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急増するエリートの脱北は金正恩政権崩壊の兆し!?

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
2016年4月に中国経由で集団脱北した北朝鮮レストラン女性従業員(JPニュース)

 今朝の韓国の保守紙「朝鮮日報」に北朝鮮からのエリート脱北者が金正恩(キム・ジョンウン)時代になって2.5倍に増えたとの記事が載っていた。

 同紙は北朝鮮担当部署の統一部から入手した資料に基づき、情報機関の「国家情報院」(国情院)が保護対象として分類しているエリート脱北者が「1997年以後、188人に達する」と報じている。内訳は、金正日(キム・ジョンイル)前総書記死去(2011年12月)までに54人、金正恩体制発足後134人となっている。

 金親子体制下の脱北者総数は3万4012人。このうち金正日体制下は2万3027人で、金正恩体制下は1万985人。エリート脱北者の比率は「金正日体制下の0.23%に比べて、金正恩体制下では1.22%と、5.3倍になっている」と、同紙は伝えていた。

 同紙は昨年11月に脱北した李日均(リ・イルギュ)駐キューバ参事官ら6人から話を聞いているが、一様に「金正恩体制には未来がない」と述べ、「体制への反感から脱北した」と回答していた。従って、自由世界への憧れから「今後も第2、第3の李日均が出て来るだろう」と予想し、記事を締めくくっていた。

 「国情院」の保護下に置かれれば正体を明かしても太永浩(テ・ヨンホ)元駐英公使のように北朝鮮工作員による暗殺テロを警戒し、SPなどが付き、身辺警護されるが、エリート脱北者の中には北朝鮮にいる家族に危害が及ぶのを恐れて身を明かせない、あるいは韓国当局が機密上、北朝鮮に脱北の存在を知られたくない要人も相当数含まれているものとみられる。

 筆者が手にしているデーターによれば、脱北者は金正日政権下の1994年に初めて二桁の52人を記録し、5年後の1999年には148人と、三桁に増えた。

 日韓サッカーワールドカップが行われた年の2002年には4桁の1、142人に跳ね上がり、2006年から金正日氏が死去した2011年までは2千人台を記録した。最も多かったのが2009年の2,927人である。

 一方、金正恩政権下では「コロナ」前までは2012年=1,508人、13年=1,514人、14年=1,397人、15年=1,275人、16年=1,418人、17年=1,127人、18年=1,137人、19年=1,047人と1千人台をキープしていたが、「コロナ」期間中の2020年は229人、21年は63人、22年は67人と減少を辿った。

 昨年は196人と再び急増したが、このうち164人が女性で、また半分の99人は20~30代であった。

 今月も去る8日に民間人1人が黄海(西海)の漢江河口南北中立水域を越えて脱北し、また20日にも軍人1人が江原道・高城地域の軍境界線(MDL)を越え脱北してきた。

 韓国のメディアは「西海越えの脱北は1年3か月ぶりであった」として、また軍人の脱北も2019年以来だったことから当然のごとく拡声器放送の効果をこぞって喧伝していた。気の早いメディアの中には「北朝鮮の体制崩壊の兆しか」と報じているメディアもあった。

 「沈む船から逃げることネズミの如」と言われているが、体制崩壊は東欧やジャスミン革命の中東諸国を例に取るまでもなく、どれだけの幹部、権力中枢、エリートが脱北するかが一つのバロメーターになっている。

 韓国当局が明かさないため現在どれだけの「大物」が韓国に亡命しているのかは定かではないが、周知のように北朝鮮の体制は朝鮮労働党一党独裁体制である。

 日韓のメディアでは脱北者にインタビューして記事にする際にしばしば「幹部」と紹介するケースがあるが、北朝鮮で幹部とは労働党第8回大会で選出された139人の党中央員と111人の中央委員候補を指す。労働党の核心である党中央委員会はこの250人で構成されている。そして、党中央委員会から選出された政治局員(10人)と政治局員候補(15人)の併せて25人が労働党最高幹部なのである。

 また、日本の国会議員にあたる最高人民会議代議員(国会議員)は議会と内閣を構成しているが、北朝鮮には中央委員会の250人を含め総勢687人もいる。

 これまでに明らかにされた脱北者では幹部は1997年2月に日本と中国を経由して脱北した当時序列27位の黄長燁(ファン・ジャンヨプ)労働党書記のみである。公にされている限りにおいては以後27年間、黄氏に匹敵するほどの脱北者は出ていない。

 脱北外交官では1997年8月にエジプトから米国に亡命した張承吉(チャン・スンギル)駐エジプト大使が最も地位が高いが、張大使は北朝鮮の権力構図からすれば、相対的に位は低い。韓国で「大物」扱いされている太永浩元駐英公使も李日均駐キューバ参事官も北朝鮮にあっては所詮「小物」に過ぎない。大使では中国とロシア、そして国連駐在大使の3人のみが党中央委員会入りしている。

 一昨日(20日)韓国に脱北した20代の軍人の階級は下士官のようだが、北朝鮮の軍の階級は大元帥を最高位に21階級あるが、下士官は下から数えて3番目である。脱北軍人の中で最も位が高かったのは1995年9月に人民武力部後方総局所属ヨンソン貿易合弁部長の時に東南アジアを経由して亡命した崔主活(チェ・ジュファル)人民軍上佐であるが、それでも上から数えて8番目の階級である。1万人の兵力を率いることのできる少将以上の軍将軍からはどうやらまだ脱北者は出ていないようだ。

 先月、北朝鮮の軍高位幹部が秘密資金3千万ドル(約48億円)を北京の口座から持ち出し、脱北を企てようというニュースが流れたが、その後、この高位幹部は中国公安当局に逮捕され、北朝鮮に送還されてしまったようだ。

 消息筋によると、この高位幹部は人民軍保衛局所属の朴公一(パク・コンイル)少将とのことだが、韓国にとっては実に「大きな魚」を逃がしてしまった。

 極論を言えば、脱北者は数よりも質で、北朝鮮の体制崩壊は党中央委員や最高人民会議代議員、及び将軍クラスら金体制を支えている中枢の脱北が続出してこそ初めて現実味を帯びてくるのではないだろうか。

(参考資料:最も注目を浴びた脱北者「上位30人」 ロイヤルファミリーから軍人、外交官までリストアップ!)

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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