’ diplomacy(米朝秘密トラック2外交)」という見出しで、水面下におけるアメリカと北朝鮮の秘密会談を暴いている。
「トラック1外交(Track 1 Diplomacy)」とは、政治家やプロの外交官同士による国家間のフォーマルな外交を指し、「トラック2外交(Track 2 Diplomacy)」は、たとえば引退した政治家や退役した軍人あるいは学者などが私的に行う接触のことを指す。一般にトラック2は秘密裏に行われることが多い。この場合は「inside」であり「secret」だ。
ワシントンポストの情報によれば、2011年に金正恩政権が誕生して以来、平壌(ピョンヤン)(=北朝鮮)は一連の「トラック2外交」を通してワシントンと連携を保ち続けているとのこと。「トラック2外交」であるにもかかわらず、北朝鮮は常にハイレベルの外交官をこういった会議に派遣してきた。アメリカ側の参加者はすべて元政府高官か朝鮮半島問題や核問題の専門家たち。その意味では北朝鮮の方が力を入れているということができる。
会談場所は主としてベルリンかシンガポールで、北京ということもあった。
米韓研究所の核問題研究家であるJoel Wit(ジョエル・ウィット)氏は「北朝鮮は主に停戦協定を平和条約に持っていくことに強い関心を持っている。彼らは核兵器計画を、平和条約を交渉する中で検討することを願っている」と言う。
2016年2月にベルリンで開催された「トラック2外交」に参加し、北朝鮮の李容浩(リ・ヨンホ)氏(同年5月から外相)と話し合ったウィット氏は、「ピョンヤンは対話を受け入れるシグナルを出している」と述べている。
アメリカの前政府高官で対北朝鮮談判の代表であったRobert Kalin(ロバート・カリン)氏も、このベルリンにおける会談に参加し、同年7月に評論を書き、そこには「朝鮮半島非核化は、アメリカとの交渉の重要要素だと、北朝鮮は表明している」と書いているとのこと。
2016年6月には北京で北東アジア協力対話に関する米朝の非公開会議があり、北朝鮮の代表として出席した北朝鮮外務省の北米副局長だった崔善姫(チェ・ソンヒ)氏(2017年から局長)は「ピョンヤンは現有の核資産を放棄することはないが、しかし今後継続して核装備を拡充していくことに関しては話し合いの余地がある」と述べている。
北朝鮮の言うことを、そのまま信用する訳にはいかないが、この情報は重要だ。
つまり、話し合いを先延ばしにすればするほど、北朝鮮に核・ミサイル技術を向上させる時間的ゆとりを与えるということになる。話し合ったところで変わらない可能性はもちろんあるが、話し合わなければ、北朝鮮の技術向上を放置することになることだけは確かだ。
◆8月5日からのASEAN外相会議で「北朝鮮の核・ミサイル開発に重大な懸念」
米国務省のソートン次官補代行は8月2日、8月5日からフィリピンで開催されるASEAN(東南アジア諸国連合)外相会議で、「北朝鮮への非難の合唱」を期待すると述べた。
事実、8月2日のマニラ新聞の報道により、ASEAN外相会議の共同声明で、「北朝鮮の核・ミサイル開発に重大な懸念を表明する」ことが分かった。マニラ新聞はその声明草案を入手したとのこと。
ASEAN 地域フォーラム(ASEAN Regional Forum、略称ARF)には、ASEAN諸国(10カ国)以外に日米中露韓や北朝鮮など、16カ国と一地域が参加し、同時進行でASEAN拡大外相会議が開催される。
日本では新しく就任した外務大臣が参加するだろうが、ティラーソン国務長官も参加し、また北朝鮮の李容浩外相の出席も予定されている。
ティラーソン国務長官は今回、米朝外相会談は行わないとしているが、しかし水面下では今もなお、米朝の接触は進んでいる。テーマは常に朝鮮戦争の「平和条約」締結の時期と条件。アメリカが休戦協定を破っていることが根底にある。
◆日本の目前に迫っている危険――責任は日本にはない
「北朝鮮はならず者国家なので、いつ如何なることをしてくるかしれないが、それでも向こうから戦争を仕掛けてくれば自滅を招くので、それはしないだろう」という楽観論もあるかもしれない。しかし現時点で既に日本人、あるいは日本上空を飛行する旅客機が被害を受けるであろう危険性は目前に迫っている。
現に7月28日深夜に北朝鮮が発射したミサイルは北海道・奥尻島沖の日本の排他的経済水域(EEZ)内の日本海に落下した。漁船がいなかったからいいようなものの、衝突しない保証はない。エア・フランスはタッチの差だったようだ。ミサイルの発射角度がほんの僅かでも狂えば、日本の陸地に着弾し、尋常ではない被害をもたらしていただろう。
グラム氏によればトランプ大統領は「戦争になったとしても、現地で起きる。何千人死んでもこちらでは死者は出ない(ので構わない)」という主旨のことを言ったとのことだが、「現地」の中には日本も含まれている。
グラム氏はまた、「北朝鮮の核計画と北朝鮮そのものを崩壊させる軍事的選択肢は存在する」と主張しているようだ。もちろん、(日本の?)犠牲者なしに米軍が武力攻撃をしてくれるのなら、早く解決してほしいし、その選択もあっていいだろう。しかし最も多くの犠牲を払うのは(韓国と)日本だ。日本は最も大きな「巻き添え」を食うことになるのである。
◆当事者が責任を取るべき
朝鮮戦争を起こしたのは北朝鮮だ。一方、韓国は朝鮮戦争の休戦協定の時に、アメリカに休戦協定に違反する行動を取らせた国である。そのときの李承晩(りしょうばん、イ・スンマン)大統領が勝手に「李承晩ライン」を設定して、竹島を韓国の領土内として線引きしてしまった。それ以来、韓国は竹島を不法占拠している。手を焼いたアメリカ(トルーマン大統領)が休戦協定締結と同時に、休戦協定の条項を真っ向から否定する米韓軍事同盟を結んで韓国に居座り続けたから、こんにちの北朝鮮問題がある。
これら一連ののツケを、なぜ日本が払わなければならないのか。
なぜ日本が真っ先に北朝鮮の刃(やいば)の犠牲にならなければならないのか。
朝鮮戦争を起こした北朝鮮と、休戦協定違反をアメリカに要求した韓国が責任を取るべきで、休戦協定違反を承諾したアメリカには、米朝会談を「トラック2外交」だけでなく、「トラック1外交」で進める義務がある。
日本はこの論理構造を正確に理解すべきだ。これを理解しない限り、日本の役割がどこにあるのかを見間違える。
(詳細は『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』の第三章「北朝鮮問題と中朝関係の真相」で述べた。)