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無名の新人監督が一人で作った低予算映画がアカデミー賞候補に!国からの勲章授与の栄誉の裏にあった不安

水上賢治映画ライター
「お坊さまと鉄砲」より

「お坊さまと鉄砲」。

 人の心に平穏をもたらす存在と、人を傷つけるモノが並ぶ本作のタイトルを前にすると、ちょっとドキリとするのではないだろうか?

 たとえば、お坊さんがわけあって銃を手にするといった、なんとも物騒な物語をついイメージしてしまうのではないだろうか?

 でも、本作は、そのイメージを軽やかに裏切ってくれる。

 物語の舞台はブータン。2006年、国王陛下が退位の意向を発表し、ブータンは民主主義体制への移行を進める。

 総選挙で新しいリーダーを選ぶ必要があるが、ブータンではここまで選挙が実施されたことはない。

 ということで国民の理解促進を図るため、“模擬選挙”の実施が決定。4日後の満月の日に行われることになる。

 この報を聞いた、山で瞑想修行中のラマは、弟子のタシに「満月までに銃を二丁手にいれるよう」指示。

 詳しい理由は明かさないがラマは「物事を正さねばならん」とだけ語る。

 このことをきっかけに小さな村が騒動へ巻き込まれていく。

 ただ、銃は物語の中心に位置する重要なアイテムではあるが、暴力や戦争とは無縁。むしろ平和と幸福について語られた一作へと結実していく。

 手掛けたのは長編デビュー作「ブータン 山の教室」が世界で高い評価を受け、ブータン映画で初めてアカデミー賞にもノミネートされる快挙を成し遂げたパオ・チョニン・ドルジ監督。

 長編二作目となった本作でさらにその評価を高めた注目の新鋭に訊く。全六回/第二回

パオ・チョニン・ドルジ監督
パオ・チョニン・ドルジ監督

これが自分のキャリアハイで、この先、こんな幸運が続くことは絶対にない。

成功が大きなプレッシャーに

 前回(第一回はこちら)は、大成功を収めた前作「ブータン 山の教室」について振り返ってくれたパオ・チョニン・ドルジ監督。

 ただ、この成功は喜びをもたらす一方で、自身にとってはとてつもないプレッシャーにもなっていったという。

「はじめはまったく見向きもされなかった作品が、あれよあれよという間に、アカデミー賞にノミネートされるまでになってしまいました。

 もちろんそのことは喜ぶべきことです。

 ただ、喜んだのは一瞬で、次には不安が襲ってきました。

 『ブータン 山の教室』は僕が初めて作った映画で、しかも低予算でほぼほぼ独りで作った小さな作品です。

 それが世界の映画界最大の祭典まで行ってしまったということは……。

 実はこれが自分のキャリアハイで、この先、こんな幸運が続くことは絶対にない。

 この先は落ちるばかりだと思って、すごく怖くなりました」

 その怖さに拍車をかけることがあった。

 それは、ブータン王室の「ドゥルック・トゥクセ(雷龍の心の息子)勲章」の受賞だ。

 2022年12月17日にジグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク国王より授与されたこの勲章は、ブータン国家と国民への多大な貢献をした個人に与えられるもの。

 ドルジ監督はその勲章を最年少で受賞した。

「この勲章を授与されたことはほんとうに身に余る光栄ではありました。

 ただ、同時に自分はブータンの芸術分野において大きな責任を負うことになったなという風にも感じました。

 この勲章をいただいたからには、自分はやはり芸術や映画を志す若いブータン人のアーティストたちのロールモデルにならなければならない。

 若いアーティストたちの手本となるような創作活動をしていかなければならないと思いました。

 これは大きなプレッシャーです。なにせ、僕自身がまだ長編映画を1本完成させただけの駆け出しの映画監督なわけですから。

 あと、ブータンは映画産業が盛んというわけではありません。国内に映画業界というものもほぼほぼない。

 一般の市民もそんなに世界の映画に精通しているわけではありません。

 ですから、オスカーにノミネートされることがどれだけ大変なことで、ノミネートされたらされたで受賞に向けてのPR活動でどれだけお金がかかるかとか、国によっては政府が援助してくれるけれども、ブータンのような小さな国ではそういったサポートもないといったことなんて知る由もない。

 アカデミー賞に行くにも、なにからなにまで自分でやるしかなかった。そこにはそうとうな労力と努力が伴っている。

 それをわかってほしいとは言わないんでけど……。

 そのことをわかっていないので、『勲章も手にして第一作が候補になったのだから、次も当然いけるでしょう』といった具合に考える市民がけっこういる。そんな甘い世界ではないのに(苦笑)。

 ですから、勲章は光栄だったんですけど、そのことで自身にはさらなるプレッシャーがかかってきたところがありました。

 このようなプレッシャーを感じながら、次の作品を構想することになりました」

(※第三回に続く)

【「お坊さまと鉄砲」パオ・チョニン・ドルジ監督インタビュー第一回】

「お坊さまと鉄砲」ポスタービジュアル
「お坊さまと鉄砲」ポスタービジュアル

「お坊さまと鉄砲」

監督・脚本:パオ・チョニン・ドルジ

製作:ステファニー・ライ

撮影:ジグメ・テンジン

出演:タンディン・ワンチュク、ケルサン・チョジェ、タンディン・ソナムほか

公式サイト:https://www.maxam.jp/obousama/

ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、シネ・リーブル池袋ほか全国順次公開中

写真はすべて(C)2023 Dangphu Dingphu: A 3 Pigs Production & Journey to the East Films Ltd. All rights reserved

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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