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バロネスの新作アルバム『ストーン』が綴るアート・メタルの美学【前編】

山崎智之音楽ライター
Baroness(写真:REX/アフロ)

独自のアート感覚を伴うメタル・サウンドで孤高のポジションを築いてきたバロネスが2023年9月15日、ニュー・アルバム『ストーン』を発表する。

2003年、ジョージア州サヴァンナでジョン・ダイヤー・ベイズリーを中心に結成。ヘヴィなサウンドと繊細なテクスチャー、ジョン自らが手がけるアートワークなどが一体化したマルチファセットな世界観が絶大な支持を得てきた。今のところ来日公演は2010年3月に一度実現したのみだが(アイシスのオープニング・アクトとして)、2017年には「Shock Me」がグラミー賞“ベスト・メタル・パフォーマンス”部門にノミネートされるなど、バロネスは現代のメタル界を代表するバンドのひとつになったといえる。

『レッド・アルバム』(2007)から『ブルー・レコード』(2009)『イエロー・アンド・グリーン』(2012)『Purple』(2015)『ゴールド・アンド・グレイ』(2019)と、いずれも“色彩”をタイトルに冠したアルバムを発表してきた彼らだが、『ストーン』は新章の幕開けだという。バロネスが新作で向かう先にあるのは何か?ジョンが前後編のインタビューで語ってくれた。まず前編は『ストーン』の音世界について訊こう。

Baroness『Stone』ジャケット(2023年9月15日発売/ソニーミュージック)
Baroness『Stone』ジャケット(2023年9月15日発売/ソニーミュージック)

<起承転結の一本線でなく、中心から外側に向かっていくアルバム>

●前作『ゴールド・アンド・グレイ』(2019)発表時のインタビューで「1冊の本のひとつの章の終わり」と語っていましたが、『ストーン』はまた別の章だといえるでしょうか?

バンドの活動を1冊の本とするならば、『ストーン』は新章の始まりなんだ。バロネス史上、2枚続けて同じメンバーでアルバムを作るのは初めてだったりする。これまでメンバーの交替が多かったけど、安定したラインアップで足場を固めることが出来た。ニック(ジョスト、ベース)とセバスチャン(トムスン、ドラムス)は2013年、ジーナ(グリースン、ギター)は2017年からバンドにいるんだ。もはや前任者のことを意識せず、この編成こそがバロネスだという意識を持つようになった。4人で新しい一歩を踏み出すべきタイミングだと感じたんだ。もう何年もバンドとしてツアーしてきたし、変化を必要としていたんだよ。

●『ゴールド・アンド・グレイ』に伴うツアーからそんな変化の予兆はありましたか?

うん、「Shock Me」がグラミー賞にノミネートされたりして、バンドの音楽が大勢のリスナーに聴かれるようになったけど、同じことを繰り返すのではなく、新しい方向に向かっていこうとした。俺は20年このバンドをやってきて、現在の位置にあること、それでも結成当時の新鮮な気持ちのままでいられることにスリルを感じている。でもそれに安住することなく、自分たちで創り出した方程式を壊していこうと考えたんだ。もちろんライヴで初期の曲をプレイすることには躊躇がないけど、その晩のバンドの調子やお客さんのノリによってインプロヴィゼーションを入れたり、アレンジを加えるようにした。

●『ストーン』から始まるバロネスの新章の音楽性を、どう表現しますか?

ドラマチックで心を動かしてパワフルでファンタスティック、メタルやハードコアからカントリーやフォークの要素もあって...それは前からやってきたことだけど、この4人が生み出すケミストリーを重視している。事前に「こんなアルバムを作ろう」とは考えていなかったんだ。起承転結の一本線でなく、中心から外側に向かっていく、ひとつのエクスペリエンス、ひとつのダイナミックで立体的な旅路と捉えているよ。あえて例えるならばレッド・ツェッペリンやピンク・フロイド、レディオヘッド、ニューロシス、ある意味ベートーヴェンもやってきたような、映画のように深みと多様性、テクスチャーとドラマ性のある音楽だよ。これまでやってきたことと具体的な違いを説明するのは難しいけど、精神的にはかなり異なったものなんだ。

●『ストーン』の制作作業はどのようなものでしたか?

