宇宙ビジネスを本気で応援。茨城県が育んだ事業とは
宇宙ビジネスを本気で応援。茨城県が育んだ事業とは
茨城県 鳥羽 秀樹/株式会社ワープスペース 常間地 悟
茨城県は、2018 年8 月に、自治体としては全国で初となる、宇宙ビジネスの機運醸成から事業展開まで切れ目なく取り組む「いばらき宇宙ビジネス創造拠点プロジェクト」を立ち上げ、宇宙ビジネスに取り組むベンチャーや企業に特化した支援を行っています。立上げ3年目を迎えた今、プロジェクトはどのように育ちつつあるのか、科学技術振興課 特区・宇宙プロジェクト推進室長 鳥羽秀樹さんにうかがいました。
――「いばらき宇宙ビジネス創造拠点プロジェクト」立上げの経緯を教えてください。
鳥羽:2018年2月に開催された「G1サミット」において、大井川知事がispaceの袴田氏やALEの岡島氏などの講演を聞き、宇宙ビジネスの成長可能性を確信して県としての重点支援を決めたことが契機となりました。同年8月にはJAXAの山川理事長、内閣府及び経済産業省とともに「いばらき宇宙ビジネス創造拠点プロジェクト」の立上げを発表しました。
県内での宇宙ビジネス拠点の形成を目指し、宇宙ベンチャーの創出・誘致と県内企業の宇宙ビジネス新規参入を推進しています。2022年までに、合計48社の宇宙関連企業の創出・誘致、県内企業の新規参入を目標としています。
具体的な宇宙ビジネスの支援にあたっては、ロケットや人工衛星の製造、衛星データ利用など、幅広い分野を対象としており、例えば補助金は多目的に活用できるよう、JAXAや産業技術総合研究所などが持つ試験設備利用料、展示会出展などに使える販路開拓費用など、複数のメニューを設けています。また、ベンチャーの中には、公的な試験設備の利用を希望しているところも多いので、茨城県産業技術イノベーションセンターに宇宙機器関係の試験設備を導入するなど、施設の充実も進めているところです。
――取組を始めてから3年が経過して、これまでにどのような成果がありましたか?
鳥羽:これまでに、販路開拓や衛星設計等を支援させていただいたワープスペースが、今般、県内企業では初めて、ISSからの衛星の軌道投入に至ることとなりました。また、インキュベーション施設の「つくばスタートアップパーク」に拠点を置くRidge-i(リッジアイ)は、衛星データ活用による災害検出などといった社会問題解決を目指しています。加えて、つくばで2020年12月に設立されたJAXA発ベンチャーのSEESEは、小型/超小型衛星の環境試験場をWebプラットフォーム上で管理し、環境試験実施に関するワンストップサービスを提供する企業です。衛星の試験設備は全国各所に点在しているほか、ベンチャー単独での設備利用はハードルが高いということで、そこを取り持つ仕組みづくりをするわけです。JAXAの拠点がある茨城県ならではの取組で、今後は県内のものづくり企業にも、積極的に試験設備を活用してほしいと考えています。
他方、宇宙ビジネスに関する企業間での連携の場が必要と考えたことから、「いばらき宇宙ビジネス創造コンソーシアム」を2019年4月に設立し、現在は100社以上の方に加入いただいております。また、コンソーシアム内の宇宙ベンチャーや宇宙ビジネスへの参入を希望する企業、支援機関等の連携による宇宙プロジェクトの事業化支援を同年から進めており、茨城県沖でのロケット洋上打ち上げ(ASTROCEAN)や、衛星データの活用による耕作放棄地検出アプリ開発(サグリ)など、これまで延べ5件のプロジェクトを支援しています。
加えて、茨城県は、内閣府と経済産業省によるS-NETの「宇宙ビジネス創出推進自治体」に選定されています。これに関連して、2019年度に開催した「いばらき宇宙ビジネスサミット」では、S-NET事業として衛星データ利用の講習会を行いました。この講習会は好評で来場者も多く、衛星データの活用について周知できたという手応えを感じています。
――今後の課題と、発展の方向性はどのようなものでしょうか
鳥羽:プロジェクト発足前にも県としてベンチャー支援は実施していたのですが、宇宙分野に特化していなかったこともあり、県内での宇宙ビジネスの大きな動きはみられませんでした。宇宙に特化したコンソーシアムや支援事業を設けたことには意味があったと思います。
一方で、宇宙ビジネスへの参入が難しいという認識はいまだに根強いため、専門の相談窓口の有効活用や、企業への伴走支援といった人的支援の拡充を進めていきたいと考えています。 茨城県にはものづくりの技術を磨いてきた企業が数多くあり、人工衛星などの開発にその技術を活かすこともできると思います。試験設備を円滑に使用できる体制づくりも進めておりますので、ぜひ県内外の企業に茨城県で宇宙ビジネスに取り組んでほしいと思っています。
今回は、茨城県の支援対象企業から、県の鳥羽さんのお話にも出てきたワープスペース取締役CEO 常間地 悟さんにも、お話を伺いました。
大容量のデータを取り扱う地球観測衛星にとって、地上との通信時間、速度の確保は悩みの種です。ワープスペースでは、安定して大容量・高速通信が可能になる光衛星通信の技術で商用サービスを計画しています。
――現在計画されている光通信衛星サービス、WarpHub InterSatの構想とはどのようなものでしょうか?
