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消えた食堂車「列車内での食事」は是か非か

小林拓矢フリーライター
駅弁は鉄道旅行の楽しみ。上皇さまの好物説もある「チキン弁当」(筆者撮影)

 インターネットではよく、「なぜ食堂車はなくなったのか」「そもそも食堂車は必要なのか」といったことが、鉄道ファンの間で議論される。一方で、「551蓬莱の豚まんの匂いがすごい」などと、列車内で人が食べているものの匂いが気になるという意見もある。駅弁の匂いも気になるという人もいる。

 列車内でものを食べるということについて、ある程度論点を整理してみたい。

消えていった食堂車

 かつての鉄道には「食堂車」があった。車両にキッチンと食事のスペースを備え、車内で調理することができ、あたたかい食べ物を乗客に提供していた。

 東海道・山陽新幹線や、各地を走る特急・寝台特急に連結され、多くの人に利用されていた。また新幹線や一部の急行列車には「ビュッフェ」と呼ばれるカウンター式の簡易食堂車があり、コーヒーや軽食をたのしむことができた。

 いまよりもひとつの列車に乗車している時間が長く、列車内で食事タイムをむかえることがあったため、このようなサービスが鉄道では提供されていた。

 昭和の終わりころになると、食堂車というサービスがなくなっていった。採算が取れなかったり、人員が足りなかったりという理由だった。

 そんな昭和の終わりに、新しいタイプの食堂車が登場した。「北斗星」に連結された、「グランシャリオ」という食堂車だ。車両は485系特急電車の食堂車を改造したものの、提供される食事はフランス料理のフルコースや懐石料理といったもので、予約が必要であった。遅い時間になると、一般向けの料理やお酒・おつまみを予約なしで提供した。

 同様の試みは「トワイライトエクスプレス」の「ダイナープレヤデス」でも行われていた。「北斗星」のコースよりもさらに値段の高いコースなどが提供され、長距離の、豪華な旅の楽しみを満喫させてくれるようなものとなっていた。

 一方で残っていた九州向け寝台特急は食堂車サービスを終了し、列車自体もなくなっていった。こちらではもともと、予約なしで食事を提供するサービスを行っていた。価格の設定は、高級なファミリーレストランよりもちょっと高め、といった程度だった。

 東海道・山陽新幹線では、100系では2階建て食堂車というサービスを提供したものの、300系が登場し輸送需要に対応するため全車座席車という設定とし、その設定は700系、N700系となっていっても変わらなかった。それどころか、「のぞみ」をより短時間化・高頻度化し、混雑も激しくなる中でそういったことを考える余裕もなくなっていった。

 在来線特急も、短編成・短時間・高頻度が基本となり、食堂車を設ける余裕はもはやない。

列車内飲食になにを求めるか

「列車内であたたかい食事を」という声は根強い。しかし、どの程度のものを求めるかによって、出てくるものもだいぶ違うのだ。

 かつての一般的な食堂車は、ファミリーレストランのようなメニューを、ファミリーレストランよりちょっと高めの価格で提供していた。一方で、現代日本の食生活は多様であり、牛丼チェーンのようにとりあえずお腹が満たせればいいという需要から、高級な食事を求めるというものまで多様である。また、コーヒーと軽食のような、おやつ感覚のものを必要とする人も多い。

 多様な潜在需要の中で、なにを食堂車に期待するのか。食事のレベルでいえば「やよい軒」や「大戸屋」なのか、「ロイヤルホスト」なのか、あるいは「華屋与兵衛」かで提供されるものも異なってくる。また、スタイルとしては駅の立ち食いそばのようなものを求めているのか、カフェのようなものを求めているのかという点でも、合意形成ができていない。

 かつての食堂車には、採算が合わないといった課題や、人員不足、食材供給のための拠点の確保などといった課題があった。その課題を解決できる事業者は、鉄道関連事業者にはいまやなく、外食産業でも乗り出そうというところもない。

「それでも列車内で食事を」という声に答えたのは、各地で走るレストラン列車だ。西武鉄道「52席の至福」など、地域の特産品を使用したコース料理を提供する列車は、人気となっている。

 高い価格を設定し、「列車内で食べる」ということを目的とした人のために、豪華な料理を出す。このようなレストラン列車が、鉄道会社が提示した答えだといってよい。

「座席で食べる」はどうなる?

 いまは、座席で食事をすることが主流になっている。駅弁や、駅ナカでの弁当を購入し、列車内で食事をする。車内販売のコーヒーや、アイスクリームをたのしむ。食べるものによっては、匂いがまわりに広がって迷惑だという声もある。

 一方で、この「座席で食べる」も危機にさらされている。一部の車内販売では駅弁を扱わなくなり、車内販売自体も縮小、駅弁事業者の数も減っている。駅弁自体も、現地では売れなくなり、駅弁大会や東京駅などの大きな駅弁販売施設で売ることに力を入れている。横川駅の名物駅弁「峠の釜めし」は、益子焼の釜ではなく捨てられる容器を使用したものを都市部で販売している。

 そんな中、列車内での食事自体、危機にさらされている。乗車時間が短くなる中で、駅で買ったペットボトルの飲料さえあれば十分であり、食事は乗車前か乗車後に済ませればいい。人の食べている匂いも気になる。

 もともと、駅弁自体は匂いを抑えるように気を使ってつくられているものである。一方で、最近問題になっている「551蓬莱」の豚まんなどは、もともとは列車内で食べることを前提としていない食べ物である。

 駅弁は列車内で食べることを前提としているのに対し、駅ナカのものの中には、もともとは列車内で食べることを前提としていない食べ物もある。こういったものの中には、列車内で食べるのが難しいものもある。

 そういったものが広がるにつれ、「座席で食べる」ことが嫌われる可能性もなくはない。

 食堂車の復活は困難にしても、列車内で飲食することが可能である状況だけは、なんとか守れるようにしてほしい。列車内で食べるというよろこびがなくなる事態は避け、駅弁の充実や車内販売の充実などが再び行われるようにしてほしい。

フリーライター

1979年山梨県甲府市生まれ。早稲田大学教育学部社会科社会科学専修卒。鉄道関連では「東洋経済オンライン」「マイナビニュース」などに執筆。単著に『関東の私鉄沿線格差』(KAWADE夢新書)、『JR中央本線 知らなかった凄い話』(KAWADE夢文庫)、『早大を出た僕が入った3つの企業は、すべてブラックでした』(講談社)。共著に『関西の鉄道 関東の鉄道 勝ちはどっち?』(新田浩之氏との共著、KAWADE夢文庫)、首都圏鉄道路線研究会『沿線格差』『駅格差』(SB新書)など。鉄道以外では時事社会メディア関連を執筆。ニュース時事能力検定1級。

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