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脱サラしてフード業界に「殴り込み」 あのメジャーリーガーも頼るニューヨークの和食宅配サービス

宮下幸恵NY在住フリーライター
ニューヨークメッツの千賀滉大投手と反町真理香さん(反町さん提供)

全てにおいて競争が激しいニューヨークで、ビジネスを成長させていくことは生半可ではない。

「すべては意味があって起こること。私が成長しないと、会社も成長しない」

そう語るのは、家庭に和食おかずを宅配するフードビジネス「マイハッピータミー クラブ」を立ち上げた反町真理香さんだ。大リーグ・ニューヨークメッツに所属する千賀滉大投手も頼る和食の宅配サービス。反町さんがインテリアデザイナーから脱サラし、異業種となる「フードビジネス」に殴り込みをかけたのは5年前だった。パンデミックの向かい風もなんのその。在ニューヨーク邦人の心強い味方になっている。

妊婦になったら和食しか受け付けない体に

芸術系の大学として名高いプラット・インスティチュートの大学院を卒業し、インテリアデザイナーとしてフルタイムで働く毎日。生活が一変したのは2018年の第一子出産だった。

「それまでは結構どんなものも好きで食べていたんですが、妊婦になった途端、和食しか体が受け付けなくなったんです」

妊娠中も毎日通勤し、食材を揃え、料理、片付けまでこなすのは至難の技。産後3か月で職場復帰したが、「私も疲れてるし、赤ちゃんも朝から夕方までデイケアでぐったり。このままでいいのかと葛藤しました」。

職場復帰して1年は踏ん張るものの、「インテリアデザイナーはごまんといるけど、子供にとっての母親は私しかいない。自分にとっても家族にとってもいいことを選ぼう」と人生の舵を切った。

お母さんの手料理のような和食を多くの家庭へ

仕事と子育ての両立で、1つのハードルは食事作りだ。子供には体に良いものを食べて育ってもらいたいと願いつつ、時間が鬼のように削られ、体力が奪われる。

「フルタイムで働いていた時はパーソナルシェフを雇っていたんですが、食材は自分で揃えないといけなかった。それでも作ってくれる人がいるのは助かったし、これを同時に何十件、何百件の家庭に送ることができたら良いなと。パーソナルシェフの方もすごく忙しかったので、需要はある。同じような悩みを抱えてる人はたくさんいる。会社を作れば、私も(食事を)持って帰ることができるし家事も減らせる」

そこで声をかけたのが、大学院の同窓、八田百合さんだった。何かあったらいつもおいしいご飯を作ってくれて、日本から遠く離れた地で刺激し合い、支え合ってきた友人だ。

反町さんより先に母になっていた八田さんは、子供が大きくなるにつれ自分の時間が少しでき、仕事復帰を模索している時期でもあり、声をかけたら二つ返事で引き受けてくれた。起業前には事前調査を抜かりなく行い、採算が取れるという「勝算」もあった。

かくして2020年2月14日、バレンタインデーに「マイハッピータミー クラブ」が誕生した。

目指すはフードロスゼロ、環境に優しいビジネスモデル

現在、反町さん、八田さんのほか4人の従業員とともに、ニューヨーク市内にコマーシャルキッチンを構え「自然な和食」を週に1度配達している。ワーママから単身赴任の駐在員、高齢の日本人と顧客は幅広く、3割近くは日本人ではないアジア系とだという。

ニューヨーク市内で調理されるメニュは野菜、魚、肉と栄養バランス満点だ(2点ともマイハッピータミー クラブ提供)
ニューヨーク市内で調理されるメニュは野菜、魚、肉と栄養バランス満点だ(2点ともマイハッピータミー クラブ提供)

人気の理由は、栄養バランスが取れた和食メニューだ。新鮮な野菜を仕入れ、「この人参、甘いね」となれば素材の味を活かして調理し、最後に調味料で整える。味噌汁は鰹節と昆布で出汁を取り、添加物を使わないなどこだわっている。

さらに、6日前に注文を締め切ることで、必要な量だけ仕入れ食材ロスをゼロに。配達容器も再利用可能な容器を使っている。

「ビジネスが成長するとともに、ゴミを増やすってことにはしたくなかった」。反町さんの理念に共感し、リピーターになるお客さんも多い。

フードロスゼロを目指し、何度も使える容器で配達している(マイハッピータミークラブ提供)
フードロスゼロを目指し、何度も使える容器で配達している(マイハッピータミークラブ提供)

パンデミックも追い風に

会社を設立した2020年2月はちょうどコロナパンデミックの頃。ウィルス蔓延で1度は締めざるを得なかったが、外出できない時期に栄養満点の手作りご飯が家に届くというビジネスモデルが合致し、再開すると軌道に乗った。

