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認定から1年 教科書の表記が変わる「チバニアン」の凄さを解説

芝原暁彦古生物学者/福井県立大学 客員教授
(写真:アフロ)

「チバニアン」認定! 

 「チバニアン」という地質用語が2020年1月17日に認定されました。

 すでに「チバニアン」という言葉をニュースでしばしば目にするようになってから数年が経過しています。最近では、2020年12月に三省堂の「今年の新語2020」ベスト10に選ばれました。これにより、昨年末にも頻繁に「チバニアン」ということばを見る機会があったかと思います。

 この聞き慣れない用語は何を意味するのか、私たちにどんな関係があるのか?これを改めて分かり易く解説してみたいと思います。

 「チバニアン」とは、時代の「名前」です。具体的には77万4千年前から12万9千年前までの期間を「チバニアン期」と呼びます。

 「ジュラ紀」や「白亜紀」などの用語はご存知じの方が多いと思います。これらは恐竜が生きていた時代の広い期間を指す言葉で、生物の出現や絶滅のタイミングで時代を区切ったものです。チバニアン期はそれよりもずっと新しい時代の、短い期間を指しています。今回注目されている、千葉県の養老川沿いにある「千葉セクション」という約77万年前の地層では、チバニアンとその前の時代であるカラブリアンの境界がよく保存されています。

 こうした○○期という用語は、「地質時代」の区分のひとつです。地質時代とは、人間が書いた文書などの資料が残っている時代よりも昔の時代を表す言葉です。

 日本の研究グループは、この千葉セクションを、地質時代の基準となる「国際標準模式地」の候補として登録し、その時代の名称を「チバニアン」とすることを国際地質科学連合(IUGS)に申請しました。そして今からちょうど1年前の2020年1月17日にそれが認められたというわけです。教科書の内容にも、影響を及ぼしています。

 この養老川沿いにある地層は、国の天然記念物にも指定されており、千葉県マスコットキャラクター「チーバくん」も「チバニアン」を紹介しています。この記事の中で、「地磁気逆転」という言葉が出てきます。

地球の磁場がひっくり返った?

 千葉セクションが作られ始めた約77万年前には、地球史において一番新しい時代の「地磁気逆転」が起きていました。

 地球が大きな磁石であることはよく知られています。この地球の磁場を地磁気と呼び、地球の中心にある核と呼ばれる部分で作られると考えられています。核は鉄などを主成分としており、外側にある外核は液体の状態、その内側にある内核は固体だと考えられています。この外核の液体が動くことで、地磁気が作られると考えられています。液体の動きによって地磁気は様々な影響を受け、時には弱くなったり、方向を変えてしまうことがあります。これが地磁気の逆転をもたらすと推測されています。

地球の内部構造(作図:空想技術研究所)
地球の内部構造(作図:空想技術研究所)

 こうした地磁気の方向は、堆積物の中にある磁石の性質を持った鉱物(磁性鉱物粒子)に記録されています。地層は水中で砂や泥がゆっくりと積もってできるため、この鉱物が水中で動いている間に地磁気の方向に向きをそろえると考えられています。それが地層となって固まると、地球磁場を記録していることになります。これを調べることで、過去の地磁気の向きを探るのです。

 地磁気は、太陽風や宇宙線などの高いエネルギーを持った粒子が地上へ降り注ぐのを防いでおり、そのおかげで地球上で生命が発展できたとも考えられています。そのため地磁気が弱まったり反転したりした際、地球上の生命に大きな影響を及ぼす可能性がありますが、詳しいことはまだ分かっていません。地磁気の逆転は過去に何度も発生しており、千葉セクションではその中でも最も新しい時代の地磁気逆転が高精度で記録されています。このため現地の地層や化石を調べれば、それらの情報が詳しく分かる可能性があるのです。

千葉セクションの崖に打ち込まれた三色の杭。緑は現在と同じ地磁気(正磁極)、赤は現在とは逆向きの地磁気(逆磁極)、黄色はそれらの中間を示している。著者撮影(2016年1月24日。)
千葉セクションの崖に打ち込まれた三色の杭。緑は現在と同じ地磁気(正磁極)、赤は現在とは逆向きの地磁気(逆磁極)、黄色はそれらの中間を示している。著者撮影(2016年1月24日。)

千葉セクションと地層

 千葉セクションのように、地球の歴史の境界がよく分かる地層は、「国際境界模式層断面とポイント(GSSP)」と呼ばれています。GSSPになるための条件のひとつとして、海底で積もった連続的な地層であることが挙げられます。

