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子供の才能を伸ばす「変わり種」公立校の実情

宮下幸恵NY在住フリーライター
音楽に特化した公立校の幼稚園で、授業中にバイオリンの個人レッスン(Tさん提供)

授業でバイオリンの個人レッスン!?

 

 公立の学校なのに、バイオリンの個人レッスンや、バレエレッスンが授業に組み込まれているとしたら・・・。星の数ほどある公立校のなかには、そんな夢のような授業を行う特色のある学校がある。

 ニューヨーク州で唯一、音楽に特化した授業を行う「Special Music School」(http://www.kaufmanmusiccenter.org/sms/) と、体育の授業としてクラシックバレエを行う「Ballet Tech-The NYC Public School For Dance」(http://ballettech.org)だ。

 一体どんな学校なのか? それぞれの学校に子供を通わせる日本人ママさんに「変わり種」学校の実情を聞いてみた。

幼稚園入園への倍率は50倍

 昨年9月からSpecial Music School(以後、SMS)に長女Mちゃん(6歳)を通わせるのは、プロのオペラ歌手として日米で活躍するTさんだ。

 片道45分かけての電車通学だが、「すべての面で素晴らしい。何より、毎日娘が楽しそうなのがいいんです」という。

 SMS入学は、超難関だ。公立校といえども、音楽の才能に溢れた子を、音楽面だけでなく、学業でも成功を収めることを目的として1997年に創立。キンダガーデン(日本の幼稚園年長に相当)から高校まで続くエリート校で、入学するためにはオーディションと呼ばれる試験のほか、集団での両親面接をパスしなければならない。ニューヨーク州統一テストの結果では、常に上位校に名を連ね、学業でも優れた成績を残す名門校だ。

 昨年9月に入学したキンダーの生徒数は、1学年1クラスでたった13人。学校のホームページによると、例年の受験志願者数は650人。そこから先着順で400人までが試験を受けることができ、3度の試験、そして7、8組による集団での両親面接と、合格までは長い道のりだ。倍率なんと50倍! Tさんによると、SMSに通うためにヨーロッパから移住してくる家族もいるという。

 厳しいお受験に備えた「過去問」が本として出版されているわけでもない。SMSに子供を通わせていた音楽仲間からどんな試験が出るのか聞き取り調査を行い、家で対策を練りに練り、見事サクラを咲かせた。

親子で時間も労力もかけての入試。一番の魅力は何か?

 「入学の次の日に、子供をドロップオフしたら、上の学年の子供たちが、キンダー(幼稚園年長)の子でも楽器を持っているから、『Can I help you?』って持ってくれて、教室まで一緒に行ってくれたんです。それを見えるといい教育をしているのがわかる。

少人数だから先生の目が行き届くというのもあるし、娘が『先生が怒ってても優しい』って言っている。厳しくて優しい、温かい。こんな学校で私も育ちたかったって思うくらい」

 Tさん自身も幼い頃からピアノに親しみ、プロの音楽家として活動する中で、音楽を続けていくには経済的な負担が大きいことも、身に沁みてわかっている。それゆえ、学校の授業でピアノ、バイオリン、チェロなどの楽器の個人レッスンが無料で受けることができるのが最大の魅力だ。Mちゃんも1回30分のバイオリン個人レッスンを週2回、学校で受けている。

 高校まで続く一貫校だが、中学、高校への進学を機に、音楽ではない別の道を歩む生徒も多いんだとか。小さい頃から好きなことに没頭できる時間が多いゆえ、早く自分の進むべき道を見つける場合も多いようだ。

体育の授業はクラシックバレエ

マンハッタンにあるバレエテックの外観。イエローキャブが学校の前を走り、ここが学校だとは思わない人も多いだろう。Mさん提供
マンハッタンにあるバレエテックの外観。イエローキャブが学校の前を走り、ここが学校だとは思わない人も多いだろう。Mさん提供

 もう一つ、ユニークな特色があるのは「Ballet Tech」(以下、バレエテック)だ。小学校4年生から高校まである公立校で、体育の授業でグランドピアノの生演奏をBGMにクラシックバレエを行っている。

 バレエテックに2人の娘を通わせる日本人ママのMさんは、「学校にオーディションが来なかったら、通ってなかったかも」という。

 バレエテックも入学にはオーディションを突破しなければならないが、オーディション方法もユニークだ。

 1960年代にアメリカンバレエシアターでダンサー、振付師として活躍したエリオット・フェルド氏が1978年に設立。当時、地下鉄の中で元気な小学生と乗り合わせたフェルド氏が、「ニューヨークの多くの小学生はまだ自分のダンスの才能に気づいてないかもしれない」と公立校としてクラシックバレエを取り入れ、さらには、ダンス経験問わず「金の卵」を発掘するため、ニューヨーク市の教育委員会に掛け合い、公立小学校でオーディションを行ったのが始まりだ。

 今では毎年約200校、のべ3万人の子供たちをオーディションし、第1関門を突破した500人が第2関門へ。6週間に及ぶオーディションを2度行うため、バレエ経験がなくても好きになる子、自分にはやっぱり向かないと入学を辞退する子もおり、自分に合っている学校かどうか見極める時間は十分にある(学校でオーディションが行われない生徒のための、オープンオーディションもある)。

地味で静かだった長女の変化

バレエテック入学後にバレエに目覚めたというMさんの次女。優しい先生が大好きだ。Mさん提供
バレエテック入学後にバレエに目覚めたというMさんの次女。優しい先生が大好きだ。Mさん提供

