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パレスチナ:抵抗運動への武器供給者はまたしてもイスラエル!?

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 2024年8月最終週から、イスラエル軍はヨルダン川西岸地区でもパレスチナ人民に対する作戦行動を強化した。ヨルダン川西岸地区の各所、特にジェニンをはじめとする同地区の北部では、パレスチナ・イスラーム聖戦運動(PIJ)が組織した武装勢力や、長らく低迷していた既存の武装闘争に不満を持つ諸派の構成員からなる新たな連合が活動している。一方、ヨルダン川西岸地区はイスラエルが建設した分離壁や入植地により外界から遮断され、地区内での往来すら思うに任せない状態にある。しかも、同地区では第二次インティファーダでの武装衝突が激化した2002年ごろに大規模な掃討を受けている。要するに、ヨルダン川西岸地区でパレスチナ人民や彼らの武装抵抗運動がイスラエル軍や武装入植者に対抗するための武器や基盤は、ガザ地区でハマースなどが準備した装備や施設よりもはるかに貧弱なのだ。

 それでも、どこかから武器がもたらされなければヨルダン川西岸地区のパレスチナの武装抵抗組織は活動できない。2024年8月31日、『シャルク・アウサト』(サウジ資本の汎アラブ紙)紙は、ヨルダン川西岸地区のパレスチナ人が武器を入手する方法について分析した記事を掲載した。記事を眺めると、ヨルダン川西岸地区の武装抵抗運動に武器を供給する経路としては以下の4つが想定されるらしいことがわかる。

1.ヨルダン経由で密輸

2.イランがお金や武器を送る(レバノンのパレスチナ諸派)

3.イスラエルの不発弾を利用する

4.イスラエルの犯罪組織から購入する

これらの経路のうち、1.と2.に関しては単なる密輸業者よりも高度な組織が関与したとされており、ヒズブッラーやレバノンで活動するパレスチナ諸派の関与も想定されている。ヒズブッラーが関与する場合はレバノンと境界を接するゴラン高原被占領地が主な経路となると考えられているようだ。ヨルダン経由の場合、レバノンをはじめとする在外で活動するパレスチナ諸派が関与することも考えられるし、シリア紛争の際に「反体制派」支援として武器をはじめとする様々な物資がシリアに運び込まれた経緯とも無関係ではなさそうだ。今般の紛争に限らず、「パレスチナ問題」をヨルダン川西岸地区とガザ地区に局限しようとする者も多いが、パレスチナ人はヨルダン、シリア、レバノンなどの各地にも多数在住しており、レバノンやシリアでは現地の紛争に深く関与することもある。また、今般の紛争でもハマースやPIJの要員がレバノンとシリアで対イスラエル軍事行動に参加している。両国で活動するパレスチナ諸派には、民族主義・世俗主義を信奉する団体イスラーム主義を信奉する団体、イスラーム過激派とみなされる団体などがある。本来、これらの団体への観察も怠ってはならないのだが、「在外」のパレスチナ人そのものが「いなかったこと」にされつつある昨今、この課題に取り組む機関や専門家は乏しい。

 イスラエル側の調べでは、ヨルダン川西岸地区にはイラン起源の爆弾やRPGも持ち込まれているようで、現地で製造される手製の爆発物に加えてこれらが本格的に戦闘に使用されるようならばイスラエル軍がさらされる危険性が一挙に高まると懸念されている。手製の爆発物や砲弾については、ガザ地区で使用されているものに一定の割合でイスラエル軍の砲撃の際の不発弾から爆発物を抜いて再利用したものがあることが知られている。同じような技術がヨルダン川西岸地区のパレスチナ人に伝わっていることもありうるが、近年同地区が砲撃や爆撃を受けた事例はガザ地区よりは少ないので、こうした技術に基づく爆弾は多くないだろう。より重視すべきなのは、レバノンやヨルダンから密輸される武器や、イスラエル軍から盗まれた武器が闇市場やイスラエル国内の犯罪組織に流れ、それらをパレスチナの武装抵抗運動が購入することらしい。イスラエルの情報機関も武器密輸経路に浸透し、パレスチナの武装抵抗運動の殲滅に努めているそうだが、イスラエルでベン・グフィール国家治安相が就任して以来、イスラエル国籍を持っていたとしてもアラブ人の犯罪組織間の抗争ならばそこで用いられる武器の取り締まりは等閑になったらしい。また、2023年10月7日以降にユダヤ人に武器が配布される措置が取られたが、その過程がずさんだったため相応の量の武器が闇市場に流れたと考えられている。このような武器をイスラエル国籍のアラブ人が取引する場合、パレスチナ自治政府(PA)にはこれを取り締まることはできない。

 本稿で参照した報道によると、ヨルダン川西岸地区に持ち込まれる武器やその購入資金については、「抵抗の枢軸」陣営や在外のパレスチナ諸派の役割よりも、イスラエル内部にある犯罪組織や軍内での窃盗・横流し、闇市場の役割の方が大きいようだ。アラブ・イスラエル紛争の歴史の中では、ヒズブッラーや在外のパレスチナ諸派などがイスラエルの領域に浸透したり、予想を上回る量や質の武器を運び込んだりした事例もある。ここに、イスラエル内部の腐敗や闇市場という問題も重なってくるので、観察する側にもいろいろな可能性に備えた広い視野が求められる。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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