「(異業種だからこそ)殴り込めた。障害があってもそれを乗り終えることによって会社は強くなるし、私が成長できる」

日本で6年間建築士として働き、ロンドン、ニューヨークと5、6社に勤めて経験を積んできた。日本では「最初は嫌々だった」という販売促進も経験。「お客さんと実際に話すことは私に向いている」と新たな一面に気づき、会社という組織の中で培った経験が、異業種へのキャリアチェンジにも活きている。

メッツ千賀滉大の「残念ランチ」を救う

今では多くの在ニューヨーク邦人の胃袋を支えるマイハッピータミークラブの評判は、メジャーリーガーにも。大リーグ・メッツ所属の千賀滉大投手だ。

メジャー2年目となる今季は怪我に苦しみ、ポストシーズンで復帰したが、長く苦しいリハビリ期間が続いた。チームが遠征に出てしまうと、本拠地シティフィールドでの居残り練習では食事が出ない。周辺のレストランからデリバリーをするも、「ランチタイムが、残念タイムになってるんです」と関係者からコンタクトがあったのがきっかけだった。

食材ひとつひとつ丁寧に調理し、添加物も控え、自然な和食を提供している(マイハッピータミー クラブ提供)
食材ひとつひとつ丁寧に調理し、添加物も控え、自然な和食を提供している(マイハッピータミー クラブ提供)

チーム千賀からのリクエストで、生物と揚げ物はNG。タンパク質多めで、「野菜と食物繊維も求めてらっしゃった」。ハンバーグには合い挽き肉に豆腐を練り込み、ゴボウやオクラ、キノコ類にこんにゃくやひじきなど、和食材をふんだんに使い、肉だけじゃなくサーモンやホッケなど魚類でも必ず入れるようにしているという。なかでも、具沢山豚汁はリクエストが多い一品だ。

千賀が孤独なリハビリをしていたこの夏、反町さんが食事を届けに行った際、直接会う機会もあった。

この身長差!反町真理香さんは、千賀投手を前に悲鳴しか出なかったという(反町さん提供)
この身長差!反町真理香さんは、千賀投手を前に悲鳴しか出なかったという(反町さん提供)

ドアが開いた瞬間、目の前には千賀。

「ええええーーーーと悲鳴しか出なかったです(笑)。立ち姿にオーラがあって、良い顔をしてるっていうのはこういう人かと。失礼ながら、野球をあまり知らなかったのですが、一瞬でファンになりました」

ドキドキしながら嫌いなものがないか尋ねたところ、「全部美味しくいただいています!!」と優しく言ってくれたという。

今後の夢は、誰もが集えるコミュニティー作り

小さな子供からお年寄り、メジャーリーガーからも頼りにされる和食宅配サービス。反町さんの今後の夢とは?

「オフィスやイベント、ケータリングなどもっといろんな場所で召し上がっていただきたいですし、長期的にはカフェを開きたいです。今コマーシャルキッチンはあるけど、そこで召し上がっていただく業態ではない。お客さんの中には、私にメニューの相談をするついでに、世間話をしてくれる人もいます。このおかげでお通じが良くなりましたと言われたり。お客さんにとって、ニューヨークにいる親戚のおばちゃんみたいになれたらいいですね」

社名の「マイハッピータミークラブ」にクラブをつけたのは、場所、集い、コミュニティーの意味を持たせたかったから。

マイハッピータミー クラブの理念は、お母さんの手作りのようなおうちご飯。異国で生活する日本人にとっては、ホッとする食事だ。(マイハッピータミー クラブ提供)
マイハッピータミー クラブの理念は、お母さんの手作りのようなおうちご飯。異国で生活する日本人にとっては、ホッとする食事だ。(マイハッピータミー クラブ提供)

誰もが集えるコミュニティーの場として、3年前からは週に1度、地元の特別支援学校から17、18歳の生徒をインターンとして迎えている。スタッフなら30分で終わる仕事に2時間かかることもあるが、「私たちも学ばせてもらっています」。障害とともに生きるティーンエージャーにとっては、大きな経験となる。

ニューヨークで、今日も誰かの心にも栄養を。食を通して幸せの輪が広がっている。

NY在住フリーライター

NY在住元スポーツ紙記者。2006年からアメリカを拠点にフリーとして活動。宮里藍らが活躍する米女子ゴルフツアーを中心に取材し、新聞、雑誌など幅広く執筆。2011年第一子をNYで出産後、子供のイヤイヤ期がきっかけでコーチングの手法を学び、メンタル/ライフコーチとしても活動。書籍では『「ダメ母」の私を変えたHAPPY子育てコーチング』(佐々木のり子、青木理恵著、PHP文庫)の編集を担当。

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