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ノルウェー・アフテンポステン紙 「信頼感が何もよりも大事」と編集長 日本のメディアが学べることは

小林恭子ジャーナリスト
アフテンポステンの訪問イベントの紹介(IPIのウェブサイトより)

 (新聞通信調査会発行「メディア展望」6月号掲載の筆者記事に補足しました。)

 4月中旬、ノルウェーで最大の発行部数を誇る保守系日刊紙「アフテンポステン」の編集室を「バーチャル訪問」する機会があった。

 通常であれば編集室に実際に足を運んで話を聞くところ、新型コロナの感染拡大が止まらないため、非営利組織「国際新聞編集者協会」(IPI、本部ウィーン)がZoomを使って「訪問」する形で実現させた。

 トリン・エイラーツエン編集長と制作部門ディレクターのカールオスカー・テイエン氏が登場し、収入の主軸を広告からサブスクリプション(有料購読)に転換させた経緯を十数人の参加者に説明した。

 キーワードは「信頼感」という。メディア組織が信頼感の重要性を語ることは少なくないが、編集長は具体的にどのようなことをやっているのかを披露し、質問が相次ぐ1時間余のセッションとなった。

アフテンポステンとは

 ノルウェー(人口約530万人)は人口当たりの新聞の発行部数が世界的に高い国として知られている。

 アフテンポステン(1860年、前身が創刊。翌年この名称に変更)は、大手出版グループ「シブステッド・メディア」が発行している。購読部数は25万7000部で、1980年代以降、若干の上下はあったものの、大きく減少していない。このうち、電子版のみの購読者は13万人である。編集部員は180人。

 2010年、アフテンポステンの収入はその約60%が広告、40%が読者から(販売及び定期購読)であったが、現在までに読者からの収入が80%、広告が20%に変化した。

 ビジネスモデル転換の裏にはデジタル経済が浸透する中での「アイデンティティ危機」、数年にわたる、データを使った実験があった。

「ページビュー経済」ではやっていけない

 エイラーツエン編集長によると、アフテンポステンは数年前に「自分たちの存在価値は何か」を考えざるを得なくなったという。

 ウェブサイトの記事をどれほど訪問したかで広告収入が決まる「ページビューを基にした経済」では自分たちのジャーナリズムを支えることはできないことが分かってきた。フェイスブックやグーグルが牛耳るネット広告市場で、新聞社が得る収入は限定的にならざるを得ない。

 そこで、「信頼度が高い伝統的なメディア」という原点を再確認し、時間をかけて取材をした調査報道の記事を「有料の壁」の中に入れるようになった。

 無料で読める記事と有料記事の割合は半々で、無料記事の中で月8本までは購読者にならなくても閲覧できる。購読料は月極めで250クローネ(約3300円)。ノルウェーの文脈では安くない金額だというが、「内容に釣り合うと思っている」(編集長)。

読者が読みたい記事とは

 読者からの収入を増大させるためには、「どんな記事を読みたいのか」を探り出すことが必須となった。

 シブステッドの調査部門と協力しながら、読者に問いかけた。同時に、社内では「1面プロジェクト」を開始し、アフテンポステンのウェブサイトについての感想を読者に聞いた。フィードバックを基にして構成や編集過程を変更していった。

 1面プロジェクトの担当者テイエン氏によると、編集部、制作部、データ分析チームなどが一緒になってプロジェクトに参加し、まずはミッションを決めた。

 そのミッションとは「どのメディアよりもニュースを良く説明できるウェブサイトになること」。どこよりも早く報道できるかどうかでは競わない。購読者によってサイトを訪れる頻度が異なるが、それぞれの頻度の読者にいかに記事を読んでもらうかを工夫した。

 例えば、1日に1~2度しかウェブサイトに来ない購読者には「最良のジャーナリズムを読んでもらう」ための手段として、毎朝配信するニュースレターを始めた。その日の目玉となる記事を紹介する。

 「今や、情報はあふれるほどある。だからこそ、お金を払うに値する、自分の時間を無駄にしていないと思わせるようなコンテンツを作るようにした」。

 多数の記事を出すよりも、「今日、あなたはこれを読むべきです」というメニューを作って、購読者に提示するやり方を取るようになった。「ニュースを総花的に並べてきた私たちにとっては、発想の転換だった」。

 異なる部署の間で仕事を進める際には、「自分の方からこういう風にしてほしいとは言わない」、「このような問題があるが、どうしたらいいか」と持ち掛けて、関係者全員で話し合うようにするのがコツという。

読者との対話

 エイラーツエン編集長が繰り返したのは「読者の信頼感」の重要性だった。

 「読者が私たちをどう見ているのか。例えばアフテンポステンを連絡がつきにくい存在として見ているのか。傲慢で、間違いを正さない媒体として見ているのか。もしそうだったら、問題だ。信頼されていないことを意味するからだ」。

 信頼感の維持のためには常に働きかけが必要という。「間違えたら、正すこと。正直であること。取材手法について透明性を維持し、編集上の決定について説明すること。読者に対して開かれていること。間違いがあったら教えてほしい、連絡してほしいと声をかけ、対話を始めることだ」。

 有料購読を収入の柱にするのなら、読者の信頼感を重視せざるを得ない。「そうでないメディア媒体は生き残っていけない。信頼しない製品を買う人はいない」。

 アフテンポステンの記事には読者がコメントを書けるようになっている。「必ずしも建設的ではない、賢明な読者を遠ざけるようなコメントが来ることもある」。

 自分自身がかかわった記事で読者から質問が寄せられた時、エイラーツエン編集長はやり取りに応じたことがあったという。

 「編集部の誰かが読んでいる」ことが利用者に伝わり、鎮静効果があったという。場合によっては編集部がコメント欄の議論を制限するなどの介入もある。この時、「言葉のトーンに留意し、礼儀正しく、謙虚で正直であるようにする」。

 アフテンポステンの読者との信頼関係の築き方は、日本のメディア界にとっても大いに参考になるのではないか。

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ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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