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難民・移民の流入増に悩む欧州 抑止策は効果があるか

小林恭子ジャーナリスト
ギリシャ・レスボス島にある難民宿泊所に向かう家族(ファイル写真)(写真:ロイター/アフロ)

 (「メディア展望」(新聞通信調査会発行)2月号に掲載された筆者コラムに補足しました。)

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 今年6月に行われる欧州議会選挙で争点の1つになると言われているのが、難民・移民の流入問題だ。

 2015年、欧州は中東や北アフリカからの移民・難民急増による「難民危機」に見舞われた。

 このような危機が再来するのではないかという懸念が高まる中、反移民の政治姿勢を掲げる政党が各国で支持を拡大させている。

不正入国者の増加

 欧州連合(EU)域外との国境警備について調整を行う「欧州国境・沿岸警備機関」(フロンテクス)によると、昨年1~11月で域内への不正入国者は約35万人に上った。前年同期比で17%増加し、2016年以来最多である。

 また、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の調べによると、昨年海路あるいは陸路で欧州に入った難民申請者は少なくとも26万4000人に上り、前年より66%増えた。これもまた2016年以来最多である。全体数の6割(約15万7000人)はイタリア沿岸から域内に入国しており、これにスペイン(約5万4000人)、ギリシャ(約4万5000人)、キプロス(約6000人)が続く。旅の途中で亡くなったあるいは行方不明になった人は2734人で、前年比12%増だ。

 昨年12月、EUの行政を担う欧州委員会は急増するEU域内への難民・移民の受け入れを大幅に規制する新協定案に政治的合意がなされたと発表した。国境での入国手続きを厳格化し、問題があると判断した場合は強制送還する権限も強化する。

 協定案は2020年9月に提出されていたが、難民・移民らが最初に到着する南欧諸国と雇用を求めて渡って来るドイツ、オランダなどの北部の国々との間で意見が割れ、南部諸国での負担の重さが指摘されていた。

 協定案は加盟国間での均等な負担を実現させることを狙い、関係機関の承認を経て、年内に発効する見込みだ。

反移民、極右勢力の支持拡大

 昨年7月、移民政策を巡る連立与党間の対立が原因となって、オランダの政権が崩壊した。

 前年、ドイツとの国境に設置した難民申請者収容施設が過密状態になっていることが暴露され、連立政権の中心だった中道右派政党「自由民主国民党(VVD)」は難民申請者の流入を制限しようとしたが、連立を構成するほかの政党がこれに反対した。

 11月の総選挙でVVDは第3党に下落し、代わりに第1党となったのが極右、反イスラム、反EUで知られるヘールト・ウィルダース率いる自由党(PVV)である。「移民や難民の津波に終止符を打ちたい」と勝利宣言で述べている。

 オランダ以外にも、欧州各国で反移民・極右政党の躍進が目に付く。

 2022年10月、イタリアでは反移民を掲げるメローニ首相率いる連立政権が発足し、ドイツでは排外主義的な政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が支持を広げている。フランスの極右「国民連合」の支持も堅調だ。

 筆者が住む英国では、主要政党の中で反移民を掲げているものはないが、現保守党政権でもその前の労働党政権でも難民・移民の数の減少が政策課題の1つとなってきた。

 2004年にEUに加盟した旧東欧諸国からの移民が増大し、「生活が脅かされる」「仕事を奪われる」などの懸念が広がった。これが2016年のEU残留か離脱かを問う国民投票実施につながってゆく。結果は離脱派の勝利となり、自分自身が離脱派であったリシ・スナクによる現政権は難民・移民流入数の減少を政策目標に挙げている。

 小型ボートに乗って英仏海峡を渡ってくる不法入国者の流れを止めるための施策の1つが、アフリカ東部ルワンダへの移送計画だ。巨額の投資を提供する代わりに、ルワンダ政府に亡命申請手続きを担当させる。

 2023年11月、英最高裁はルワンダへの移送は「人権法に違反する」とする判断を下したが、政府は実施を諦めていない。英仏海峡は世界でも特に往来が激しい航路で、乗船者が転覆死する事件が多発している。英国から5000キロも離れた国への移送を多くの慈善組織は「残酷」と評した。次期政権を担当する可能性が高い労働党も難民・移民数の抑制には反対していない。

オーストラリア、イスラエルも第3国移送を実施

 第3国への移送は英国が初ではなく、オーストラリアやイスラエルも実施している。

 EUは昨年7月、チュニジアと「戦略的且つ包括的なパートナーシップ」を結んだ。巨額資金を提供する代わりに、チュニジアは移民対策執行支援を行う。しかし、10月になってチュニジアのカイス・サイード大統領がEUの資金受け入れを拒否し、計画は頓挫した。EUは第3国による支援をこれであきらめたわけではなく、エジプト、モロッコなど複数の国と交渉中と言われている。

 昨年11月、イタリア・メローニ首相は地中海ルートでイタリアに密入国しようとする人をアドリア海を挟んで対岸に位置するアルバニアに処理させるため、収容施設の設置をアルバニア政府と合意した。しかし、野党議員らの反対にあい、実現に至っていない。難民申請者の流入を減少させたい一方で、メローニ政権は高齢化による労働力不足にも策を講じる必要がある。昨年夏、非EU市民の就労許可数を大幅に増やすと発表せざるを得なくなった。

難民・移民をいかに支援できるか

 「難民危機は起きていない。危機状態にあると人々が思っているだけだ」と見るEU官僚もいる(英フィナンシャル・タイムズ紙12月20日付電子版記事)。記事は難民・移民の流入が増加したために欧州の政治が右傾化していると指摘した。

 これに対し、数日後、UNHCRのフィリッポ・グランディ高等弁務官と移住に関する国連組織「国際移住機関(IOM)」のエイミー・ポープ事務局長が連名で書簡を寄せた。政治家が難民・移民流入を「抑制し、規制し、押し返すもの」として捉えるのに対し、両氏は「人の移動が発生する根本原因や、しばしば危険なルートを通ってやってくる難民や移民をいかに支援できるかに注目していただきたい」と書いた。

 在欧州の筆者には2人の主張が強く心に響く。「自分が今、民主主義国家で生活しているのは偶然でしかない」という思いが常に頭の片隅にあるからだ。

 経済が破綻し、言論の自由がない国に生まれていたら、自分もボートに乗ってしまうかもしれない。自分が享受する先進国のさまざまな恩恵を他者には与えないことをどう正当化したら良いのだろうか。

 このような疑問を通常は左派リベラル系の知人に問いかけてみた。

 1970年代にアイルランドから英国に移住した人である。「英国の人口が今の2倍になっても良いのか?」と怒りの表情を見せた。筆者は沈黙するしかなかった。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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