常間地:衛星間を光通信でネットワーク化し、衛星どうしで常時、高速通信を利用でき、地球との間でシームレスなデータ通信ができるサービス。ワープスペースでは、通信ネットワークのハブとなる小型の光中継小型衛星を開発し、2022年以降順次打ち上げる計画です。
まず最初のカスタマーとして低軌道の地球観測衛星事業者を想定しています。これは低軌道固有の課題なのですが、衛星が高速で地球を周回していて、地上アンテナからの可視時間や1回あたりの通信継続時間、1日の中の通信可能になる頻度が非常に低いのですね。常時通信したくても、低軌道ゆえの制約でできないわけです。そこでまず、地上にアンテナを分散配置して連続通信可能にするという試みが行われてきました。Amazonが提供するAWSの地上局サービスなどがこの方式で地上局分散設置とシェアに取り組んでいます。とはいっても、そもそも海の上にはアンテナを設置できませんし、陸上でも高速ネット網がないと意味がない。紛争などの要因でアンテナが設置できない地域もありますので、低軌道の衛星を常時通信可能な状態にすることは地上側だけではカバーできないわけです。
そこで、低軌道よりもすこし遠いところから、俯瞰的に通信光を届けることで、定期的に高速通信サービスにアクセスできるというのが光データ中継衛星のサービスです。これならば低軌道衛星が通信したい時間にタイムリーに通信サービスを利用できます。地球観測衛星の場合は撮影した画像をすぐに地上に送れますし、撮影したいというニーズが発生した瞬間に撮像リクエストをすぐに衛星に送ることもできます。通信という重要な部分に対して効率的なソリューションを提供でき、即応性、オンデマンド、シームレス性が高まります。地球観測衛星のデータ価格へのインパクトも大きいと考えており、単位データ量(10GB)で現状の地上局シェアサービスのみを使った場合と比較すると、最低価格のラインを10分の1程度にできると考えます。
この価格差は、必要な衛星が最小で済むという構成ならではのもの。光通信サービスを提供する衛星を高度8000~1万のMEOと呼ばれる軌道に投入するので、低軌道衛星から見てMEOの光中継衛星は6時間くらい可使時間があります。地球全体をカバーするのに光中継衛星はわずか3機ですみ、地上から見ると24時間衛星とつながることができるようになるのです。
*MEO:Medium Earth Orbit(中高度地球軌道)LEOより1万Km高い軌道のこと。
LEO: Low Earth Orbit(低高度地球軌道)1500km以下の軌道。
(引用:JAXA衛星の基礎知識 用語集 )
――通信ボトルネックの解消が期待できますね。衛星打ち上げとサービスインはいつごろでしょうか? 光通信を利用したいと考えているカスタマーはすでにあるのでしょうか?
