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今こそ株式投資の基礎理論を学び直すべきとき

森本紀行HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長
すべての画像:123RF

 株式投資の収益率は、理論的には資本コストに一致しますが、そこに、割安、割高の調整が加わり、企業価値の変動期待に伴う株価の上下動が加わることで、大きく変化します。 

企業価値と株式価値

 企業とは、一方では、事業資産を効率的に稼働させて、現金を創造する装置であり、他方では、事業資産を購入し、保有し、稼働させるために、株式の発行と、それ以外の多様な方法で、資金を調達する容器であって、企業が装置として創造する現金は、容器に貯められて、そこから資金提供者に配分されていくわけです。

 企業価値とは、事業資産側からみれば、それを企業が稼働させて、将来に向かって創造する現金の現在価値ですが、同時に、資金調達側からみれば、企業が将来に向かって資金提供者に配分する現金の現在価値です。株式価値は、株式に配分される現金の現在価値ですから、企業価値から、株式以外の資金調達手段に配分される現金の現在価値を控除したものになります。

 資金調達手段の構成比は、資本構成と呼ばれますが、この資本構成という用語における資本は、広義に使われていて、調達資金の全体を意味しており、狭義の資本、即ち、株式によって調達されている金額は、その一部になります。そこで、企業価値を与件とすれば、株式価値は、資本構成における株式の比率によって、規定されるわけです。

企業価値と事業価値

 事業が特定の企業に固有で、他の企業によっては営み得ないのなら、事業価値と企業価値は一致しますが、そうした事態は、理論的には、あり得るとしても、現実的には、あり得ないでしょう。故に、どの事業にも一般性があって、企業は、その一般性のうえに、固有性を付加するものなので、その付加された固有性の分だけ、事業価値と企業価値との間に、正または負の差異を生じるわけです。

 そもそも、どの事業にも、社会的存在意義があるのならば、その良し悪しが論じられる余地はなく、それにもかかわらず、企業経営の巧拙が問題にされ得るのは、本源的な事業価値とは別に、企業固有の正または負の付加価値創造のあることを前提にしているからです。

株式価値と株価

 価格は事実であり、価値は将来への期待値ですから、両者は本質的に異なります。しかし、上場企業の株式の価格は、株式が取引される市場において、不特定多数の取引参加者が各自の主観的価値評価のもとで取引した結果として形成される事実ですから、取引参加者の主観的価値評価は、価格という客観的平均値のもとで、事実化されているわけです。故に、株式価値が変化するから、株価が変化するのではなく、株価が変化したからには、市場における平均的期待として、株式価値が変化したと考えるほかないということです。

 では、非公開企業の株式の場合は、株式価値を基準にして、取引されるのか。非公開企業の株式が取引されるとき、売り手は、自己の主観的な価値評価のもとで、より高い価格で売ろうとし、買い手は、売り手と異なる主観的な価値評価のもとで、より低い価格で買おうとするわけですが、実際に取引が成立するのであれば、事実としての取引価格は、売り手と買い手の主観的評価の中間にあって、双方の交渉力の平均としての意味をもちますから、上場企業の株価と本質的な差はありません。単に、取引参加者が少ないだけです。

取引による株式価値の実現

 非公開企業の場合、企業価値の成長は、時間の経過とともに、過去を振り返ったときの事実として、確認されていき、株式価値の上昇も、配当の支払いという事実、もしくは一株当たり純資産の増加という会計上の事実によって、実現していくだけで、将来に向かっての評価である現在価値は問題になり得ません。現在価値が意味をもつのは、現時点において、株式が取引されるときだけなのです。

 つまり、株式の取引がなければ、事実としての株価が形成されることはなく、将来に向かっての評価としての株式価値は、時間の推移にしたがって、順次、配当、もしくは会計上の純資産の上昇として、実現していくわけですが、公開、もしくは事業譲渡によって、株式が取引され、事実としての価格が成立すると、その取引時点で、その価格において、売却益として、一気に実現するわけです。