2020年の終わり、ニューヨーク州ポンド・エディとバリーヴィルの間、何もない田舎にある大きな家を借りたんだ。スーパーもレストランもない所だよ。その家に自分の持っているあらゆる機材を持ち込んで、36時間かけてセットアップした。それから1ヶ月かけて毎日正午から午前1時、集中的にリハーサルした。ブートキャンプみたいにね(笑)。そうして30曲を書いたんだ。このとき心がけたのは、曲を85%ぐらい仕上げておいて、それが100%になる瞬間をレコーディングして捉えることだった、それが最も新鮮なテイクになるんだ。ただ、インストゥルメンタル・トラックを録音した後、歌詞を完成させるのにさらに1年を要した。ライターズ・ブロックというか、一種のスランプだよね。それでツアーを挟んで、ヴォーカルはペンシルヴァニア州フィラデルフィア郊外、バラ・キンウィドにある自宅のホーム・スタジオで録った。外部プロデューサーを起用せず、セルフ・プロデュースだったから出来たことだよ。常にアーティストとして独立した自由な存在でありたいんだ。それで自分の“アブラクサン・ヒムズ”レーベルを設立したし、自分の創造性をコントロール出来るようにした。

●『ストーン』は“色彩サーガ”に続く新章からの第1弾アルバムになるそうですが、どんなものになるでしょうか?『ダイヤモンド』『プラチナ』などの“鉱物サーガ”とか?

『ストーン』に続くのは何か、だいたい決まっているけど、まだ言わない。サプライズにしておきたいんだ。ただ言えるのは、5部作とかにはならないだろうということだ。おそらく3部作ぐらいで、さまざまな可能性を探究出来ると思う。アコースティックとかグラインドコア・レゲエとかね(笑)。“色彩”をテーマにしたサーガでやるべきことはやったと感じたんだ。5枚のアルバムはとても誇りにしているけど、さらに前進していくべき時期が来たと思った。『ストーン』はその第1ステップなんだ。

●『ストーン』は大麻がキマる意味もあるので、次はLSDの『トリップ』やコカインの『ハイ』の“ドラッグ・サーガ”になるのでは?

ハハハ、それは良いアイディアだね。次のアルバムを作るときに考えておくよ(笑)。

John Dyer Baizley & Gina Gleason / pic by Emilio Herce
John Dyer Baizley & Gina Gleason / pic by Emilio Herce

<苦痛に光を当てることで自分が生きていることを確認する>

●『ゴールド・アンド・グレイ』は幕間曲を挿入するなどしてアルバムに起伏をもたらしていましたが、今回は「ビニース・ザ・ローズ」と「クワイア」がメドレー形式で繋がっていたり、ストレートで単刀直入に主題に斬り込んでいきます。それはどの程度意図したことでしょうか?

「ビニース・ザ・ローズ」「クワイア」「ザ・ダージ」は基本的にひとつの組曲なんだ。だから曲間のスペースは元々なかったんだけどね。今回はそれぞれの曲の表情が異なるし、幕間曲を入れたりせず、早く次の曲に進みたかった。過剰なレイヤーや装飾は避けて、前作よりも生々しさを追求している。より直接的であることを楽しんでいるよ。カントリーやフォークだったりスラッジ、ブラストビートのある曲だったり、ひとつのパターンに陥ることなく、次々と新しいことをやるのにスリルを感じていたんだ。ただ、曲間のスペースはなくても、曲の構成やインストゥルメンテーションなどではスペースがあると思う。呼吸をすることが十分可能な密度だよ。

●新作では頻繁に“死”が題材として取り上げられています。「ラスト・ワード」で“終わりが近い/俺たちは皆沈みゆく太陽”、「ビニース・ザ・ローズ」で“血が流れるのを止められない”、「ザ・ダージ」で“もう俺は時間切れ”、「アノダイン」で“夢の中、俺たちは永遠に堕ちてゆく”、「ブルーム」の“故郷に葬ってくれるかい?”などのフレーズ(いずれもバロネス作詞/作曲)は死を想起させますが、どんな背景があるのでしょうか?

やはりコロナ禍の終末思想が少なからず影を落としているだろうし、親しい友人を何人も失った実体験も影響している。それにバロネスの歌詞において“死”は常に大きな意味を持ってきた。具体的な死だけでなく、人生の闇を表現する比喩として“死”を用いるんだ。俺のソングライティングのひとつのモチーフだよ。アートワークでもしばしば頭蓋骨を描いたりね。さらにそれは自分自身に対するセラピーでもある。苦痛に光を当てることで、自分が生きていることを確認する手段なんだ。

●「クワイア」ではポエトリーリーディング風に“ベヒモスとレヴィアタンの物語”が語られますが、どのようにして着想を得たのですか?

さっきも言ったとおり、曲がほぼ出来上がっても歌詞を書けないスランプの期間が1年ぐらいあった。悩んだあげく、歌詞を「書こう」とするのを止めて、意識の流れのまま言葉を連ねてみたんだ。自分の詩からインスピレーションを得てシェイクスピアなどの英国文学に触発された、75行だか80行の詩だった。自分でも何故こんな歌詞が浮かんだのか判らないけど深夜、午前2時ごろにワンテイクで録ったよ。「クワイア」は奇跡的にうまく行った例なんだ。普段はそうはいかない。家にはボツにした書きかけの歌詞のメモが大量にあるよ(苦笑)。

●「ラスト・ワード」では珍しくテクニカルなリード・ギターがフィーチュアされていますが、どんな思惑があったのですか?

