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国民栄誉賞の井山棋聖を中心にどう動く?2018年囲碁界のニュース

古作登大阪商業大学アミューズメント産業研究所主任研究員
2017年12月29日の東証大納会で打鍾する井山棋聖(写真:アフロ)

井山棋聖の世界戦優勝に期待

 2017年の日本囲碁界は「二度目の七冠制覇」を達成した井山裕太棋聖(28)が話題を一手に集めた。最初の七冠制覇は2016年4月、伊田篤史十段(当時)を破って成し遂げたが、その年秋の名人戦七番勝負で挑戦者の高尾紳路九段に3勝4敗のフルセットで敗れ七冠在位は半年でストップ。ところが残る6つのビッグタイトルである棋聖、本因坊、天元、王座、碁聖、十段をすべて防衛し、挑戦者を決める名人リーグも8戦全勝で勝ち抜いてリターンマッチに臨んだ。2年連続の七番勝負は井山棋聖が4勝1敗で圧倒した。将棋界の話ではあるが、二度目の七冠は1996年に七冠になった羽生善治竜王(47)も達成していない偉業である。

 井山棋聖にとって国内での目標は七冠在位日数記録を伸ばすことだろうが、それ以外に本人もかかげる「世界戦優勝」に期待がかかる。昨年末には伝統ある国際棋戦、第22回「LG杯世界棋王戦」(主催・朝鮮日報社)において、準決勝で中国ナンバーワンの柯潔九段(20)を破り、19歳の新鋭、謝爾豪五段(中国)との決勝三番勝負に進んでいる。三番勝負のスケジュールは以下のとおり。

第1局2月5日

第2局2月7日

第3局2月8日

 対局場はいずれも東京・市ヶ谷の日本棋院。過去の実績からは井山有利の見方ができようが不安材料もある。それは第一人者の宿命ともいえる過密スケジュールだ。

 1月5日、井山棋聖は日本棋院の仕事初め「打ち初め式」の式典に出席後、国民栄誉賞の授与が発表され、夕方には記者会見、翌日は朝から出身地の大阪府東大阪市が主催する囲碁イベントに出席して、上級者から入門者の対局場までくまなく訪れファンサービス。並行してトークショーや成績優秀者との3面打ち記念対局もこなし、夕刻の表彰式で大会講評を述べたあと東京に移動して翌日のフライトで中国・雲南省に飛び次の日から2日連続で第2回世界囲碁名人争覇戦(人民日報社、中国棋院・主催)の対局を行った。

 初戦の連笑九段(中国)との対局では井山十分といわれた局面からまさかの失速で敗戦、翌日もイ・セドル九段(韓国)に不本意な内容で敗れた。本人に聞いても否定するだろうが疲労が勝負に影響した可能性は少なくない。井山棋聖にとって必要とされているのは、本来あるべきコンディションで対局に臨めるようなマネージメント役の存在ではないだろうか。

タイトルが期待される若手の台頭

 10年ほど前の井山棋聖がそうだったように、10代後半から20代の若手がこの数年次々と大舞台に登場している。昨年は余正麒七段(22)が十段戦で挑戦、一力遼八段(20)は天元戦、王座戦に連続挑戦、いずれも敗退したが一力八段は1月18日から開幕する棋聖戦七番勝負(主催・読売新聞社)で井山棋聖に四度目の挑戦をする。余七段は18歳2カ月での本因坊リーグ入り、一力八段は16歳9カ月での棋聖リーグ入りと、ともに井山棋聖をしのぐ記録を持っている。他にも昨年第8期竜星戦で優勝した芝野虎丸七段(18)も入段から2年11カ月で七段の最短記録を保持、井山棋聖をおびやかす有力な若手棋士の一人だ。

 また同世代では2014年に井山棋聖から王座を奪取した村川大介八段(27)も十段戦で挑戦者決定戦に進んでおり、二度目の七大タイトル獲得をうかがう。このほか十段、NHK杯優勝経験のある伊田篤史八段(23)、17年本因坊戦で挑戦者になった本木克弥八段(22)も必ずやタイトル戦に再登場するだろう。