 では、売り手が将来価値を得てしまったら、買い手は無価値になった株式を買うのか。株式価値は、将来において株式から創造される現金を現在価値に割引いたもので、割引率には資本コストが使われています。企業にとってのコストは、株主にとっての利益ですから、どの時点で、どの価格で株式が取引されようとも、その価格が合理的で妥当なものなら、取引後に、時間の経過とともに、配当、もしくは株価の上昇として、資本コスト相当の株主利益が実現していきます。これが株式投資の基本なのです。

割安と割高

 株価の妥当性は、時間の経過とともに、株式価値が展開していくなかで、株価推移に反映されて、検証されます。株式市場全体において、株価は、平均的には、十分な妥当性をもって形成されているとしても、個々の株式の価格については、妥当値よりも高いか、安いか、そのどちらかですから、その割高さと割安さは、株価の推移において、事後的に検証されるわけです。

 故に、ここに、株式投資の伝統的な戦略として、割安株投資が成立します。この戦略の基本前提は、株価が割安になっている銘柄は、時間の経過とともに、割安さが解消していくなかで、相対的に株価の上昇率が高くなるというものです。ただし、留意されるべきは、過去の株価の推移という事実から、相対的に株価の上昇率の高いものを割安な銘柄であったということはできても、将来に向かっては、割安さは、投資家の主観的評価にすぎないことです。

成長とレバレッジ効果

 企業経営において成長がいわれるとき、その基本的意味は、企業が将来において創造する現金の量の成長ですから、成長は企業価値の成長です。そして、事業資産の総額が変動せず、故に、資本構成の総額も変動しないときに、企業価値が成長すると、資本構成における株式以外の部分の現在価値は成長しないので、その企業価値の増加分だけ、株式価値が飛躍的に成長するわけです。

 つまり、企業価値の成長は、資本構成における株式以外の価値をレバレッジ、即ち、梃子として機能させることで、株式価値を飛躍的に成長させるのです。例えば、資本構成における株式の比率を50%とし、企業価値が2倍になるとすれば、株式価値は3倍になるわけです。

 株式投資における成長とは、基本的には、企業価値が成長することであり、更には、資本構成のレバレッジ効果によって、株式価値が飛躍的に成長することです。故に、最適な資本構成は、株式価値を規定するものとして、極めて重要なのです。

 ここで、最適という意味は、資本構成における株式の比重を小さくしていくと、一方では、レバレッジ効果を高めますが、他方では、過小資本による経営破綻の可能性を高めますから、レバレッジ効果の最大化と、経営破綻の可能性の最小化との二律背反のもとで、両者を均衡させる理論的な資本構成の一点が決まるということです。 

成長株とバブル

 株式の収益率は、企業価値の変動を見込まない前提で、資本コストになることを基本とし、そこに、割安、あるいは割高の調整率が加わり、更に、企業価値の変動に関する期待が生じて、レバレッジ効果を伴って株価が変動することで、より大きく変化します。当然に、期待収益率が高いのは、企業価値の成長期待が大きい銘柄であって、それが成長株と呼ばれるものです。

 確かに、過去の事実として、企業価値の成長率の高い銘柄は、株式価値の成長率が更に大きく、それが株価の大幅な上昇に反映しているはずです。しかし、将来に向かっては、第一に、過去の事実は未来に延長され得ず、第二に、企業価値の成長期待を大きくしていくと、株価は無限に高くなってしまい、第三に、株価の上昇は、投資家の心理に作用して、企業価値の成長期待を大きくし、更に株価を上昇させてしまいます。こうして、成長株には、バブルの危険が内包されているわけです。

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長

HCアセットマネジメント株式会社・代表取締役社長。三井生命(現大樹生命)のファンドマネジャーを経て、1990 年1 月ワイアット(現ウィリス・タワーズワトソン)に入社。日本初の事業として、年金基金等の機関投資家向け投資コンサルティング事業を立ち上げる。 2002 年11 月、HC アセットマネジメントを設立、全世界の投資機会を発掘し、専門家に運用委託するという、新しいタイプの資産運用事業を始める。東京大学文学部哲学科卒。

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