バンドの初期、俺のヴォーカルの声域には限界があって、自分の求めるメロディを出すことが出来なかった。それでギターで弾くしかなかったんだ。それがバロネスの個性のひとつとなった。アイアン・メイデンやシン・リジィのようなハーモニー・リードはあったけど、オーケストレイトされていないトラディショナルなギター・ソロはあまり入れなかったんだ。『ブルー・レコード』の「ア・ホース・コールド・ゴルゴダ」ぐらいなものかな。決してリードを弾けなかったわけではない。ブライアン・ブリックルやピーター・アダムズは素晴らしいリード・ギタリストだった。でも、あえて避けてきたんだ。ジーナも才能溢れるリード・ギタリストだし、それをバロネスの新しい表現として作品に取り入れるべきだと考えた。「ラスト・ワード」は元々彼女のアイディアを発展させた曲だし、それに相応しかったんだ。誰にも忘れられないソロにしたいというこだわりがあった。オジー・オズボーンの「クレイジー・トレイン」でのランディ・ローズのソロに精神的にチャンネリングしていると思う。せっかくソロを入れるんだから、ミックスでラウドに聞こえるようにしたよ。

アルバムの最初と最後を飾る「エンバーズ」「ブルーム」に“シンプルな生活を過ごさせてくれ”(バロネス作詞/作曲)というフレーズを入れたのは、どんな意図がありましたか?

俺は北部のピッツバーグに生まれたけど、成長期の多くを南部で過ごしてきた。バンドを始めて都会を活動拠点としたけど、十代を過ごした地方でのシンプルな生活に郷愁を感じるんだ。特にこの歳になるとそう感じるものだよ(苦笑)。それは混乱の時代における平和の象徴でもある。俺には十代の娘がいるけど、自分が彼女の年齢だった頃、世界がはるかに単純だったことを思い出すよ。パンデミックで毎晩世界のどこかで大勢の人々の前でプレイするという日常を奪われて、それを客観視出来るようになったんだ。ツアーをすることで刺激を受けるし、さまざまな人々と話して刺激を受ける。それ自体がクリエイティヴな作業なんだ。でもそんな生活をしていると、ふと都会の喧噪から距離を取って、シンプルな環境に身を置きたくなることもあるんだよ。

●色彩をアルバム・タイトルに冠したのは、D.I.Y.パンクの白黒イメージに対するアンチテーゼの意味合いもあったそうですが、『ストーン』は何かに対するアンチテーゼなのでしょうか。流動性とか...?

『ストーン』は現在自分たちのいる位置を表現するアルバムであって、何かのアンチテーゼというわけではないよ。“色彩”テーマのアルバムは自分が人生で初めて手がけた、15年をかけて複数のアルバムを跨ぐコンセプトだった。まるでシスティーナ礼拝堂を建設するような行為だったし、誇りにしているよ。でも自分と音楽の関わりが完結したわけではなく、人生を通じてのプロジェクトだ。今から何十年か先、もう音楽を出来なくなったとき、自分が作ってきた作品の数々に誇りを持ちたいんだ。それには進化・前進していかねばならないのと同時に、自分の音楽を定義する一貫した個性が必要だ。メロディ、アレンジ、サウンド、歌詞の表現...そして何よりも音楽に取り組む姿勢だ。ニック・ケイヴやP.J.ハーヴェイのようなアーティストの作品には圧倒的な個性があるけど、それを主軸としながら、多彩なアプローチを取っているだろ?よく“ルーツに戻る”アーティストがいるけど、“ルーツ=根っこ”は常にあるべきなんだ。優れたアーティストの作品には、必ずその個性が貫かれている。クロード・モネやパブロ・ピカソの絵画は時代によって画風は異なっても、独自のアイデンティティがある。俺たちもそうありたいんだ。

後編記事ではジョンのさまざまな音楽や美術に関する造詣を掘り下げることで、バロネスの音楽世界にさらに深く迫ってみよう。

【ソニーミュージックオフィシャルサイト/バロネス】

https://www.sonymusic.co.jp/artist/baroness/

【バンド公式サイト】

https://yourbaroness.com/

音楽ライター

1970年、東京生まれの音楽ライター。ベルギー、オランダ、チェコスロバキア(当時)、イギリスで育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後、一般企業勤務を経て、1994年に音楽ライターに。ミュージシャンを中心に1,200以上のインタビューを行い、雑誌や書籍、CDライナーノーツなどで執筆活動を行う。『ロックで学ぶ世界史』『ダークサイド・オブ・ロック』『激重轟音メタル・ディスク・ガイド』『ロック・ムービー・クロニクル』などを総監修・執筆。実用英検1級、TOEIC945点取得。

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