 地層は、おもに水の中で作られます。特に海底の地層は、陸からやってきた砂や泥、あるいはプランクトンなどの遺骸が少しずつ積もって形成されます。それが降り積もるスピードを「堆積速度」と呼び、これが大きいほど、時間当たりの地層が厚くなり、そこから得られる情報量も多くなります。千葉セクションにおける地層の堆積速度は、1000年で2m~4mと見積もられており、これは他所と比較しても早いスピードです。

 地層が一枚ずつ堆積していく様子は、埼玉県立自然の博物館が作成した下記の実験映像を見て頂くと、イメージを掴みやすいかと思います。

千葉セクションと化石

 GSSPとして認定されるためのさらなる条件として、多くの種類の化石がみつかること、そしてそれが世界各地で発見されるものであり、他の場所と比較できること、が挙げられます。地磁気の逆転は地球規模で起こった現象であることから、他国の地層とも比較・検討できるものでなければなりません。そのためには、同じ種類の化石が含まれている必要があります。

 そこで威力を発揮するのが微生物の化石、すなわち微化石です。千葉セクションのように海底で堆積した地層には、顕微鏡でしか観察できない微細な化石がたくさん含まれています。これは当時の海面に浮かんでいたプランクトンや、海底で生活していた生物、あるいは陸から流れ込んできた花粉なども含まれ、その多くが世界中に分布していたものです。

 微化石の一種である「有孔虫(ゆうこうちゅう)」は炭酸カルシウムの殻を持った単細胞生物で、水深や環境によって群集の構成が変わります。これを調べることで、当時の海の環境を知ることができるのです。

海底堆積物の中から採取した有孔虫。北海道沖のもの。(著者撮影)
海底堆積物の中から採取した有孔虫。北海道沖のもの。(著者撮影)

なぜ千葉だったのか?

 GSSPとして候補に挙がっていたのは千葉セクションだけではなく、イタリアの2地域も名乗りを上げていました。しかしいくつかの理由から、最終的に千葉セクションが認定されました。

 理由のひとつとして、まず地磁気のデータが優れていたことがあります。千葉セクションの地層には、先述の磁性鉱物粒子が多く含まれていたためです。

 さらに含まれている微化石の量も多く、また地層の欠損がないため、環境の変化を連続的に読み取ることができるのです。

千葉セクションの本当の価値

 このように、千葉セクションは単なる珍しい地層というわけではなく、地球環境の変動や生物の進化に関わる多種多様な情報が、精度よく残っている場所です。いわば地球が作った天然のデータベースの中でも、もっとも品質が良いものが千葉にあったわけです。今日もまた、様々な分野の研究者たちが、この地層を丹念に研究しています。

 GSSPとして認められる条件としてはさらに、長期間にわたって保存できること、が挙げられています。地球史的に意味のあるこの場所を、将来にわたって守っていくことが必要です。

つくばの地質標本館でチバニアン特別展開催中

 「チバニアン」が認定されてから1年が経つ2021年、つくばにある地質標本館では、チバニアンの特別展が2月28日まで開催されています。これまで解説してきた各研究の細かい解説に加え、この時代に生息していた生物の化石なども展示しています。ぜひご覧ください。

(現在、地質標本館は新型コロナウイルス感染対策のため、事前予約制となっています。こちらから予約が可能です。開館スケジュールも変わる可能性があるため、公式サイトを事前にご確認ください。)

2021.1.18 誤字・脱字を修正しました。

2021.1.19 誤字・表記ゆれを修正しました。

古生物学者/福井県立大学 客員教授

古生物学者。専門は地球科学と3Dモデリング・VR。筑波大学で博士号を取得後、つくば市にある産業技術総合研究所、および地質標本館を経て、2016年に地球科学可視化技術研究所を設立。2019年に福井県立大学 恐竜学研究所の客員教授に就任、2020年に同研究所と「恐竜技術研究ラボ」を始動。日本地図学会、東京地学協会の各委員を務める。主な著書に「おせっかいな化石案内」(誠文堂新光社)、「特撮の地球科学」(イースト・プレス)、「恐竜と化石が教えてくれる世界の成り立ち」(実業之日本社)ほか多数。Eテレ「ビットワールド」出演。「ウルトラマンアーク」科学考証、「日本沈没 -希望の人-」地図監修。

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