 おとなりの将棋界では現在、藤井聡太四段(15)の活躍や羽生竜王(47)の永世七冠達成でかつてないにぎわいを見せているが、その20年前は同期、いわゆる「羽生世代」の森内俊之九段、佐藤康光九段、郷田真隆九段らが羽生と競うことで将棋が野球やサッカーと同じように各種メディアで取り上げられるようになった。囲碁界も好敵手が増えることで、ファンがより深くタイトル戦を楽しむことができ棋界隆盛につながるだろう。若手以外のアラフォー世代やベテラン勢の奮起にも期待したい。

最新AIがプロの戦略に影響

 2017年はグーグル・ディープマインド社が開発したアルファ碁の進化形「マスター」と「ゼロ」、そして国産ソフト「DeepZenGo」(以下Zenと記述)など囲碁AIの進化が大きな影響を与えた。

 アルファ碁は2016年春、イ・セドル九段との五番勝負に4勝1敗で勝ち越し、知的ゲームの中でも難攻不落と思われていた囲碁でコンピュータが人間を超えたことにより世界的ニュースになった。その後もアルファ碁の開発は進み2016年末に登場したバージョン「マスター」はネット対局でトップ棋士に60連勝、2017年5月に行われた柯潔九段との三番勝負も完璧な内容で3連勝と圧倒、直後に「引退」を発表した。ところがその年秋に発表された「ゼロ」は人間の棋譜を教師データに用いず独学で初期のバージョンに100戦100勝、「マスター」も凌駕する棋力に到達した。

 日本でも国産AIの「Zen」がネット対局場における数千局の対局でプロ棋士に9割以上の圧倒的勝率を示し、最近ではトップ棋士に対し定先(コミなしの白)や二子の置き碁(ハンディキャプ)で上手を持って勝利している。こうした結果を受け「AIの判断は人間より正しい」と認めてAIが好んで打つ定石を実戦に取り入れるプロが増える傾向にある。以前は問題外の悪手とされていた早い段階の星に対する三々入りなど、序盤戦略が大きく変化し棋士の布石にも大きな影響を与えている。

 AIの能力が人間を超えたことによるパラダイムシフトは囲碁の少し前、将棋の世界でも起こっていた。アマに人気の振り飛車で活躍していた何人かの棋士がソフトの好む居飛車党に転向したのをはじめ、ソフトの好む構え(評価値が高い≒勝率が高い)が多くみられるようになった。トップ棋士の棋譜よりソフト同士の棋譜を中心に研究する若手が好成績を収めることで、こうした流れは加速している。

 勝つことで収入を得るプロの世界で勝利は何物にも代えがたいが、ソフトの着手を模倣するだけの棋譜が量産されるようになると、盤上にロマンを求めるファンの支持が薄れていく可能性もあり、棋界にとってAIとの共存、また「不完全な人間」同士がひたむきに勝負を争う意味を伝えることは、2018年以降ますます重要な課題になるであろう。

 世界戦に新鋭の台頭そして加速するAIの進化、今年も囲碁界はさらなる変革が予想される。

大阪商業大学アミューズメント産業研究所主任研究員

1963年生まれ。東京都出身。早稲田大学教育学部教育学科教育心理学専修卒業。1982年大学生の時に日本将棋連盟新進棋士奨励会に1級で入会、同期に羽生善治、森内俊之ら。三段まで進み、退会後毎日コミュニケーションズ(現・マイナビ)に入社、1996年~2002年「週刊将棋」編集長。のち囲碁書籍編集長、ネット事業課長を経て退職。NHK・BS2「囲碁・将棋ウィークリー」司会(1996年~1998年)。2008年から大阪商業大学アミューズメント産業研究所で囲碁・将棋を中心とした頭脳スポーツ、遊戯史研究に従事。大阪商業大学公共学部助教(2018年~)。趣味は将棋、囲碁、テニス、ゴルフ、スキューバダイビング。

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