常間地:初号機の打ち上げは2022年末、2号機・3号機は2023年末を予定しています。部分的に通信サービスを利用できるようになるのが2023年半ばごろと考えています。ユニバーサルサービスになるのは2024年夏ごろですね。
また、地球観測衛星事業者で、通信ボトルネックに悩んでいるところは多くあります。中でも、衛星AISを提供する米国のSpire Global社は、社内に光通信デバイス部を作って対応を進め、データ通信の主要な部分を光通信に移す準備をしているといいます。低軌道衛星は衛星耐用年数が短く、3~5年程度でどんどん衛星が入れ替わりますから、我々は各社と2022年から2023年以降に打上げ予定の低軌道地球観測衛星にワープスペース光通信モジュールを搭載することを見据えて国内外複数社とフィージビリティスタディを進めています。
――衛星間光通信というと、2005年に打ち上げられた日本のOISETS(現在、運用終了)と欧州のアルテミス衛星での衛星間光通信実証の例がありますね。まだ国家規模の研究開発段階だと考えていましたが、商用衛星でも利用できるところになってきたのでしょうか?
常間地:自由空間での宇宙光通信は国の宇宙機関が進めてきたものですが、OISETSとアルテミスの実証も研究機関同士なので情報がオープンになっていますし、論文も公表されています。当初は国によって光の周波数が違うといった部分がありましたが、少しずつ統一されてきて「この方式がもっとも効率的」というコンセンサスが国際的にできてきました。最大の論点は米欧で光の周波数の主張が異なっていたことですが、アメリカ方式の1.5マイクロ帯の通信光を使おうという技術様式が主流になりつつあります。規格化とまではいかなくても、コンセンサスが整ってきているところですね。私たちはもともと、筑波大学内で小型衛星の通信を10年近くやってきました。ただ、光に特化した部分では2019年に空間光通信が専門の、東海大学の高山佳久先生に顧問として参加いただき、その技術を元にデバイスの設計開発を進めています。
――宇宙光通信では、2020年に日本から新たに光データ中継衛星が打ち上げられ、またスペースXの衛星通信網スターリンクでは光通信モジュールの搭載が始まったそうですね。宇宙での光通信の実用化と、この分野での日本の立ち位置はいかがでしょうか?
常間地:衛星間光通信技術を持っている国というと、欧州でもドイツ、オランダなど限られた国が中心であとは米国ですね。ロシアと中国は技術を持っていると思いますが、開示されていない状況です。日本は世界初の衛星間光通信を実証した国ですし、国家レベルの予算と技術を必要とするこの分野では、追い上げられつつあるとはいえ、トップレベルの技術を持っています。民生用の技術では、日本があと3年でどれだけアドバンテージを築けるかが勝負で、このタイミングを逃すと米国の宇宙企業に勝てなくなるのではないかと思っています。
スペースXの光通信モジュールは、構想としてはいつかはやるだろうと思っていたものを、ついに乗せてきたという印象です。ただし、スペースXが今回乗せた光通信機は、スペースXの通信衛星コンステレーションをより高度化するためのもので、我々のように宇宙機向け光通信を提供するサービスとビジネスレイヤーが異なります。スペースXが他の衛星に光通信サービスを提供することもないとはいえませんが、低軌道ゆえに衛星と衛星の相対速度が速すぎて、すれ違い時の追尾精度要求がかなり厳しくなります。光通信は電波と異なり、少しでもずれると通信できなくなりますし、相対速度がバラバラだと追尾し続ける難易度が非常に高くなります。その上で360度カバーしようとすると、かなり特殊なアクチュエータを乗せなければなりませんし、同じ衛星同士で通信可能な時間は最短で数分、長くても40分程度しかありません。その分頻繁なリンク切り替えが必要となり、安定的な通信サービスという意味ではあまり良い方式ではないですし、同じ分野で競合するということはあまり意識しなくてもよいでしょう。むしろ、存在感のあるスペースXをきっかけに衛星にも光通信の時代、という話が盛り上がるほうがありがたいですね。そこで、民生宇宙機向けにワープスペースというわけです。
――AWSなど、既存の地上局サービスのほうが競合になりますか?
