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ベトナムの若者の未来を変える「KOTO」(2)路上生活を経験した青年と人生を切り開く職業訓練

巣内尚子研究者、ジャーナリスト
KOTOで職業訓練を受ける訓練生。料理の技術を学ぶ。(KOTO提供)

 2017年は日本に暮らすベトナム人の増加や、日本企業の対ベトナム投資・貿易の拡大から、ベトナムという国がさらに身近になったという読者も少なくないだろう。法務省のまとめによると、日本に暮らすベトナム人の数は2017年6月時点で前年同期比16.3%増の23万2,562人となり、国籍・地域別で中国、韓国・朝鮮、フィリピンに続く第4位に付けた。これを約10年前と比較すると、ベトナム人は2008年末の4万524人から約5.7倍に拡大した格好だ。

 他方、労働者の国境を超える移動や経済といった面だけではなく、ベトナム社会についても関心を持つ読者もいるのではないだろうか。経済成長に伴いベトナムの社会も変化の時を迎えている。特に注目されるのが、草の根レベルで若者への支援活動を行う団体「KOTO(コト)」だ。KOTOはストリートチルドレンなど不利な立場に置かれた若者に職業訓練を無償で提供。若者が社会で生きていくのを後押ししている。

 

 では、KOTOの職業訓練を受ける若者はどんなバックグラウンドを持っているのだろうか。KOTOの訓練センターで出会った若者に話を聞いてみたい。

◆路上で生活した経験を持つ青年

KOTOの訓練生たち。ベトナム各地から集まり職業訓練を受ける。(KOTO提供)
KOTOの訓練生たち。ベトナム各地から集まり職業訓練を受ける。(KOTO提供)

 KOTOで学んでいるドアン・フー・ダットさん。短く刈り込んださっぱりとした髪型、くりくりとした大きな目でじっと相手を見つめたかと思うと、時折はにかんでみせる笑顔の素敵な青年だ。

 そんなダットさんが、もともと路上で生活をしていたことを、彼に出会ったとき、私は想像もできなかった。

 ダットさんは落ち着いた雰囲気を持つ人で、笑顔をみせながらインタビューを受けてくれた。KOTOではホスピタリティー分野のサービス部門で働くための授業が好きだという。英語で十分にコミュニケーションできる上、自分の考えや意見をしっかりと語ることができ、人と接することは得意そうだ。

 

◆父の死と学校からのドロップアウト

KOTOの訓練生たち。(KOTO提供)
KOTOの訓練生たち。(KOTO提供)

 ダットさんは1996年生まれで、出身はベトナム北部山岳地帯に位置するカオバン省だ。同省は中国の広西チワン族自治区に隣接している。カオバン省は国内でも貧困層の多い省とされ、保健医療や教育関連設備の整備が遅れていると言われている。

 ダットさんの家族が厳しい状況に立たされたのは、ダットさんが13歳のときだった。父親が病気で亡くなったのだ。父親を失った家族の経済状況は厳しいものとなり、貧しく食べることに苦慮したダットさんは14歳のとき、友人を頼ってハノイ市に出てきた。それ以来、KOTOに来るまで学校には行っていないため、学校に通った期間は7年間だけだ。

 ハノイ市では友人と過ごしながら、路上で果物を売り、それによって食費を稼いでいた。しかし、それだけで十分な稼ぎを得られるわけもなく、食べていくのは大変だった。

  

 そうした暮らしの中で、ある時、ダットさんに転機が訪れた。

◆ふと訪れた転機と安全な暮らし

KOTOで職業訓練を受ける訓練生。(KOTO提供)
KOTOで職業訓練を受ける訓練生。(KOTO提供)

 ダットさんにとっての転機とは、偶然、ラジオやテレビ、ポスターでKOTOの存在を知ったことだった。

 そして、ダットさんは、KOTOが訓練生を採用するために開催している「オープンデー」に参加した。それまで家を出て、路上で暮らしてきたダットさんだが、その状況を受け入れられることはできず、自分の人生を変えたいと思ってきたといい、KOTOの存在を知り、なんとか自分の人生を変えようとしたのだった。

 その後、無事にKOTOで職業訓練を受けられるようになったダットさんは、KOTOが訓練生に提供する住居で、ほかの訓練生たちと共同生活を送るようになった。それまで路上を生活の場として、果物を売るその日暮らしだったというが、KOTOに来たことで安心して生活を送ることができるようになったのだ。「KOTOでの生活は好きだ。食事の心配もしなくて良い」と、ダットさんは話す。

◆「仕事」「社会」「家族」へとつながる場

KOTOの訓練生たち。(KOTO提供)
KOTOの訓練生たち。(KOTO提供)

 ダットさんは今では、KOTOの職業訓練プログラムに熱心に参加している。職業訓練プログラムでは、フロントオブハウス(FOH)の授業が最も気に入っている。レストランやバーなどの客とのコミュニケーションが好きだというダットさん。英語も好きな科目だ。

 ダットさんの母親は息子がKOTOに入ったことについて、「KOTOは仕事をみつけるための良い場所だ」と言って、応援してくれているという。

 「どうやってほかの人たちと共に生きて行くのか」「どうやって家族と暮らしていくのか」ということを、KOTOが教えてくれることも、ダットさんと彼の母親にとって重要な意味を持つ。職業スキルを教えるだけではなく、社会や家族との関係を築いていくためのスキルを身に付けられることが、ダットさんにとって大事なことなのだ。

 ダットさんは、「KOTOでは自分の人生を変えられる。将来、仕事をみつけることができるようになる」と、静かに語る。

 夢はレストランなどに就職してバーテンダーとして仕事をすることだ。ダットさんは「まずはベトナム国内で仕事を開始し、その後、チャンスがあれば海外でも働きたい」と話す。(ベトナムの若者の未来を変える「KOTO」(3)に続く)

※この記事は、オンラインメディア「世界ガイド」に寄稿した記事に加筆・修正したものです。

研究者、ジャーナリスト

岐阜大学教員。インドネシア、フィリピン、ベトナム、日本で記者やフリーライターとして活動。2015年3月~2016年2月、ベトナム社会科学院・家族ジェンダー研究所に客員研究員として滞在し、ベトナムからの国境を超える移住労働を調査。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了(社会学修士)。ケベック州のラバル大学博士課程。現在は帰国し日本在住。著書に『奴隷労働―ベトナム人技能実習生の実態』(花伝社、2019年)。

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