「ハマスが40人の赤ちゃんを...」未確認情報が拡散、メディアや米大統領も
「ハマスが40人の赤ちゃんを...」そんな未確認情報がメディアや米大統領を通じて拡散した――。
イスラエルとハマスの軍事衝突による悲惨な被害状況の情報の中でも、特に子どもたちの状況は強い衝撃を与える。「ハマスが赤ちゃんの首を...」という情報を、CNNなどのニュースメディアも報じ、バイデン米大統領もスピーチで取り上げた。
だが結局、その証拠となる事実は確認されなかった。
イスラエル・ハマス軍事衝突をめぐっては、「偽BBC」「偽アルジャジーラ・ジャーナリスト」などによるフェイクュースも錯そうする。
真偽入り混じった情報の氾濫は、ソーシャルメディア、ニュースメディアをまたいだ「メディア戦争」の様相となっている。
●バイデン大統領のスピーチ
ジョー・バイデン米大統領は10月11日午後4時半すぎ(米東部時間)、ホワイトハウスに隣接するアイゼンハワー行政府ビルで行われたユダヤ人コミュニティとの会合で、そう述べた。
「ハマスによって40人の赤ちゃんが斬首された」。10月7日朝のハマスによるイスラエルへの一斉攻撃のうち、ガザ地区から3キロの場所にある人口750人ほどのキブツ(農業共同体)、クファル・アザの被害について、そんな情報が広がっていた。
バイデン大統領の発言の約5時間前の10月11日午前11時半前(同)、CNNはイスラエル首相府の報道官、タル・ハインリッヒ氏が、クファル・アザで赤ちゃんや幼児が「首を斬られた状態」で発見されたと述べた、と報じている。
その情報を、バイデン大統領が公式発言として言及したのだ。
だがバイデン大統領の発言と同じころ、調査報道メディア、インターセプトは、イスラエル国防軍の報道官が、前日の10月10日の段階で、この情報を「確認できない」と回答していたことを報じた。
これに先立ち、トルコ国営のアナドル通信も、イスラエル国防軍が、この件について確認できる情報がない、と回答したことを報じていた。
●4,400万回の表示、10万回の共有
クファル・アザはハマスの襲撃から4日目の10月10日にイスラエル国防軍が奪還。同日中に外国人ジャーナリストらを同キブツに招く「プレスツアー」が行われた、という。
このプレスツアーに参加したジャーナリスト、オレン・ジブ氏のXの投稿によると、記者団は兵士らに自由にインタビューすることができる状態だったという。
バイデン大統領まで届いた未確認情報は、ここに端を発する。
このツアーに参加したテルアビブの国際ニュース局、i24ニュースの記者、ニコール・ゼデック氏は「40人の赤ちゃんが担架で運び出された」とレポート。さらにレポートの中では「赤ちゃんの首が斬られた」とも述べている。
その動画とともに、イスラエル国防軍副司令官の話として「40人の赤ちゃん/子どもが殺害された」とXに投稿した。
ゼデック氏のレポート動画を紹介するi24ニュースの2本のX投稿は、それぞれ2,800万回以上と1,200万回のインプレッション(表示)となっている(※10月20日朝、本稿執筆時点)。
クファル・アザの被害について、英インディペンデントの記者、ベル・トルー氏も、翌11日朝の記事の中で「ハマスがここに来たとき、女性の首を斬り、子どもの首を斬った」という、ゼデック氏のインタビューと同じ副司令官の話を報じている。ただし、トルー氏はその証拠を見てはいない、としている。
カタールのハマド・ビン・ハリファ大学の准教授、マーク・オーウェン・ジョーンズ氏は、この未確認情報のXでの拡散状況を検証。
起点となったゼデック氏の投稿、i24ニュースの投稿、さらにイスラエル外務省の投稿などが核となり、1日足らずで合わせて4,400万回の表示、30万いいね、10万リポストになったとしている。
英メトロ、米FOXニュースなどのニュースメディアも、この情報を報じている。
そして10月11日、イスラエル首相府の報道官、タル・ハインリッヒ氏が「幼児や赤ちゃんが首を斬られた」と英ラジオ局のLBCなどに発言する。
前述のCNNもこの発言を報じている。
しかし、「40人の赤ちゃんが斬首された」という情報の証拠となるものは、結局は明らかにされなかった。
●相次ぐ撤回
CNNは10月12日、イスラエル首相府のそんな声明を伝えている。
バイデン大統領の10月11日夕の発言後、ホワイトハウスは、発言は報道とイスラエル当局のコメントに基づくもので実際の写真を見たわけではない、と釈明に追われていた。
この情報を10月11日に番組で取り上げたCNNアンカーのサラ・シドナー氏もXに謝罪の投稿を行った。
クファル・アザへのプレスツアーに参加した英スカイニュースは10月12日に検証記事を掲載。現場では、「40人の赤ちゃん」に関する言及は一切なかった、としている。
●「偽メディア」「偽ジャーナリスト」が入り混じる
今回のイスラエルとハマスの武力衝突では、膨大なフェイクニュースが氾濫している。
※参照:ハマス・イスラエル軍事衝突でフェイク氾濫、EUがXを叱り、Metaに警告した理由とは?(10/12/2023 新聞紙学的)
その中には、発信元としてメディアを騙るフェイクニュースもある。
調査報道グループ、べリングキャット代表のエリオット・ヒギンズ氏は10月10日のXへの投稿で、「ウクライナの武器がハマスに横流しされていることが、べリングキャットの調査でわかった」と主張する動画が、ロシアのソーシャルメディアユーザーによって拡散されている、と指摘した。
そしてこう述べている。
BBCのジャーナリスト、シャヤン・サルダリザデ氏も、Xへの投稿でこの動画を否定している。
ガザを拠点に活動するアルジャジーラのジャーナリストと名乗る「ファリダ・カーン」というXのアカウントは10月17日夜、「私はハマスのミサイルが病院に着弾する映像を持っている」などとする投稿をした。
アルジャジーラは、このアカウントとは全く無関係だと述べている。偽ジャーナリストということだ。
●「メディア戦争」とフェイクニュース
未確認の情報が、政府やニュースメディアを行き交う。
さらにニュースメディアやジャーナリストを騙るフェイクアカウントによるフェイクニュースも混在する。
「メディア戦争」はさらに複雑な様相となっている。
(※2023年10月20日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)