常間地:さきほどは比較のために地上局サービスの名前を挙げましたが、実際はユースケースが異なるため競合ではないと思います。衛星光通信は短時間で大容量データを降ろせるところにメリットがあり、今後はISS、月、火星などで動画ストリーミングなど大きなデータ利用する通信バックボーンとなっていくでしょう。一方で、電波を使った地上局シェアリングサービスは既存の通信機を使えますから、ベースかつ冗長用の通信は電波で、という方式は変わらないでしょう。衛星間光通信を加えて、データセンターなどのインフラも持っている地上側の人たちと組み、より柔軟な通信インフラを提供するということを目指していきたいです。その意味では地上局サービスは競合ではなくパートナー候補ですね。
――ワープスペースは「いばらき宇宙ビジネス創造拠点プロジェクト」初期の支援対象企業ですが、ベンチャー企業ならではの資金集めや人材確保、海外展開についての努力も必要だったと思いますが。
常間地:これまでに、国や茨城県からの支援も含めて、約3億円の資金を調達しています。3機体制を目指す衛星を2回に分け、まずは1機分、つぎは2機分という分け方です。
我々の特徴は、必要な資金を一気に集めることは考えていないという点です。通信系のサービスというのは、開発マイルストーンを区切って出資を集める積み上げ型のビジネスモデルにしやすいのです。これはベンチャーの中では珍しいほうかもしれません。投資家にとって、成熟した宇宙ビジネスの企業へ投資することはなかなか難しいので、これからの企業として考えてもらえていると思います。
宇宙ビジネスは非常に気の長い、10年も20年もかかるビジネスです。スペースXも創業からずっと苦しい思いを繰り返してきていますが、日本の投資家がそれを待てるかというと現状ではなかなか待てないのではないでしょうか。最も初期の頃には、事業の値踏みをするというより、応援の気持ちを持っていただける個人投資家などが合っているのではと思います。私たちも創業当時から個人投資家中心に応援してもらっていて、顧問に入ってもらったのもそういった人々です。ソフトウェア系スタートアップのシード期のような非常に細かい単位で支援をいただいています。現在はシリーズAの段階に挑戦中ですが、そのステージに立てるのは応援者のみなさんのおかげですから、そうした人に出会えるとよいですね。また、資金調達の手段として茨城県のように自治体の支援制度を組み合わせて、大型調達のステージに立てるところまでふんばって耐えるということがとても大切です。
出会いに支えられてきた事業ですし、入ってきてくれた人々も人づてや紹介ですね。十分な人数を欲しいタイミングで集められるかということはかなりハードルが高くて、これは日本では宇宙の人材が大手中心で人材の流動性が低く、ベンチャーの衛星開発に移ってくる人が限られているためです。ですが、宇宙スタートアップで働きたいという人は宇宙産業にも他の既存産業にも一定数いて、イベント等で出会って入ってきてくれた人もいるので、繋がりはとても大事です。また、定年後再雇用の人も多く、スキルがあって経験豊富なエンジニアや人材のなかには「ベンチャーで働ける」と認識すると目が輝く方がいます。自分から参加してきてくれる人もいるので、日本のスタートアップがそうした関心を持つ人々にアピールする場が必要だと思います。さらに、日本の宇宙産業で働きたい海外の人も少なくないのですが、今はまだ日本に来ていただけるか不透明なので、海外採用は感染症の終息後になると思います。
――ここまで、光中継衛星サービス事業とベンチャー企業ならではの努力について伺いました。最後に、2022年の初号機打ち上げに向けて、これからどのようなことが待っているのかお聞かせください。
常間地:2020年は地上で要素技術を作った年となり、システムのコアになる技術の特許を取って下地作りをしました。2021年は初号機の衛星の製造に入り、いよいよ作り始める年ですね。とはいえハードウェアの技術はいつかコモディティ化していくものだと思うので、通信キャリアとして確保すべきノウハウにフォーカスして知財の権利化をする戦略を加速していく計画です。資金の大型調達も控えています。そして、2022年は初号機打ち上げに向けて、衛星の試験をしっかり進める年ですね。
※本記事は宇宙ビジネス情報ポータルサイト「S-NET」『宇宙ビジネスを本気で応援。茨城県が育んだ事業とは 茨城県 鳥羽 秀樹/株式会社ワープスペース 常間地 悟』に掲載されたものです。