 Mさんの2人の娘さんも、「お遊び程度」で始めたバレエを「タダで教えてもらえるなら」と3年生の時にオーディションを受けて合格。特に、次女(9歳)は過去に通った厳しいバレエクラスが合わず、一度はバレエを辞めていたが、「バレエテックのバレエは楽しいって、突然目覚めた」という。昨年9月から姉妹でのスクールライフがスタートした。

 「先生が子供一人一人に目が届いている。先生たちも落ちこぼれは作らないってすごい熱心で、クラスで勉強が遅れている子供たちがいると、出来る子には別の課題をやらせて、その間に遅れている子を教えて全体のレベルをあげようとする。

 その前まで通っていた公立校は、静かな子、出来ない子は置いていくって感じだったから。それが一番いい。長女(11歳)の方は、すっごい地味で静かだったから、(クラスで)忘れられてた方だから」

 4年生では1時間のレッスンを週に2回、学年が上がるにつれバレエの練習も増え、6年生は月曜から金曜まで毎日1時間半のバレエレッスンが組み込まれる。レオタードなどの練習着は学校から支給され、トウシューズも低価格で購入でき、もちろん学費は無料だ。

 時には、レッスンで踊っている様子を先生がスロー動画で撮影。それを両親に送り、家でも動きをチェックできるようになっているなど、細かいサポートを受けることができる。

生徒同士が「あなたのすごいところ」を伝え合うメッセージカード。バレンタインは友に「愛」を伝える日でもある。
生徒同士が「あなたのすごいところ」を伝え合うメッセージカード。バレンタインは友に「愛」を伝える日でもある。

 公立校のためバレエ以外は他の学校と同じカリキュラムで行われ、季節のイベントも多い。バレンタインデーには、生徒同士で「あなたのどこが素晴らしいか」をハートの紙に書き、上級生と下級生がやり取りするなど、少人数ゆえ学年の垣根を越えた交流ができるのも魅力だという。

 特に、「すっごい地味で静かだったから、忘れられていた方」という長女の変化に驚いている。3歳になるまであまり話さず、「病院に連れて行った方がいいかな」と悩んだこともあった。「自分から何かやりたいって言ったことがなかった」長女。唯一、好きだったのがバレエだった。

 4年生で入学した時、担任は初めての男の先生。「カチコチ」になるくらい緊張していたが、細やかな先生の気配りのおかげで、「授業を見てたら手を上げて話すようになったし、前は手も上げないで静かにしてたから。ちょっとは成長してるかな」と目を潤ませた。

 「姉妹でそうだけど、それまでぼーっとしてる子だったのが、学校で毎日バレエをするようになってから、時間配分ができるようになった。何を一番最初にやるべきか、を自分で考えてできるようになって来て、前は宿題やりなさーい!って言っても漫画を読んだりしてたのに、今はまず宿題やってからになっている。それが一番すごい。先生がやる気をおこさせてくれる」

 Mさんの子育てのゴールは、「勉強以外に将来心の支えになるような好きなものを見つけさせてあげたい」だった。「どんな辛い時も、そういうのがあると強くないでしょうか? 私にはそういうのなかったし。そういうものを何か見つけさせてあげたいなって思って」。

 バレエ一筋の長女と、器用でピアノが好きな次女。子供時代に、一番好きと思えるものに出会い、時間を割くことができる環境は、これ以上ない幸せだ。

時間を何に使うか

 今回お話を伺った2人の日本人ママさんは、子供が毎日楽しんで通っているのが一番と口を揃える。子供の「好き」を見極め、最大限サポートしているのが印象的だ。

 押し付けではなく「好き」な気持ちを伸ばせるように。その源は、それまで通っていた別の学校での経験だった。子供がクラスメイトとのトラブルに巻き込まれたことがあるのだ。

 「子供のことだから放っておきましょう」という親の態度や、問題解決へ腰が重い先生、学校の対応も、よりよい環境をと願うきっかけになった。だからこそ、少人数で先生の目が行き届く学校の方が、「親が戦わなくてすむ」という利点があるという。

 「学校にダイバーシティ(人種の多様性)があまりないし、いろんな子がいるという経験が社会に出たら役立つかもしれない。それをミスしているとも思うけど、それに費やす時間を違うこと、学ぶことに費やすことができる。今の学校ではやりたいことに集中させられる」(Tさん)

 幼稚園、小学校のうちは学校選びは親によるところも大きい。ましてや、ニューヨークでは市が「あなたのお子さんはここの小学校に入学ですよ」なんて丁寧に教えてくれるわけではなく、親が情報を求めにいかなければ、どんな扉も開かない。

 子供の「好き」を見極め、伸ばしてあげられる環境においてあげられたらベストだと思う。

 その一方で、居住する地域の治安によって公立校のレベルが左右されるのもニューヨーク。教育の「二極化」が垣間見える現実でもあった。

NY在住フリーライター

NY在住元スポーツ紙記者。2006年からアメリカを拠点にフリーとして活動。宮里藍らが活躍する米女子ゴルフツアーを中心に取材し、新聞、雑誌など幅広く執筆。2011年第一子をNYで出産後、子供のイヤイヤ期がきっかけでコーチングの手法を学び、メンタル/ライフコーチとしても活動。書籍では『「ダメ母」の私を変えたHAPPY子育てコーチング』(佐々木のり子、青木理恵著、PHP文庫)の編集を担当。

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